もしも願いが二つ叶うなら…

KANATA

文字の大きさ
4 / 31
第二章 出逢い

第3話 ジュン

しおりを挟む
 翌日の深夜、仕事の合間にジュンへメールを送った。

 《1月17・18日なら、休み取れそう》

 忙しいという理由も確かにあった。
 でも本当のところは――他に、休みを取らない理由があった。
 いや、正確には「取れなかった」のかもしれない。
 休んだ瞬間、心にぽっかり空いた“あの場所”を見てしまいそうで、怖かったのだ。

「ケンさん! 出番です!」

 控室の扉の向こうから、アシスタントのリョウタが声をかけてくる。
 その声に応えるように、タバコの火を消して立ち上がった。
 ――これが、俺にとって半年ぶりの休みになる。
 
 
【2006年1月17日(火)】
 
 旅行当日。
 集合場所に到着すると、ジュンの隣に見知らぬ二人の女性が立っていた。

「こいつが親友のケン!」

 そう言いながら、ジュンは嬉しそうに俺の肩に腕を回し、にこやかに二人へと紹介を始めた。

「はじめまして! ジュンさんと同じ美容室でアシスタントをしているミサキ、22歳です! この子は同期のチカです!」
「はじめまして、チカです!」

 二人が礼儀正しく会釈するのに軽く頷き返しながら、俺はジュンを鋭く睨みつけ、低い声で耳打ちした。

「……聞いてないぞ」
「言ってたら来たか? いつまでもユイのこと引きずってないでさ。気分転換になるって!」

 そんな調子で上機嫌なジュンにあしらわれながら、俺は半ば強引に運転席へと押し込まれた。
 最初こそ気まずい空気が漂っていたが、高速道路に差し掛かるころには、弁の立つジュンのおかげで車内は徐々に和やかな雰囲気に包まれていた。
 ジュンの後輩である二人は、どちらも美容師らしくセンスの良い装いで、華やかな印象を与えていた。
 ミサキは整った目鼻立ちに、きっちりと決めたメイク。ストレートのロングヘアと渋谷系を思わせるスタイルで、すらりとした細身の体が目を引いた。
 一方のチカは、色白の肌に大きな瞳。ほぼスッピンで、マスカラだけを軽くつけたようなナチュラルな印象だ。ふんわりとしたパーマにミルクティー色のボブスタイル、前髪のせいもあって、童顔が際立って見える。身長も小柄で、原宿系の可愛らしい雰囲気がよく似合っていた。

 良い子たちだと思う。
 それでも、どうしても俺は女性に対して一線を引いてしまう癖がある。
 人見知りではない。仕事では客と軽口を交わすことも日常茶飯事だ。
 けれど、ジュンの言うように、きっと俺はまだ“あの言葉”を引きずっている。
 元カノの、忘れられないあの言葉を――。
 だからこそ、誰とでも自然に距離を縮められるジュンの天性の社交性が、時々眩しくもあり、羨ましかった。
 そんなジュンと初めて出会ったのは――
 中学一年の春だった。


* * *

 ジュンは、誰とでも打ち解けられる明るさを持つ、いわばクラスのムードメーカーだった。
 それは、俺が最も苦手とするタイプの人間でもあった。
 入学式の日から、俺は肩まで伸びた金髪を一つに束ね、両耳に合計五つのピアスをぶら下げていた。
 身長も低くない。どう見ても目立つ存在だったろう。
 案の定、上級生には目をつけられ、同級生からも腫れ物のように扱われていた。

 誰も俺に近づかない。
 それでいいと思っていた。いや、それを望んでいた。
 人と関わることが煩わしくて、一人でいることを選んだ。
 友達を作るなんて感覚とは、ずっと無縁だった。
 だから、誰かが自分に話しかけてくるなんて、思ってもいなかった。
 あれは、入学して一か月ほど経ったある日のこと。
 クラスの中では既にいくつかのグループが出来上がっていて、馴れ合いの空気が充満していた。
 今日もまた退屈な授業が始まる――
 そう思いながら廊下を歩き、教室の扉に手をかけたその瞬間。

「ファーストレディー!」

 目の前に突然現れたのは、クラスメイトのジュンだった。
 右手で教室の扉を開けながら、妙なテンションで言い放った。

「はっ?」

 意味がわからず立ち止まると、ジュンはさらに言葉を重ねた。

「ほら、外国じゃ男性が女性をエスコートするでしょ? 先に教室へどうぞってこと!」

 思わず吹き出してしまった。

「……それを言うなら、“レディーファースト”だろ」

 言い終えると同時に、俺は色白な顔を真っ赤にしたジュンの横をすり抜け、耳元で囁いた。

「それに、俺は女じゃなくて男だ」
「長い髪で可愛い顔してるから、女の子かと思ってたよ!」

 ジュンはふざけた様子で追いかけてくる。俺が睨みつけても、まるで怯える気配はなかった。

「お前、俺が怖くないのか? それとも同情?」

 さらに険しい表情で睨みつけると、ジュンの顔からふざけた色が消えた。

「同情なんかじゃない。それに怖がってるのは、君の方じゃない?」

 その真っ直ぐな眼差しに、思わず目を逸らしてしまった。

「お前に俺の何がわかる」
「わからない。だから、知りたいんだよ」

 言葉を失い、ただ窓の外に目を向けた。
 当時のジュンは、俺なんかよりずっと大人だったのかもしれない。

「なあ、今日、弁当一緒に食べようぜ!」
「は? なんでだよ」
「一人より二人の方が、美味しいに決まってるだろ? それに……ひねくれた性格の矯正もしないと」

 そう言って、ジュンは鼻先を掻いた――癖のように。
 そして何事もなかったように自分の席へと戻っていった。
 “勝手に決めるなよ”
 そう思ったのに、なぜか言葉にできなかった。
 昼休み。耳障りなチャイムが鳴り響いた。
 俺はジュンに気づかれないように教室を抜け出し、売店でコッペパンと牛乳を買って、足早に屋上へ向かった。
 だがそこには、既にジュンがいた。
 弁当を広げ、準備万端の笑顔で――。

「こっち!」

 彼の無邪気な声を無視し、少し離れた場所に腰を下ろすと、パンの袋を破った。
 するとジュンは弁当を持って、小走りで俺の隣へ来た。

「君って、寂しがり屋?」
「お前だろ」

 そんな軽口を交わしながら、結局その日もジュンの説教と雑談を聞く羽目になった。
 それからの日々。
 授業が終わるたびにジュンは席へやって来て、他愛もない話を一方的に喋り、昼休みには当然のように屋上で隣に座った。
 うざいと思っていたはずなのに――
 気づけば、それが日常になっていた。
 そして俺は、少しずつ、ジュンに心を開き始めていた。
 不思議だった。
 入学式の日の帰り道に見た夕陽は、悲しいくらいに冷たく見えたのに――
 いつしか温かく感じるようになっていた。
 夕陽に伸びる影が、“ひとつ”じゃなくなっていた。
 きっと、ジュンにとっても、俺は最も関わりづらい存在だっただろう。
 けれど彼は、決して俺を見放さなかった。
 どんなに無視しても、どんなに冷たくしても、寄り添い続けてくれた。
 俺の、凍てついた心を――
 少しずつ、確かに、溶かしてくれたんだ。
 “ありがとう”
 その言葉だけでは、とても足りない。
 ジュンと出会わなければ、きっと今の自分はいなかった。
 それから11年。
 あの日温められた心は――
 あの“出来事”によって、再び凍りついてしまったのかもしれない。

* * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...