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一章
親友なのよ、私達。
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その日は雲一つない晴天だった。
最近までずっと雨が続いていたせいで、太陽がこんなにも元気よく顔を出したのは久しぶりである。
校舎の窓から太陽の光がきらりと差し込み、日に照らされた廊下は温かな空気と、木々にとまった鳥たちのさえずりで、気持ちの良い朝を迎えていた。
午前7時45分。
小黒詩子は、職員室の前に立っていた。
少ししてから、担任の村崎圭一が段ボール箱を一つ持って戻ってくる。
ちょうど両手にすっぽりとはまる大きさの箱を、詩子は村崎から受け取った。
「いやあまじで助かるよ。これ一つだけで良いから、体育館までよろしくな。」
体育館と言われて納得がいった。
「村崎先生って、わかりやすいですね。」
職員室の中へ引き返す村崎の背中に向けて、ぼそりと呟いた。
今朝は体力を持て余した男子生徒達が、太陽に負けないくらいの勢いで元気にグラウンドを駆け回る。
雨天時のグラウンドでの活動は原則禁止。
部活動も制限されていた男子達にとって、グラウンドが開放される今日は記念すべき晴れの日となった。
詩子は第一体育館へと足を進める。
「うっわ、やっぱりどろどろじゃん。全然乾いてねえよ。」
外の第一体育館へと続く渡り廊下に差し掛かったところで、第一グラウンドに出てきた男子生徒の声が聞こえた。
「せっかくグラウンド使えるようになったのに、これじゃあサッカーもやりづらいなあ。」
「第一じゃなくて第二の方でやろうぜ。絶対芝生の方がやりやすいって。」
「でもそっちは部活動とか体育の授業以外じゃ使えないよ。」
「なんだよそれー。工事した意味ないじゃん。」
ちょうど一カ月前に工事が終わり、新しく第二体育館と第二グラウンドが加わった。
芝生の第二グラウンドと、最新の設備を要する大きな第二体育館が、古びて壁のペンキも剥げている第一体育館と砂の第一グラウンドよりも人気を集めるのは、言うまでもないことだった。
「なあ、第一体育館の方でバスケやろうぜ。授業前に汚れるの気持ち悪いし。」
「けど授業で使わなくなったから中は物置状態だよ。バスケやるには狭いよ。」
「ええー。つまんねえの。」
「それにさ、お前知らねえの?」
「は?なにが?」
「朝はあそこ、近づけないじゃん。」
詩子は渡り廊下から第一グラウンドを抜け、花壇の前まで来たところでふと足を止める。
第一体育館の手前に植えられた花壇の花は、前日の雨で葉の所々に雫が水玉模様を形作っていた。
陽光に反射して、雫もきらきらと宝石のように光り輝く。
生徒があまり寄り付かない旧校舎側に植えられているのは謎だが、花たちは一際美しく咲いている。
「誰が育てたんだろう。」
段ボール箱を足下に置き、花の目線に合わせるようにしゃがみこむ。
詩子の家の庭にも花壇がある。
それは母親の趣味で、色とりどりの綺麗な花が植えられている。
詩子は小さい頃から花と一緒に育った。
そのせいか、道端や近所の家に咲いている花を見つけると、つい足を止めて見入ってしまう。
手で花の表面に触れると、振動で雫の水玉模様が散った。
同時に、雨の湿った匂いと花の甘い匂いがほんのりと香る。
詩子は花が好きだ。
思わず口元が緩む。
「誰が育てたのかしらね。」
頭の上から声がした。
見上げると、すぐ横に彼女が立っている。
「おはよう、詩子。」
花に夢中で気付かなかった。
第一体育館に行く時点で会うことはわかっていたが。
詩子はゆっくりと立ち上がる。
「おはよう、ハナ。」
挨拶を返すと、彼女は優しく微笑んだ。
「良い天気ね。遠足日和だわ。」
◇◇◇◇◇◇◇
「詩子が朝ここへ来るのは珍しいわね。時間もとても早いし、何かあるの?」
白川ハナはそう言いながら、花壇の花の方へ身体を向ける。
彼女の端正な顔立ちは、正面のみならず、横から見ても美しい。
「綺麗よね。私、てっきり詩子が育てていると思っていたわ。」
