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下田市 郁美のこと
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南伊豆町、弓ヶ浜。
文字通り、弓が矢を番えて撓るように、浜が湾曲して長汀をなしている。
周囲、民宿が軒を連ね、観光客を静かに迎え入れ、日々の生計としている小さな海浜の集落だ。
「そこの黄色の民宿です」
「えっと、駐車場、勝手に停めて良いのかな・・」
「はい、どこに停めてもいいみたいです」
砂利道にロープが張られ、8台分の駐車場の1台分だけが空いていた。
民宿自体はこじんまりとしていて、だけど清潔感があるのは、外観を少し見ただけで分かる。
「一日数件だけ、予約を入れたらご飯が食べられるんです。ハイシーズンなんで、お昼時をちょっと外したこんな時間限定ですけど」
「へぇ、楽しみ。さっき、食べたいものを聞かれて、牛丼とか言わなくてよかった」
「それならそれで、キャンセル入れましたよ 笑」
「でも、民宿で食事なんて素敵。地元の人は民宿を利用することなんてないだろうから、人目も気にせず、ゆっくり食べられますね」
「うん、ここを選んだのは、そこも大きいんです。でも、お料理も最高ですよっ」
玄関に入ると、もういい匂いがする。
三和土では、泊り客と思われる家族連れがバケツを持っていて、見る風でもなく中をチラッと見てみると、近くで捕まえたのか、真っ赤なカニが入っていた。
郁美が受付を済ませ、こちらですよと案内してくれた。
受付の間の隣に食堂があり、四角いテーブルが4つ並んでいて、うち、3つのテーブルでは、既に食事が始まっていた。
最後の入り口近いテーブルに腰を下ろす。
テーブルには、「邂逅様 二名」と書かれた紙片と、半紙の丁寧な楷書のおしながきが置かれてあった。
「コース?」
「はい、みたいなもんです。でも、どんどん小皿が来るんで、居酒屋みたいになりますよ。って、お酒は駄目か」
「俺ね、酒はもともと弱いんで。烏龍茶が好物」
「じゃあ、わたしも烏龍茶にしよっ」
烏龍茶じゃ、雰囲気も出ないと思ったが、厚手の陶器の湯呑で運ばれてきた。
「伊豆高原の工房で焼かれたものです」
コトリと湯呑を置くと、女将さんが言った。
どうやら、料理は亭主が作って、接客は女将の持ち回りらしいが、泊り客を抱えながら、同時に飛び込み予約の食事を出すのだから、器用なものだ。
湯呑を傾けると、氷の音がしっとり落ち着いていて、口をつけると、肉厚な飲み口が触りがいい。
ベビーリーフのサラダが出た。
透き通るほど薄く切った魚の切り身が入っていて、おしながきを見ると、縞鯵とある。
「なにこれ、うま、、、」
「縞鯵、美味しいですよね」
「感動的にうまい。いや、いきなりサラダに縞鯵って、レベル高くないです? 高いでしょ、ここ」
「お気遣いなく 笑」
続けて、小鉢。細かく刻まれた弾力のある灰色のもの。何かの皮に違いない。これを、極小粒の卵と、何かのペーストで和えられている。
「うーん、なんだろうこれ。濃厚だし、食感が面白い」
「アンコウの皮と卵と肝らしいです」
「うそ、アンコウの卵って、こんなにちびっこいの?」
小鉢が続き、揚げ物が出た。
大きな陶器の長皿に半紙が置かれ、女将が揚げたてを少しずつ運んでくれた。
「このジンタの唐揚げってなんだろう」
「ああ、ジンタって、小アジのことなんですよ。伊豆ではそう呼びます」
「こんなに小さいのに、しっかりアジだ。スーパーの冷えたアジフライとは違う、、」
「やっぱり、そういう食事が多いんですか?」
「はい、スーパーのおばさまの作ったお惣菜が、家庭料理です」
