谷神は死せず

乍冥かたる

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久しぶりの時間

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久しぶりに見る日中の家の前の路地は、深夜に見るものよりも狭かった。

少し歩けば、もう区画が切れて車道に出た。

車道には人が行き交いしていて、学生や、ベビーカーのママ、お婆さんに、営業マンといった人たちが、たぶん、昨日もそうだったかのように歩いている。

昨日まで日中は一歩も外に出なかったわたし。表情が硬くなっているのが自分でも分かる。

母には前日に伝えておいた。

ぶっきらぼうに簡潔に伝えたが、母は深くは聞かずに、お財布からそっと1万円札を差し出したのを、わたしは苛立ちながらも拒否した。

「どうして、お金いるでしょう?」

「面接みたいなもんよ。そんなに遠くまで行かないし」


画商の男性は、佐藤と名乗った。


面接ではないが、どんな人かを知るために会いたいと彼が言ってきた。

部門候補に過ぎない無名の女に会う必要があるのだろうかというのが最初の疑問で、そもそも、彼は候補者全員と会うのだろうか。だとしたら、候補者の数はそんなに多くはないのかもしれない。


佐藤さんは北海道在住だが、仕事で東京へ月に数度は来るらしい。

今回も、そのタイミングでわたしに会いたいらしく、東京での仕事の後、その足で、わたしの地元まで来てくれるという。

連絡は昨日の早い時点で来た。

「今、羽田に着きました。明日、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


改札に切符を通した。

早く通らないと改札が閉まってしまうような気がして、内心で気がいたが、難なく通り抜けることができたことで、小さな自信が生まれた気がした。

時間が通勤通学のピークで、車内は混みあっている。

その混雑ぶりが、わたしにとっては気が紛れるにちょうどよく、それに、通勤する社会人たちと同じ環境に身を置く自分が、彼らとなんだか近しい気がして、その分、埒外らちがいにいた昨日のわたしとは違うわたしになれた気もした。


目的の駅に着き、彼らと同じ流れの中に歩き、彼らと同じように改札を抜け、階段を上がり、林立するビルを見上げた。

もうここは地元ではない。

近所のおばさんもいないし、同級生もいない。

周囲の誰もわたしのことは知らず、同じように、わたしも周囲の誰をも気にすることはないはずなのに、三年分の怖気づきは、深くこびりついた油汚れのようで、


変な目つきになっていないだろうか

この服で大丈夫かな

髪型はいい、、と思う

靴は新しくしたかった

どんな人だろうか

目を見て話せるだろうか

気の利いたことが言える気がしない


そんなことを、ほんの短い時間の中で思った。


待ち合わせにはまだ時間があり、近くのカフェに入り、窓際のカウンターに腰を掛け、少し高く、そんなに飲みたいわけでもなかったコーヒーを口にした。
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