花は綺麗だ。
同じことが、ハナにも言える。
美しい花が、白川ハナにはよく似合う。
「それは何?」
ハナは、詩子の足下の段ボール箱に指を指す。
「村崎先生に頼まれた。多分、いらなくなった教材とかプリントだと思う。」
「いらないなら捨てるべきだと思うわ。」
「また使うかもしれないから、とりあえず第一体育館に入れておくんだって。」
「使わないわよ。絶対、使わないわ。」
クスクスと笑うハナ。
古い第一体育館は、いらなくなった物や置き場所に困った物が集まった、ガラクタのたまり場へと変貌している。
村崎のような安易な考えの結果が、今の第一体育館の成れの果てである。
「村崎先生も詩子にやらせないで、自分でここまで来ればいいのに。詩子もそう思わない?」
「来たくても来られなかったんだよ。」
「あら、何故かしら。」
「ハナ達がいるからだよ。」
詩子の言葉にハナは目を瞬かせる。
反動で、彼女の長いまつ毛が大きく上下に揺れた。
「村崎先生、ハナ達が朝早くから第一体育館前にいること知ってるから。それで私に頼むしかなかったんだと思う。」
「詩子の言っている意味がわからないわ。」
「女子達が話しているところを、男は通りにくいんだよ。先生も恥ずかしいんじゃないの。」
「ふふっ。嫌だわ、そんなこと?先生ったら可愛いわね。」
そんなこと、ではないはずだ。
実際、女子生徒や教師も含め、ほとんどの人間が朝にこの第一体育館に足を踏み入れるのを躊躇する。
たかが女子達で済む話なら、村崎もわざわざ詩子に頼まない。
その女子達が問題なのだから。
「ありゃ、誰かと思ったら詩子ちゃんだ。」
いつのまにやって来たのか、ハナの後ろからひょっこりと顔がのぞく。
「珍しいね詩子ちゃーん。今日は何かご用かい?」
野原一花は、にこにこしながらそう言った。
一花の手にはクッキーの袋が握られている。
よく見ると、口元にはクッキーの粉が少しついていた。
「詩子、村崎先生に雑用を押し付けられたのよ。これを体育館に運ばないといけないんですって。」
詩子の代わりにハナが答え、よいしょと段ボール箱を持ち上げる。
「私が体育館まで運ぶわ。どうせすぐ戻るもの。」
「えっ、いいの?」
「もちろんよ。だから詩子は教室に戻って大丈夫よ。」
「あっ、そうだ。」
詩子の姿が見えなくなると、一花は思い出したようにハナに向き直る。
「ハナちゃんを早く連れて来いって、私、真理香に言われてたんだった。」
そう言ったわりに急ごうとしない一花は、手に持っていた袋からクッキーを一枚取り出し、美味しそうにかぶりつく。
「ん~幸せ~。」
「一花の最近のお気に入りはクッキーなのね。」
「このチョコチップがたまらないの。ハナちゃんも食べる?」
「いいえ、私は遠慮しておくわ。」
行きましょう、と一花を促し、ハナはゆっくりと歩き出す。
風が優しく吹いて、ハナの艶のある長い髪がふわりとなびいた。
「ところでハナちゃん。」
ハナと並んで歩き出す一花。
袋は既に空っぽのようで、ぐしゃぐしゃと小さく丸め込む。
「陰口のこと。ほら、昨日詩子ちゃんに聞かれちゃったやつ。結局謝ったんだって?」
意味ありげに、一花は口角を上げる。
「クラスの子が見てたらしいよ。昨日の放課後、教室で謝ったんでしょう?なんで謝ったの?」
その時の一花は、単純にハナの反応が気になっていただけだった。
取り乱すのか、言い訳をするのか。
詩子に対して、ハナが何を言うのか、ただ気になっただけだった。
「ねえ、どうして?」
「ふふっ。だって、そんなの決まっているじゃない。悪いと思ったからよ。」
ハナは笑いながらあっさりと答える。
「何それ、ハナちゃん反省したの?」
「反省?何を言っているの?昨日の陰口はタイミングが悪かっただけよ。」
「ええ。私はてっきり、ハナちゃんが詩子ちゃんに陰口を聞かれて、焦って謝っちゃったのかと思ったよ。」
「だって焦る必要がどこにもないもの。一花はきっと、わからないでしょうね。」
「うーん?でも詩子ちゃん、昨日のことでハナちゃんのこと嫌いになるかもよ?」
「あら、本当に何を言っているの、一花。」