「かなしい 笑」
初めて会って2時間足らずだが、楽しい食事になっているようだ。
文字通り、弓が矢を番えて撓るように、浜が湾曲して長汀をなしている。
周囲、民宿が軒を連ね、観光客を静かに迎え入れ、日々の生計としている小さな海浜の集落だ。
「そこの黄色の民宿です」
「えっと、駐車場、勝手に停めて良いのかな・・」
「はい、どこに停めてもいいみたいです」
砂利道にロープが張られ、8台分の駐車場の1台分だけが空いていた。
民宿自体はこじんまりとしていて、だけど清潔感があるのは、外観を少し見ただけで分かる。
「一日数件だけ、予約を入れたらご飯が食べられるんです。ハイシーズンなんで、お昼時をちょっと外したこんな時間限定ですけど」
「へぇ、楽しみ。さっき、食べたいものを聞かれて、牛丼とか言わなくてよかった」
「それならそれで、キャンセル入れましたよ 笑」
「でも、民宿で食事なんて素敵。地元の人は民宿を利用することなんてないだろうから、人目も気にせず、ゆっくり食べられますね」
「うん、ここを選んだのは、そこも大きいんです。でも、お料理も最高ですよっ」
玄関に入ると、もういい匂いがする。
三和土では、泊り客と思われる家族連れがバケツを持っていて、見る風でもなく中をチラッと見てみると、近くで捕まえたのか、真っ赤なカニが入っていた。
郁美が受付を済ませ、こちらですよと案内してくれた。
受付の間の隣に食堂があり、四角いテーブルが4つ並んでいて、うち、3つのテーブルでは、既に食事が始まっていた。
最後の入り口近いテーブルに腰を下ろす。
テーブルには、「邂逅様 二名」と書かれた紙片と、半紙の丁寧な楷書のおしながきが置かれてあった。
「コース?」
「はい、みたいなもんです。でも、どんどん小皿が来るんで、居酒屋みたいになりますよ。って、お酒は駄目か」
「俺ね、酒はもともと弱いんで。烏龍茶が好物」
「じゃあ、わたしも烏龍茶にしよっ」
烏龍茶じゃ、雰囲気も出ないと思ったが、厚手の陶器の湯呑で運ばれてきた。
「伊豆高原の工房で焼かれたものです」
コトリと湯呑を置くと、女将さんが言った。
どうやら、料理は亭主が作って、接客は女将の持ち回りらしいが、泊り客を抱えながら、同時に飛び込み予約の食事を出すのだから、器用なものだ。
湯呑を傾けると、氷の音がしっとり落ち着いていて、口をつけると、肉厚な飲み口が触りがいい。
ベビーリーフのサラダが出た。
透き通るほど薄く切った魚の切り身が入っていて、おしながきを見ると、縞鯵とある。
「なにこれ、うま、、、」
「縞鯵、美味しいですよね」
「感動的にうまい。いや、いきなりサラダに縞鯵って、レベル高くないです? 高いでしょ、ここ」
「お気遣いなく 笑」
続けて、小鉢。細かく刻まれた弾力のある灰色のもの。何かの皮に違いない。これを、極小粒の卵と、何かのペーストで和えられている。
「うーん、なんだろうこれ。濃厚だし、食感が面白い」
「アンコウの皮と卵と肝らしいです」
「うそ、アンコウの卵って、こんなにちびっこいの?」
小鉢が続き、揚げ物が出た。
大きな陶器の長皿に半紙が置かれ、女将が揚げたてを少しずつ運んでくれた。
「このジンタの唐揚げってなんだろう」
「ああ、ジンタって、小アジのことなんですよ。伊豆ではそう呼びます」
「こんなに小さいのに、しっかりアジだ。スーパーの冷えたアジフライとは違う、、」
「やっぱり、そういう食事が多いんですか?」
「はい、スーパーのおばさまの作ったお惣菜が、家庭料理です」
「かなしい 笑」
初めて会って2時間足らずだが、楽しい食事になっているようだ。
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