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色のない時間
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一向に就職をしないわたしに対し、母親は、
「まあ、先は長いんだし、ゆっくり考えな」
そう言ってくれた。
父親は以前からわたしには無関心で、部屋に籠りがちになったわたしとは、食事の時間もずれ始め、トイレのタイミングも互いに意識的にずらすようになり、同じ屋根の下にいながらも、週に数度も顔を合わせないようになった。
驚くような速さで一年が過ぎていく。
母親は変わらないスタンスでいてくれた。といっても、母親も専業主婦だから、経済的には顔を合わせない父親の面倒になっていた。
わたしは毎日昼近くまで寝て、起き出すと、家にある何かを食べた。
外出は時々した。
外に出るのは決まって深夜。
いつの頃か、他人と接するのが怖くなってきて、人目から忍ぶように深夜に部屋を出ては、自転車でかなり走った先にあるコンビニに入って雑誌を読んだりした。
近くのコンビニだと、知り合いに会う恐れがあったからだ。
深い潜水から水面を求めて息継ぎするように、わたしは夜が更けると、深夜の街へと飛び出した。
深夜の街は凝り固まっていて、完成度の高いスケッチの下書きのように、黒々とした世界に見える。
周囲は閑散とした下町で、どの店も閉まっている。道沿いの外灯と、深夜でも走る車だけが、人間のもたらす呼吸だった。
自転車を漕ぐと、夜気を含んだ風が通る。
それがなんとも心地よく、収縮した心根を、揉みほぐすような恵風といえた。
恵みといえば、財布には一万円。
これは、毎月初めに、母親が黙ってわたしの机に置いてくれる。これが月の小遣いだ。
週に数度の外出では十分だったし、なにより居候の分際では、さらにお金を求めることなどできなかった。
行くコンビニは三つあり、都度、気分によって変えた。
最近は、雑誌にも立ち読み防止がされていて、防止のないものを選んで手に取ったが、あまりの長時間の居座りは避けた。
一人で生きているくせに、やけに他人の目が気になるようになっていて、それは、日に日に感じる。
店員が若い男性の時は、何も買わずに出た。
店員が疲れたおじさんの時、わたしは好きなものを買って出た。
買った物を公園に持っていき、ベンチに座って、それを食べた。
外灯がわたしの時間を照らしていて、明日からも続く、無意味な時間への絶望を忘れさせてくれた。
みんながどうしているかを思い出すことはなかった。
人生の中心は紛れもなく自分であり、その自分が絶望というか、諦めというか、流れのままに、脳の神経細胞を死滅させるだけの日々を消費しているだけだったのだが、ある週刊誌で、高校の同級生がアダルト動画の女優になっているのを見て、仄かな優越感を感じたのは、どうにも妙だった。
母親は趣味に忙しい人で、夕方以降まで家を空ける。父親は遅くまで帰ってこないので、その間に夕飯を食べ、食べるとすぐに部屋に籠った。
部屋では絵を描いた。いつか絵本を出したいと思ったし、描いているうちは、自分が生きている気がした。
何度もネットに出そうとも思ったが、ネットに出された他の人たちの絵は、わたしのものとは次元が違っている気がして、一番強気で弱気な審査員である自分が、自身の作品を世に出す前から酷評する。
二年が経つ頃には、絵を描くのも億劫になってきた。描いたところで納得がいかず、誰の評価も得られない空虚な動作を保ち続ける動機はもうなくなっていた。
母親が愚痴をこぼすようになってきて、そのたびに、言い合いが増える。
「わたしだって考えてんのよ」
何も考えていなかった。
窓外のチャイムは規律正しく鳴るというのに、不規則で無駄な時間を消費するだけのわたしが、いったい何を考えてるというのだろう。
「まあ、先は長いんだし、ゆっくり考えな」
そう言ってくれた。
父親は以前からわたしには無関心で、部屋に籠りがちになったわたしとは、食事の時間もずれ始め、トイレのタイミングも互いに意識的にずらすようになり、同じ屋根の下にいながらも、週に数度も顔を合わせないようになった。
驚くような速さで一年が過ぎていく。
母親は変わらないスタンスでいてくれた。といっても、母親も専業主婦だから、経済的には顔を合わせない父親の面倒になっていた。
わたしは毎日昼近くまで寝て、起き出すと、家にある何かを食べた。
外出は時々した。
外に出るのは決まって深夜。
いつの頃か、他人と接するのが怖くなってきて、人目から忍ぶように深夜に部屋を出ては、自転車でかなり走った先にあるコンビニに入って雑誌を読んだりした。
近くのコンビニだと、知り合いに会う恐れがあったからだ。
深い潜水から水面を求めて息継ぎするように、わたしは夜が更けると、深夜の街へと飛び出した。
深夜の街は凝り固まっていて、完成度の高いスケッチの下書きのように、黒々とした世界に見える。
周囲は閑散とした下町で、どの店も閉まっている。道沿いの外灯と、深夜でも走る車だけが、人間のもたらす呼吸だった。
自転車を漕ぐと、夜気を含んだ風が通る。
それがなんとも心地よく、収縮した心根を、揉みほぐすような恵風といえた。
恵みといえば、財布には一万円。
これは、毎月初めに、母親が黙ってわたしの机に置いてくれる。これが月の小遣いだ。
週に数度の外出では十分だったし、なにより居候の分際では、さらにお金を求めることなどできなかった。
行くコンビニは三つあり、都度、気分によって変えた。
最近は、雑誌にも立ち読み防止がされていて、防止のないものを選んで手に取ったが、あまりの長時間の居座りは避けた。
一人で生きているくせに、やけに他人の目が気になるようになっていて、それは、日に日に感じる。
店員が若い男性の時は、何も買わずに出た。
店員が疲れたおじさんの時、わたしは好きなものを買って出た。
買った物を公園に持っていき、ベンチに座って、それを食べた。
外灯がわたしの時間を照らしていて、明日からも続く、無意味な時間への絶望を忘れさせてくれた。
みんながどうしているかを思い出すことはなかった。
人生の中心は紛れもなく自分であり、その自分が絶望というか、諦めというか、流れのままに、脳の神経細胞を死滅させるだけの日々を消費しているだけだったのだが、ある週刊誌で、高校の同級生がアダルト動画の女優になっているのを見て、仄かな優越感を感じたのは、どうにも妙だった。
母親は趣味に忙しい人で、夕方以降まで家を空ける。父親は遅くまで帰ってこないので、その間に夕飯を食べ、食べるとすぐに部屋に籠った。
部屋では絵を描いた。いつか絵本を出したいと思ったし、描いているうちは、自分が生きている気がした。
何度もネットに出そうとも思ったが、ネットに出された他の人たちの絵は、わたしのものとは次元が違っている気がして、一番強気で弱気な審査員である自分が、自身の作品を世に出す前から酷評する。
二年が経つ頃には、絵を描くのも億劫になってきた。描いたところで納得がいかず、誰の評価も得られない空虚な動作を保ち続ける動機はもうなくなっていた。
母親が愚痴をこぼすようになってきて、そのたびに、言い合いが増える。
「わたしだって考えてんのよ」
何も考えていなかった。
窓外のチャイムは規律正しく鳴るというのに、不規則で無駄な時間を消費するだけのわたしが、いったい何を考えてるというのだろう。
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