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下田市 郁美のこと
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「あっつい、、汗がすごい」
「わったしも」
土を払って、二人で濡れ縁に戻った。
土は硬いくらいに乾いているが、シャツが汗で濡れている。
汗で濡れたシャツに土が付けば、落ちにくい。郁美のシャツを汚してしまっただろうか。
この手の汚れを落とす良い洗濯石鹸を知っている。あとで、LINEでも送っておこう。
「そういえば、河津では雨だった。こっちの土は乾いてるね」
「ああ、峠の向こうとこっちじゃ、天気がまるっきり違うことが多いんですよ。これ、使ってください」
乳首を吸っておいて今さら敬語も嘘くさいと思ったのだが、郁美は敬語のままで、バッグから汗ふきシートを出して渡してくれた。これはありがたい。
「きっもちいいっー」
「いいですね、男の人って、そうやって、顔をガシャガシャ拭けて」
「郁美も気にせず」
「わたしは、帰ってから、思う存分っ」
柑橘系の香りのアルコールを含んだシートで、汗はもちろん、油分もさっぱり取ってくれた。
「明日は仕事?」
「はい」
「そういや、昨日も仕事だったとか」
「はい、お給料の出ない仕事 笑」
「え?」
「受け持ちの子が、朝から家出しちゃって、、。もう、親御さんが慌てふためいて、警察より、真っ先にわたしに連絡を寄越すもんだから」
これは聞いていなかった。
確か、受け持ちは三年生だった。
「え、無事だったの? その子」
「はい、とにかく、わたしは警察に連絡してくださいとお願いしたんだけど、おおごとになるのは困るから、まずは先生を含めて私たちで何とか見つけたいとか言い出して」
「ご両親と先生で?」
「いえ、その子のうち、シングルなんで、二人で」
「ママ?」
「いえ、パパ。なんでしょう、男としてのプライドなんでしょうか。とにかく、大っぴらにはしたくないとの一点張りで」
ほんのり分かる気がした。
子供もいないし、共感と言えるほどじゃないが。
「なんじゃそりゃ、バカな父親、、、二人でどう探すのさ、ねえ」
これが男の悪癖。
奥底で分かった気がしても、異性の前では自分の良い位置を保ち、同性をなじる性分がある。ここが男というものの限界だ。
ここを突破できる男は、本当にすごい男。
「相手は小学生だし、行く先の目星はついていて、数ヶ所しかないから大丈夫だって」
「で、二人で?」
「そう、始めは。でもお昼を過ぎて、お父さんの目星が早々に外れて 笑」
「警察へ?」
「はい。それで、18時を過ぎて、ようやく見つかったんです。隣の隣の市で。もう少し遅ければ、邂逅さんへキャンセルの連絡をしてたところですよ。前日だから、100%請求かな 笑」
「いやいや、事情がそれじゃあ、取れませんよ。というか、言ってくれたら良かったのに」
「ごめんなさい。もう、夢中で」
「そうか、大変だったね」
「お父さん、あんなに遠くまで行けるなんて、いつの間にか成長したもんだと感心してました。わたしへの感謝の言葉は一つもなかったけど 笑」
「なにそれ最悪・・。やっぱり幼い親って増えてるのかな」
「子供への心配で一杯だったんじゃないかな。素敵な親御さんも、たくさんいますよ」
昨日は随分と大変だったようだ。
どう見ても幼さの残る横顔の小柄な人が、こうして、一生懸命に教員としての務めを果たしている。
心底で感心していると、無意識に郁美を凝視していて、郁美がこちらを見た途端、自分の無遠慮な凝視に気づいて、俺は少したじろいだ。
そんな俺を見ながら、郁美が言った。
「このお寺って、中には入れるのかな」
「どうだろう。古いお寺だけど、お墓もあるし、住職はいないけど、檀家さんの行き来はあるみたいだね」
座っている縁の後ろには、木の引き戸がある。
中は見えないが、開けば、本尊のある仏間だろうと思う。
「邂逅さん」
「はい?」
「ちょっと、ゲームしませんか?」
「ゲーム?」
「はい」
「・・どんな?」
「後ろの引き戸、開くか、開かないか」
「なにそれ」
「開かなかったら、、、」
「開かなかったら?」
「わたし、このまま帰ります」
「開いたら?」
郁美が目を見開き、じっとこちらを見つめる。
その目を、ほんの少しだけ、すっと細めた。
それは、どこか、苦しみを含んだような、痛みに耐えているかのような、あるいは、何かを諦めたかのような、そんな色んな織り糸の感情を綯い交ぜにした目だった。