「私と詩子は幼馴染みだもの。詩子は、私を嫌いになんてなれないわ。」
最近までずっと雨が続いていたせいで、太陽がこんなにも元気よく顔を出したのは久しぶりである。
校舎の窓から太陽の光がきらりと差し込み、日に照らされた廊下は温かな空気と、木々にとまった鳥たちのさえずりで、気持ちの良い朝を迎えていた。
午前7時45分。
小黒詩子は、職員室の前に立っていた。
少ししてから、担任の村崎圭一が段ボール箱を一つ持って戻ってくる。
ちょうど両手にすっぽりとはまる大きさの箱を、詩子は村崎から受け取った。
「いやあまじで助かるよ。これ一つだけで良いから、体育館までよろしくな。」
体育館と言われて納得がいった。
「村崎先生って、わかりやすいですね。」
職員室の中へ引き返す村崎の背中に向けて、ぼそりと呟いた。
今朝は体力を持て余した男子生徒達が、太陽に負けないくらいの勢いで元気にグラウンドを駆け回る。
雨天時のグラウンドでの活動は原則禁止。
部活動も制限されていた男子達にとって、グラウンドが開放される今日は記念すべき晴れの日となった。
詩子は第一体育館へと足を進める。
「うっわ、やっぱりどろどろじゃん。全然乾いてねえよ。」
外の第一体育館へと続く渡り廊下に差し掛かったところで、第一グラウンドに出てきた男子生徒の声が聞こえた。
「せっかくグラウンド使えるようになったのに、これじゃあサッカーもやりづらいなあ。」
「第一じゃなくて第二の方でやろうぜ。絶対芝生の方がやりやすいって。」
「でもそっちは部活動とか体育の授業以外じゃ使えないよ。」
「なんだよそれー。工事した意味ないじゃん。」
ちょうど一カ月前に工事が終わり、新しく第二体育館と第二グラウンドが加わった。
芝生の第二グラウンドと、最新の設備を要する大きな第二体育館が、古びて壁のペンキも剥げている第一体育館と砂の第一グラウンドよりも人気を集めるのは、言うまでもないことだった。
「なあ、第一体育館の方でバスケやろうぜ。授業前に汚れるの気持ち悪いし。」
「けど授業で使わなくなったから中は物置状態だよ。バスケやるには狭いよ。」
「ええー。つまんねえの。」
「それにさ、お前知らねえの?」
「は?なにが?」
「朝はあそこ、近づけないじゃん。」
詩子は渡り廊下から第一グラウンドを抜け、花壇の前まで来たところでふと足を止める。
第一体育館の手前に植えられた花壇の花は、前日の雨で葉の所々に雫が水玉模様を形作っていた。
陽光に反射して、雫もきらきらと宝石のように光り輝く。
生徒があまり寄り付かない旧校舎側に植えられているのは謎だが、花たちは一際美しく咲いている。
「誰が育てたんだろう。」
段ボール箱を足下に置き、花の目線に合わせるようにしゃがみこむ。
詩子の家の庭にも花壇がある。
それは母親の趣味で、色とりどりの綺麗な花が植えられている。
詩子は小さい頃から花と一緒に育った。
そのせいか、道端や近所の家に咲いている花を見つけると、つい足を止めて見入ってしまう。
手で花の表面に触れると、振動で雫の水玉模様が散った。
同時に、雨の湿った匂いと花の甘い匂いがほんのりと香る。
詩子は花が好きだ。
思わず口元が緩む。
「誰が育てたのかしらね。」
頭の上から声がした。
見上げると、すぐ横に彼女が立っている。
「おはよう、詩子。」
花に夢中で気付かなかった。
第一体育館に行く時点で会うことはわかっていたが。
詩子はゆっくりと立ち上がる。
「おはよう、ハナ。」
挨拶を返すと、彼女は優しく微笑んだ。
「良い天気ね。遠足日和だわ。」
◇◇◇◇◇◇◇
「詩子が朝ここへ来るのは珍しいわね。時間もとても早いし、何かあるの?」
白川ハナはそう言いながら、花壇の花の方へ身体を向ける。
彼女の端正な顔立ちは、正面のみならず、横から見ても美しい。
「綺麗よね。私、てっきり詩子が育てていると思っていたわ。」
花は綺麗だ。
同じことが、ハナにも言える。
美しい花が、白川ハナにはよく似合う。
「それは何?」
ハナは、詩子の足下の段ボール箱に指を指す。
