谷神は死せず

乍冥かたる

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色の時間

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夕飯もあることだし、遅めのランチは軽めにしておいた。

「とはいえ、食べちゃったな」

とは、佐藤さんだ。

「夕食は17時、18時、19時から選べるんですが、19時にしましょうかね」

「うん、それくらいが丁度いいですね」

市街方面へ戻り、丘陵の中に入った。

いわゆる美瑛の丘々には、観光名所として知られるポイントがいくつかある。

「せっかくなので、一つ一つ、降りて見てみましょうか」

佐藤さんはそう言ってくれたが、


「うーん、そういうところは車で流しながら見るだけでいいです」

「ほお」

「あ、あの、車の中からでもきちんと見ますよ」

「うん、感心しました、その感性」



これは、アートを表現する者の端くれとしての矜持きょうじだった。

芸術にプロもアマもない。

あるとしたら、それは精神性だろう。それのみと断じて言ってもいい。

そうだとすれば、そんな観光地に、つまり、既に商業的に完成されてしまった一つの形に、わたしが今さら心を傾ける意味はなかった。

今回の旅の目的は、観光ではない。

もちろん、観光ならではのワクワクとした楽しみはあったとしても、それは単なる付属物。

今、美瑛の丘を走るわたしにとって、最大にして唯一の目的は、わたし自身の、三年間眠り呆けてしまった感性のひとつひとつにビンタして回ることだった。

その担い手は、観光スポットではないというだけだ。

だけども、意識的に、そういったものを見ようとすまいという意識があるのだとしたら、それはもう、偏執的な否定論者に過ぎない。

だから、車で流しながら、ごくごく素朴にそれを楽しもうと思った。


なだらかな丘がいくつもある。

そのいくつもの丘自体がもう、精度が抜群に高いフォルムをしている。

「なんというか、フォルムがもう、何の法則性もない曲線なのに、それが美しいです」

「フォルムとは輪郭ですね。山もそうですが、その輪郭は火山活動などで神様が作ります。だけど、人が目にする実質的な輪郭って、植物の頭が並んで作ってるんですよね。山や丘の輪郭とは、植物のことです。そしてそれは、他ならぬ、僕たち人間の手によるものです」

「はい」

「道東などを走っていると、白樺なんかの並木がずっと真っ直ぐに続いています。観光客たちはそれを見て大自然だなんて感動しますが、でもそれは、僕らの爺さんやひい爺さんたちの手で植えたものなんです」

「そうか」

「芸術の赤ちゃん、種をそっと大自然に放つ。そうすると、しばらくして、僕らの前にこうして現れてくれる。道内で営々として受け継がれている、ごくごく素朴な日常なんです」



その輪郭たちにはすべて原色に近い色が付いていた。

ベースはグリーンだった。

緑こそ、自然のベースではないのかと思わずにはいられない。

黄色がある。

菜の花のようだけど、季節的にはカラシだろう。

グリーンとのコントラストで、黄色に勝る色はない。

毬のような黄色は黄色いマリーゴールド。

もちろん、橙のマリーゴールドもある。


「うそ、ヒマワリが咲いてる」

「うん、寒い土地だけど、10月まで見られます」


薄紅色のコスモスやフロックス。

紫。

紫には、青と赤がある。

ラベンダーの時期には外れたけど、青紫のサルビアが見事だ。


「サルビアをラベンダーだと思い込んで帰っていく観光客も多いんですよ。花に疎い人は、遠目からじゃ分からないし」


真っ赤なサルビアも見える。

そして、原色の隙間を埋めるような、表現のしようもないダリアやパンジーやペチュニア。



美しい!!


そして、そんな色彩の匂い湧き立つ世界をすべて覆う、壮大な青空。


抜けるような青。



「降りたいです」


「うんうん、降りましょう」



ドアを開け、たまらず大地に降り立った。


目の前を色の丘が巍然ぎぜんとしてうねっている。


丘の輪郭の一角に、小さな森の木が立っている。


木のアクセントは、丘の魅力を大きく引き出すものだった。


木は二色しかない。

緑か、冬場の白かの二つ。


この潔い、控え目な存在が、丘の演出に外せない奇才だ。
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