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止まった時間
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部屋の窓外に、学校が見える。
小学生来、ここに越してきて、聞き続けたチャイムが今日も鳴っている。
わたしが通い続けた小学校。
わたしが卒業をした小学校。
中学になっても、高校に入っても、あの少し疲れた病院のようにも見える校舎の、一番高いところにある時計の、さらにその上にある小さなスピーカーから流れる音を聞いていた。
児童たちの運動場ではしゃぐ声。
理科室の外にある中庭の花壇のチューリップ。その横の百葉箱。その箱にボールをぶつけた初恋相手の涼君に、彼を叱った中島先生。わたしが授業で描いた涼君の似顔絵を、皆の前で褒めてくれた先生でもある。
今日もチャイムが鳴り、児童たちの声が聞こえる。
小学校では時間が刻々と流れている。
だけど、わたしの時間は止まったままだった。
わたしが引きこもりになったのは、自然な流れだったようにしか思えない。
だって、何があったという訳でもなく、ただ、何もなかったから、こうなってしまったのだ。
存外、世の引きこもりの多くは、こんな感じなのだろう。
そこをあえて、転機を見出すのだとしたなら、私立の女子高の受験に失敗したことが挙げられるかもしれない。
不合格通知から四日間、わたしはその結果を担任に報告することができずにいて、四日目の報告を、担任はひどく苛立った様子で聞き取り、
「じゃあ、公立はどうすんの」
他人事のように、突き放す口調でわたしに言ったものだ。
まさかの不合格に全てが弱腰になったわたしは、公立校のレベルを2ランクも落とし、なんのやり応えもない答案を埋め、なんの喜びもない合格の通知を受けた。
同級生たちは一様に上っ面の同情を投げかけてくれて、投げっ放しの同情の傍から、最後には誰もいなくなってしまった。
低レベルな公立校の三年間は、取って付けたような、情けの多分に入ったような、せめてもの青春だった。
共学なので恋愛もしたが、唯一の理解者だと誤解していた女に彼を取られてから、その後の男たちからの三度の告白はすべて蹴った。
三年のうちに、わたしは虚勢を存分に張り、本当はこんなはずじゃなかったと心底に嘯き、周囲の自分とは格の落ちる同級生たちを内心で軽蔑した挙げ句、結局はひとりきりの、孤高ではなく、突き抜けた”孤低”に陥っていた。
大学進学はその延長戦にしか思えなくて、卒業後は社会に出ようと漠然と思っていた。
けれど、卒業間際に渡された学校の就職案内は、よほどの生活苦でない限り選択しようもないものばかりで、
「うちの学校のレベルじゃ、これが現実だよ」
これまた素晴らしく正直な担任の言を制しつつも受け流し、働く先は自分で見つけますと、トイレットペーパーほどの価値しかない卒業証書を受け取った。
喧騒の中、ホームのベルが鳴る。
わたしは、ベンチに腰を掛け、人々が列車に乗るのをただ見ていた。
見るといっても直視はできず、香苗が2号車に乗り込むのを、萌花が5号車に乗り込むのを、わたしから男を奪った怜美が9号車に乗り込むのを、ただ偽りの笑みを浮かべ、あえて胸を張り、視界の隅に捉えていた。
彼らが旅立っていく。
列車は瞬間的に消え、ホームに残るのは、わたし一人だけだった。
さっきより、ベンチがひどく冷たい。
小学生来、ここに越してきて、聞き続けたチャイムが今日も鳴っている。
わたしが通い続けた小学校。
わたしが卒業をした小学校。
中学になっても、高校に入っても、あの少し疲れた病院のようにも見える校舎の、一番高いところにある時計の、さらにその上にある小さなスピーカーから流れる音を聞いていた。
児童たちの運動場ではしゃぐ声。
理科室の外にある中庭の花壇のチューリップ。その横の百葉箱。その箱にボールをぶつけた初恋相手の涼君に、彼を叱った中島先生。わたしが授業で描いた涼君の似顔絵を、皆の前で褒めてくれた先生でもある。
今日もチャイムが鳴り、児童たちの声が聞こえる。
小学校では時間が刻々と流れている。
だけど、わたしの時間は止まったままだった。
わたしが引きこもりになったのは、自然な流れだったようにしか思えない。
だって、何があったという訳でもなく、ただ、何もなかったから、こうなってしまったのだ。
存外、世の引きこもりの多くは、こんな感じなのだろう。
そこをあえて、転機を見出すのだとしたなら、私立の女子高の受験に失敗したことが挙げられるかもしれない。
不合格通知から四日間、わたしはその結果を担任に報告することができずにいて、四日目の報告を、担任はひどく苛立った様子で聞き取り、
「じゃあ、公立はどうすんの」
他人事のように、突き放す口調でわたしに言ったものだ。
まさかの不合格に全てが弱腰になったわたしは、公立校のレベルを2ランクも落とし、なんのやり応えもない答案を埋め、なんの喜びもない合格の通知を受けた。
同級生たちは一様に上っ面の同情を投げかけてくれて、投げっ放しの同情の傍から、最後には誰もいなくなってしまった。
低レベルな公立校の三年間は、取って付けたような、情けの多分に入ったような、せめてもの青春だった。
共学なので恋愛もしたが、唯一の理解者だと誤解していた女に彼を取られてから、その後の男たちからの三度の告白はすべて蹴った。
三年のうちに、わたしは虚勢を存分に張り、本当はこんなはずじゃなかったと心底に嘯き、周囲の自分とは格の落ちる同級生たちを内心で軽蔑した挙げ句、結局はひとりきりの、孤高ではなく、突き抜けた”孤低”に陥っていた。
大学進学はその延長戦にしか思えなくて、卒業後は社会に出ようと漠然と思っていた。
けれど、卒業間際に渡された学校の就職案内は、よほどの生活苦でない限り選択しようもないものばかりで、
「うちの学校のレベルじゃ、これが現実だよ」
これまた素晴らしく正直な担任の言を制しつつも受け流し、働く先は自分で見つけますと、トイレットペーパーほどの価値しかない卒業証書を受け取った。
喧騒の中、ホームのベルが鳴る。
わたしは、ベンチに腰を掛け、人々が列車に乗るのをただ見ていた。
見るといっても直視はできず、香苗が2号車に乗り込むのを、萌花が5号車に乗り込むのを、わたしから男を奪った怜美が9号車に乗り込むのを、ただ偽りの笑みを浮かべ、あえて胸を張り、視界の隅に捉えていた。
彼らが旅立っていく。
列車は瞬間的に消え、ホームに残るのは、わたし一人だけだった。
さっきより、ベンチがひどく冷たい。
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