13 / 18
下田市 郁美のこと
4
しおりを挟む
先客の3組が続けて席を立ち、我々だけになった。
「なんか、ホストって言うから、もっとチャラい人が来るかと思ってました」
「普通でしょ?」
「はい、、、あ、十分、カッコいいですけどね。でも、チャラチャラしてなくて、安心しました」
「中にはね、ホストなんだから、もっとキラキラした人を期待してたって苦情を言う人もいるんですよ。いい匂いプンプンの紫の縞のシルクのスーツに飛びつきたかったのに!とマジでキレられたこともありました 笑」
「あ、それ、ちょっと分かるかも」
「うん、実は俺もね、分かるんです。お客様は非日常を求めている。サービス内容はどうあれ、自分の日常にはない時間を求めているのには違いない。だから、普通で来てどうするんだよって気持ちは、まともな意見だと思うんです」
「非日常かぁ、そうですね、そう思って、わたしも、、」
食事を終えて、民宿を出た。
料理があまりに旨く、サービスも行き届いていたので、車に乗る前に、もう一度、建物を振り返り、店主夫婦に心の中で礼を言った。
彼らもまた、志を持ったプロだ。
「いやあ、お腹ぱんぱん」
「甘いもの入ります? 男性は別腹じゃないかな」
「いいですね! 甘いものには目がないですよ」
「じゃあ、コンビニでスイーツ買いましょうっ」
コンビニに向かい、車を停め、店内へ入った。
スイーツコーナーに行くと、郁美はニコニコしながら、はしゃいで、物色を始めた。
「いやあ、もう、どしよ! これもいいな。これも好きなんですよね!」
やがて、ひとつのスイーツを手に取った。
俺のほうは、どら焼きと迷ったが、かなり熟慮し、新発売だというあんころ餅にした。
餡には目がない。
「思い出の場所に行っていいですか。そこで食べたいんです」
「ほぉ、思い出の場所ですか? いいですね」
車は、下田へ引き返し、稲生沢川沿いを上った。
蓮台寺の駅を越え、お吉が淵。
「何か、小さなお堂があった」
「お吉さんのお堂」
「お吉さん?」
「幕末の芸者さん。悲しい美人さん」
郁美がひどく悲しい顔をしたので、俺は、そのお吉という人のことは聞けなかった。
車をさらに進め、田んぼの中を抜けると、そこには、小さなお寺があった。
周囲は静かな集落で、どの家も壁が高く、庭が広い。
寺の前に石碑があり、その横に車を停めた。
石碑の横から階段になっていて、本堂はその上にあるらしい。
「この上ですっ 駆けっこしますか?!」
蝉の声。
少女のような郁美の笑顔が、眩しいくらいに、夏の太陽に映えていた。
「俺、サッカー部ですよ。しかも脚力はチーム1!」
駆けた。
「あ、ずるーい!」
郁美が追ってきた。
俺は容赦なく、本堂までダッシュした。
「もう、わたし、もう、荷物も持ってるし」
ようやく郁美が上がってきた。
この分だと、相当のハンディを付けても良かったかも知れない。
階段を上がると、小さな土の境内があり、古い本堂がある。
息を切らしながら、二人で並んで、本堂の濡れ縁に腰を下ろした。
境内の一画は竹林で、この春に生えた筍が数本、ずいぶんと成長して放置されていて、竹の向こうには、数基の墓も見える。
「ほら、あそこ」
「うん?」
「あれが、わたしが通っていた中学校です」
校舎が小さく見えた。
「足の遅い郁美少女が、駆け回っていた学校か」
「わたし、ほんと、遅かったんです 笑」
「懐かしいなあ。今、何クラスあるんだろう」
「何組だったか、3年とも言えますか」
「1年5組、2年3組、3年1組! 吉野豊先生、大森佳代子先生、渡辺洋一先生」
「すごい、フルネーム」
「山嶺たかーき、日の光ー」
「校歌?」
「はい」
景色を見渡しながら、二人でスイーツを食べた。
「これ、緑茶」
一緒に買ったお茶だ。
餡にはこれが最高。
餅をぺろりと食べ、お茶で流し込んだ。
郁美は食べるのまで遅く、ゆっくりと食べ終わると、パンパンと膝上の粉を払い、自分のお茶を飲んだ。
きゅっきゅと蓋をしめ、ことりとお茶を置く。
そうして、おもむろに、郁美が言った。
「邂逅さん」
「はい」
「わたしのこと、抱き締めてくれませんか」