「開いたら、邂逅さん、、」
「はい」
「わたしのこと、、、、犯してくれませんか?」
「わったしも」
土を払って、二人で濡れ縁に戻った。
土は硬いくらいに乾いているが、シャツが汗で濡れている。
汗で濡れたシャツに土が付けば、落ちにくい。郁美のシャツを汚してしまっただろうか。
この手の汚れを落とす良い洗濯石鹸を知っている。あとで、LINEでも送っておこう。
「そういえば、河津では雨だった。こっちの土は乾いてるね」
「ああ、峠の向こうとこっちじゃ、天気がまるっきり違うことが多いんですよ。これ、使ってください」
乳首を吸っておいて今さら敬語も嘘くさいと思ったのだが、郁美は敬語のままで、バッグから汗ふきシートを出して渡してくれた。これはありがたい。
「きっもちいいっー」
「いいですね、男の人って、そうやって、顔をガシャガシャ拭けて」
「郁美も気にせず」
「わたしは、帰ってから、思う存分っ」
柑橘系の香りのアルコールを含んだシートで、汗はもちろん、油分もさっぱり取ってくれた。
「明日は仕事?」
「はい」
「そういや、昨日も仕事だったとか」
「はい、お給料の出ない仕事 笑」
「え?」
「受け持ちの子が、朝から家出しちゃって、、。もう、親御さんが慌てふためいて、警察より、真っ先にわたしに連絡を寄越すもんだから」
これは聞いていなかった。
確か、受け持ちは三年生だった。
「え、無事だったの? その子」
「はい、とにかく、わたしは警察に連絡してくださいとお願いしたんだけど、おおごとになるのは困るから、まずは先生を含めて私たちで何とか見つけたいとか言い出して」
「ご両親と先生で?」
「いえ、その子のうち、シングルなんで、二人で」
「ママ?」
「いえ、パパ。なんでしょう、男としてのプライドなんでしょうか。とにかく、大っぴらにはしたくないとの一点張りで」
ほんのり分かる気がした。
子供もいないし、共感と言えるほどじゃないが。
「なんじゃそりゃ、バカな父親、、、二人でどう探すのさ、ねえ」
これが男の悪癖。
奥底で分かった気がしても、異性の前では自分の良い位置を保ち、同性をなじる性分がある。ここが男というものの限界だ。
ここを突破できる男は、本当にすごい男。
「相手は小学生だし、行く先の目星はついていて、数ヶ所しかないから大丈夫だって」
「で、二人で?」
「そう、始めは。でもお昼を過ぎて、お父さんの目星が早々に外れて 笑」
「警察へ?」
「はい。それで、18時を過ぎて、ようやく見つかったんです。隣の隣の市で。もう少し遅ければ、邂逅さんへキャンセルの連絡をしてたところですよ。前日だから、100%請求かな 笑」
「いやいや、事情がそれじゃあ、取れませんよ。というか、言ってくれたら良かったのに」
「ごめんなさい。もう、夢中で」
「そうか、大変だったね」
「お父さん、あんなに遠くまで行けるなんて、いつの間にか成長したもんだと感心してました。わたしへの感謝の言葉は一つもなかったけど 笑」
「なにそれ最悪・・。やっぱり幼い親って増えてるのかな」
「子供への心配で一杯だったんじゃないかな。素敵な親御さんも、たくさんいますよ」
昨日は随分と大変だったようだ。
どう見ても幼さの残る横顔の小柄な人が、こうして、一生懸命に教員としての務めを果たしている。
心底で感心していると、無意識に郁美を凝視していて、郁美がこちらを見た途端、自分の無遠慮な凝視に気づいて、俺は少したじろいだ。
そんな俺を見ながら、郁美が言った。
「このお寺って、中には入れるのかな」
「どうだろう。古いお寺だけど、お墓もあるし、住職はいないけど、檀家さんの行き来はあるみたいだね」
座っている縁の後ろには、木の引き戸がある。
中は見えないが、開けば、本尊のある仏間だろうと思う。
「邂逅さん」
「はい?」
「ちょっと、ゲームしませんか?」
「ゲーム?」
「はい」
「・・どんな?」
「後ろの引き戸、開くか、開かないか」
「なにそれ」
「開かなかったら、、、」
「開かなかったら?」
「わたし、このまま帰ります」
「開いたら?」
郁美が目を見開き、じっとこちらを見つめる。
その目を、ほんの少しだけ、すっと細めた。
それは、どこか、苦しみを含んだような、痛みに耐えているかのような、あるいは、何かを諦めたかのような、そんな色んな織り糸の感情を綯い交ぜにした目だった。
「開いたら、邂逅さん、、」
「はい」
「わたしのこと、、、、犯してくれませんか?」
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