谷神は死せず

乍冥かたる

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初対面と暗がりの時間

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カフェの時計が一分遅れている。

いや、スマホの時計が早いのか。

どちらにせよ、待ち合わせの時間が近いので、いったんトイレで鏡を見て、支払いを済ませて外に出た。

9時50分。

待ち合わせはデパートの前にある女神像。

屋内の待ち合わせだと、息が詰まる。だから、わたしが提案した。

人の行き来を、だいぶん冷静に見られるようになった。

容姿の劣る人、オシャレでない人を見つけては、自分はあの人たちよりはマシなんだと、こっそり言い聞かせたりもした。

逆にオシャレな人を見ると目をそむけ、行き過ぎた感じの人が来ると、あれはやりすぎねと毒づくことで、なんとなく自分を保った。

そんな人の流れの中から、ひとりだけ違う雰囲気の男性の姿。

不思議と、すぐに分かった。佐藤さんだろう。

連絡に聞いていた格好ということもあるが、わたしの意識が研ぎ澄まされていたのか、彼の雰囲気そのものがなものなのか、ともかく、すぐに分かった。


軽い挨拶と自己紹介。

佐藤さんは柔らかな笑顔の持ち主で、目尻に皴こそあるが、清潔感のある人だった。

芸術に関わる人ということで、どこか、マルクスのような風貌なんて勝手に想像していたが、まるっきり違った。

よく考えると、マルクスも芸術家ではなかったっけ。


「ここの最上階に、10時からやってるレストランがあるんですよ。ちょっとお昼には早いですが、軽めのものもあるんで、行きましょう」

「最上階」

「ええ、ええ」

「レストランから外、、見えます?」

「もうね、最高の展望!」

「わたし」

「うんうん」

「超高所恐怖症なんです」

「あー・・・・」


結局、場所を変え、地下にあるお店に入った。

良い天気の日だったが、天気も時間もわからないほど暗い店だ。

( なにもこんな地下じゃなくても )

小学校の時に、こんな場所へ行った記憶がある。

あれは鍾乳洞だったか、いや、顔の汚れたヘルメット姿の蝋人形がつるはしを持っていた。たぶん、石炭か何かの採掘場だったか。

同じように暗く、オレンジの灯りが異様だった。


「ここね、夜はバーなんですよ。お昼はランチをいただける。マスターは煩悩から脱却した、四十路の独り身」

「結婚願望なんてないさと余裕ぶっこいてたら、そのうち性欲までなくなっちゃった」

そう言いながらマスターは、銀のワイングラス型に入った水をテーブルに置いた。

テーブルは重厚な焦げ茶の一枚板で、足元から触れると、樹皮の手触りがあった。

「木だ、これ」

「長野で一目惚れしたけやきです。霧ヶ峰でスキーの帰り、茅野ちのって街で見つけて抱き締めながら帰ってきました。真っ直ぐ伸びて巨木になる樹なので縁起もいい」

「樹皮がついてる・・・」

「そこはこだわりです。ただ、樹皮だとボロボロ取れるんで、薄いニスで何重にもコーティングしているんです」


「さー、えっと何にするかな」

佐藤さん。

「あの、僕、ガッツリ食べちゃっていいです?」

「ええ、もちろん」

「じゃあマスター、ムジナ丼と、シーザーと、ビーフシチュー」

「あいよ」

「ムジナ丼ですか?」

「アナグマ」

「アナグマ?」

「ああ、都会の人は知らないかな。狸みたいなのでね、日本中の山にいるんだけど、美味だってことがあまり知られていない。どうです、一緒に?」

「いえ、あの、わたし、カレーで」

「マスター、ムジナカレー」

「あ、いややや」

「ないよ。お嬢さん嫌がってるじゃない」
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