「村崎先生に頼まれた。多分、いらなくなった教材とかプリントだと思う。」
「いらないなら捨てるべきだと思うわ。」
「また使うかもしれないから、とりあえず第一体育館に入れておくんだって。」
「使わないわよ。絶対、使わないわ。」
クスクスと笑うハナ。
古い第一体育館は、いらなくなった物や置き場所に困った物が集まった、ガラクタのたまり場へと変貌している。
村崎のような安易な考えの結果が、今の第一体育館の成れの果てである。
「村崎先生も詩子にやらせないで、自分でここまで来ればいいのに。詩子もそう思わない?」
「来たくても来られなかったんだよ。」
「あら、何故かしら。」
「ハナ達がいるからだよ。」
詩子の言葉にハナは目を瞬かせる。
反動で、彼女の長いまつ毛が大きく上下に揺れた。
「村崎先生、ハナ達が朝早くから第一体育館前にいること知ってるから。それで私に頼むしかなかったんだと思う。」
「詩子の言っている意味がわからないわ。」
「女子達が話しているところを、男は通りにくいんだよ。先生も恥ずかしいんじゃないの。」
「ふふっ。嫌だわ、そんなこと?先生ったら可愛いわね。」
そんなこと、ではないはずだ。
実際、女子生徒や教師も含め、ほとんどの人間が朝にこの第一体育館に足を踏み入れるのを躊躇する。
たかが女子達で済む話なら、村崎もわざわざ詩子に頼まない。
その女子達が問題なのだから。
「ありゃ、誰かと思ったら詩子ちゃんだ。」
いつのまにやって来たのか、ハナの後ろからひょっこりと顔がのぞく。
「珍しいね詩子ちゃーん。今日は何かご用かい?」
野原一花は、にこにこしながらそう言った。
一花の手にはクッキーの袋が握られている。
よく見ると、口元にはクッキーの粉が少しついていた。
「詩子、村崎先生に雑用を押し付けられたのよ。これを体育館に運ばないといけないんですって。」
詩子の代わりにハナが答え、よいしょと段ボール箱を持ち上げる。
「私が体育館まで運ぶわ。どうせすぐ戻るもの。」
「えっ、いいの?」
「もちろんよ。だから詩子は教室に戻って大丈夫よ。」
「あっ、そうだ。」
詩子の姿が見えなくなると、一花は思い出したようにハナに向き直る。
「ハナちゃんを早く連れて来いって、私、真理香に言われてたんだった。」
そう言ったわりに急ごうとしない一花は、手に持っていた袋からクッキーを一枚取り出し、美味しそうにかぶりつく。
「ん~幸せ~。」
「一花の最近のお気に入りはクッキーなのね。」
「このチョコチップがたまらないの。ハナちゃんも食べる?」
「いいえ、私は遠慮しておくわ。」
行きましょう、と一花を促し、ハナはゆっくりと歩き出す。
風が優しく吹いて、ハナの艶のある長い髪がふわりとなびいた。
「ところでハナちゃん。」
ハナと並んで歩き出す一花。
袋は既に空っぽのようで、ぐしゃぐしゃと小さく丸め込む。
「陰口のこと。ほら、昨日詩子ちゃんに聞かれちゃったやつ。結局謝ったんだって?」
意味ありげに、一花は口角を上げる。
「クラスの子が見てたらしいよ。昨日の放課後、教室で謝ったんでしょう?なんで謝ったの?」
その時の一花は、単純にハナの反応が気になっていただけだった。
取り乱すのか、言い訳をするのか。
詩子に対して、ハナが何を言うのか、ただ気になっただけだった。
「ねえ、どうして?」
「ふふっ。だって、そんなの決まっているじゃない。悪いと思ったからよ。」
ハナは笑いながらあっさりと答える。
「何それ、ハナちゃん反省したの?」
「反省?何を言っているの?昨日の陰口はタイミングが悪かっただけよ。」
「ええ。私はてっきり、ハナちゃんが詩子ちゃんに陰口を聞かれて、焦って謝っちゃったのかと思ったよ。」
「だって焦る必要がどこにもないもの。一花はきっと、わからないでしょうね。」
「うーん?でも詩子ちゃん、昨日のことでハナちゃんのこと嫌いになるかもよ?」
「あら、本当に何を言っているの、一花。」
「私と詩子は幼馴染みだもの。詩子は、私を嫌いになんてなれないわ。」
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