谷神は死せず

乍冥かたる

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動き出した時間

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三年目のある日、なにげなく投稿した絵にコメントが付いた。

既に絵を描く気力の失せたわたしは、ずっとフォルダに保存してあった以前の絵を、気まぐれに投稿したのだった。

「この背景はもしかして美瑛びえいですか?」

そんなコメントが付いた。

確かにそうだった。

前面に押し出したキャラに力を注いだ絵だったが、この背景は、そのキャラよりも時間を掛け、ことさらに描いた覚えがある。モチーフとしては、北海道の美瑛を意識したことに間違いない。

「その通りです!よくわかりましたね!?」

目はとろんとしつつも、身体の芯が嬉しくて、そんなレスを打った。

「水彩に見えますが独特だ。この質感を表現できる人はそうそういません」

「ありがとうございます!」

「ご挨拶が遅れました。僕は画廊を営んでいるものなのですが、来春をめどに北海道の景色を題材にした作品を集めてのギャラリーを開こうかと考えているんです。ギャラリーの模様は、ネットを通して世界中に配信する予定です。作品はひとつの場所につき一点というルールなのですが、美瑛の部門候補として、ぜひ声を掛けさせていただきたいのです」

ギャラリー出展の誘いだ。

目が覚めた。

覚めさせられた。

「それは、この作品でですか?それとも、新作を描いて?」

「新作です。この絵も素敵なのですが、キャラが前に出すぎていますよね。新たに美瑛をテーマにお願いしたい。他の北海道の景色でも構いませんが、いや、やっぱり美瑛がいいかな。なんなら富良野でもいい。いえ、このタッチなら、来年までに素敵な作品ができると確信が持てます」

その間も、絵を褒める他のコメントが付いた。嬉しかったが、今は、この画商のコメントほど、気分が奮うコメントはなかった。

「あ、あの報酬は」

「そこは大変申し上げにくいのですが、あくまで候補ということで、制作に関しては無報酬です。ただし、晴れて部門代表として作品展に展示させていただきますと、出展への謝意として相応の報酬を差し上げます」

「どうしよっかな。自信ないな」

3年前なら、迷わず二つ返事だったかもしれない。

だけど今は、その3年の重い月日がわたしの身体の中心で焦げ付き固まり、柔軟に前へ跳び出すには、邪魔なおもりとなっていた。

また新たなコメント。どうやら、絵の評判は本物のようだ。

「こちら、出版、アニメ制作業界へ知人を通してのパイプもありますので、そちらへの信用を担保したアピールという点でもかなりお勧めなんです。ぜひチャレンジしてみては」
  
さらにコメントが付く。

” この絵は売ってますか?ぜひ部屋に飾りたいんですが ”

ごめんなさい、今はもう、安売りできない絵になってしまったの。

” 丘の花々が緻密で感動しました!ひとつひとつに魂が感じられます。こんな絵は見たことがない! ”

” 全体のバランスがすごいです。色鮮やかなのに、ひとつの統一されたバランスが絵として完璧 ”


他人がわたしを認めてくれている。

なんて力強く、温かいんだろう。

この人たち、全員にお礼を言いたい。


「わかりました。やってみたいです」


ああ、解けそうもなかった氷が解けていく。

太陽だ。日が差してきた。

ああ、母はまだ帰ってこないの?わたしの才能にプロが声を掛けてきたんだ。この事実だけでも話してやりたい。まったくの無で、消費するだけの生活の末に、とうとう神様が光を与えてくれたのだ。できることなら、中島先生にも伝わってほしい。


いえ、そんな狭い世界ではなく、きっと、世界中で感性の豊かな人たちが、わたしに感動するはず。


きっと。


させてみせる。
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