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そうなの?

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その日は、はじめて朝一でのシフトだった。

いつも入っている人が、どうしても出られないらしく、わたしが引き受けたのだ。

こうして、できる範囲で人のためになるようなことをしておくのは、昔から嫌いじゃない。

店長からは8時半に入って掃除を始めてくれと言われたのだけど、心配性のわたしは8時にはお店に着いていた。

「あれ、もう来てくれたんスか」

事務所に入ると、店長がすでにいて、PCの前に座り、コーヒーを飲んでいる。

「ちょっと早く来ちゃいました」

いつもはタメ口なのだが、違う時間で狭い空間での雰囲気ということもあり、自然と出た敬語。

「ホント、助かりましたよ。いいスよ、タイムカード打ってもらって。えっと、8時過ぎちゃってるけど、入りは後で僕が8時開始に直しておくんで」

「そんな、いいよ」

すぐに戻るタメ口。

「まあまあ、そこは上司面させてくださいよ。30分になったら店内の清掃をお願いします。商品棚のホコリを落としてから、ホコリが舞わないようにフロアを拭く感じで。いえいえ、もう、作業のクオリティに関しては安心してるんで、おまかせス」

「りょーかいです」

タイムカードを打ち、ドアを開けたとき、背後から店長が言った。

「そういや、あの客の事なんスけど」

「もう、いいってば、その話」

朝から来る?これ。

「あいつ、僕の知り合いなんスよ」

「ひ、え、そうなの?」

これは単純に驚きだった。

お互い、特に顔を合わせても親しげに話すのを見たことはないし、あくまで客と店員という振る舞いしか見ていない気がする。

「そこはまあ、一応店長スからね。他のお客の目もあるし、プライベート持ち込むような甘さは見せません。ほら、口コミだって怖いじゃないスか。あそこの店長は私語が多いなんて書かれたらねぇ。いまや口コミ社会、一億総ジャーナリストってね」

「えらいですね」

感情がこもらないときも、敬語になることがあるらしい。

「それに、あいつ、警官なんスよ」

「はぇ、あ、そうなの?」

「来る曜日まちまちでしょ」

「そうだっけか」

とぼけてみせたが、確かに来る曜日はまばらだった。

「そういう勤務形態のお仕事。あっちのほうも顔を合わせてもドライなのは、そういう部分もあるみたいスね。ホント真面目な奴でね。憲法通り、全体の奉仕者を務めてますって感じの男。ちなみに独身でね。警察なんて、古い組織だから、やっぱり既婚の方が出世に有利ってのはあるみたいスけど」

「ふぅん」

「僕もね、何人もいますよ。お客で、良いなって人」

「・・・(僕もって)・・・、女性で?」

「いあ、もちろん男性でも」

「ああ、人としてね、そりゃ女だってあるよ。素敵な女性だなって思うこと」

「うーん、僕の場合は、直に性的になんスよ」

「え?」

「あ、僕、バイなんスよ」

「ファイナンス?」

「バイなんス」

「バイナンスって何?」

「バイ」

「バイって何」

「嘘でしょ。両性を愛せる素晴らしい人種のこと」







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