「なんか、ホストって言うから、もっとチャラい人が来るかと思ってました」
「普通でしょ?」
「はい、、、あ、十分、カッコいいですけどね。でも、チャラチャラしてなくて、安心しました」
「中にはね、ホストなんだから、もっとキラキラした人を期待してたって苦情を言う人もいるんですよ。いい匂いプンプンの紫の縞のシルクのスーツに飛びつきたかったのに!とマジでキレられたこともありました 笑」
「あ、それ、ちょっと分かるかも」
「うん、実は俺もね、分かるんです。お客様は非日常を求めている。サービス内容はどうあれ、自分の日常にはない時間を求めているのには違いない。だから、普通で来てどうするんだよって気持ちは、まともな意見だと思うんです」
「非日常かぁ、そうですね、そう思って、わたしも、、」
食事を終えて、民宿を出た。
料理があまりに旨く、サービスも行き届いていたので、車に乗る前に、もう一度、建物を振り返り、店主夫婦に心の中で礼を言った。
彼らもまた、志を持ったプロだ。
「いやあ、お腹ぱんぱん」
「甘いもの入ります? 男性は別腹じゃないかな」
「いいですね! 甘いものには目がないですよ」
「じゃあ、コンビニでスイーツ買いましょうっ」
コンビニに向かい、車を停め、店内へ入った。
スイーツコーナーに行くと、郁美はニコニコしながら、はしゃいで、物色を始めた。
「いやあ、もう、どしよ! これもいいな。これも好きなんですよね!」
やがて、ひとつのスイーツを手に取った。
俺のほうは、どら焼きと迷ったが、かなり熟慮し、新発売だというあんころ餅にした。
餡には目がない。
「思い出の場所に行っていいですか。そこで食べたいんです」
「ほぉ、思い出の場所ですか? いいですね」
車は、下田へ引き返し、稲生沢川沿いを上った。
蓮台寺の駅を越え、お吉が淵。
「何か、小さなお堂があった」
「お吉さんのお堂」
「お吉さん?」
「幕末の芸者さん。悲しい美人さん」
郁美がひどく悲しい顔をしたので、俺は、そのお吉という人のことは聞けなかった。
車をさらに進め、田んぼの中を抜けると、そこには、小さなお寺があった。
周囲は静かな集落で、どの家も壁が高く、庭が広い。
寺の前に石碑があり、その横に車を停めた。
石碑の横から階段になっていて、本堂はその上にあるらしい。
「この上ですっ 駆けっこしますか?!」
蝉の声。
少女のような郁美の笑顔が、眩しいくらいに、夏の太陽に映えていた。
「俺、サッカー部ですよ。しかも脚力はチーム1!」
駆けた。
「あ、ずるーい!」
郁美が追ってきた。
俺は容赦なく、本堂までダッシュした。
「もう、わたし、もう、荷物も持ってるし」
ようやく郁美が上がってきた。
この分だと、相当のハンディを付けても良かったかも知れない。
階段を上がると、小さな土の境内があり、古い本堂がある。
息を切らしながら、二人で並んで、本堂の濡れ縁に腰を下ろした。
境内の一画は竹林で、この春に生えた筍が数本、ずいぶんと成長して放置されていて、竹の向こうには、数基の墓も見える。
「ほら、あそこ」
「うん?」
「あれが、わたしが通っていた中学校です」
校舎が小さく見えた。
「足の遅い郁美少女が、駆け回っていた学校か」
「わたし、ほんと、遅かったんです 笑」
「懐かしいなあ。今、何クラスあるんだろう」
「何組だったか、3年とも言えますか」
「1年5組、2年3組、3年1組! 吉野豊先生、大森佳代子先生、渡辺洋一先生」
「すごい、フルネーム」
「山嶺たかーき、日の光ー」
「校歌?」
「はい」
景色を見渡しながら、二人でスイーツを食べた。
「これ、緑茶」
一緒に買ったお茶だ。
餡にはこれが最高。
餅をぺろりと食べ、お茶で流し込んだ。
郁美は食べるのまで遅く、ゆっくりと食べ終わると、パンパンと膝上の粉を払い、自分のお茶を飲んだ。
きゅっきゅと蓋をしめ、ことりとお茶を置く。
そうして、おもむろに、郁美が言った。
「邂逅さん」
「はい」
「わたしのこと、抱き締めてくれませんか」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる