迷家で居候始めませんか?

だっ。

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ドタバタ宴会準備編

もしかして、あなたが椚さんですか?

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 鞍馬でヒシャクさんと別れた数日後。
私はコンビニのバイトの面接に来ていた。
会社が倒産してから1週間ほど過ぎ、ホオノキさんたちに色々と良くしてもらっていたが、そろそろ自分で行動しなければいかん。そう思い、近くのコンビニに連絡し、ドキドキしながら扉を叩く。

「どうぞ」
「失礼します…!」
「どうぞ、座って座って」

 気さくそうなオーナーさんにマネージャーさんだ。少し安心し、幾つかの質問に答え、結果は後日とのことだった。お別れをつげ、せっかくなのでコンビニで売っていたスイーツをひとつ買った。

「360円です。デザートのスプーン、如何しますか?」
「あ、お願いします」
「……あの、面接に来てたんですよね。どうでした?」
「……あ、結果は後日連絡だそうで、まだ分かんないんですけど、いい人そうで安心しました」
「もしここで働くんやったら、よろしくお願いしますね」

 急に声をかけられ驚きつつ、私は顔を上げて店員さんの顔を見た。背が私の頭一つ分ほど高く、袖を捲った姿が格好いい。色素の薄い髪はサラサラで、丸っこいイメージの、ふんわりとしたイケメンさんである。ただ、この雰囲気は歳下な気がする…!

「名前、聞いてもいいですか?」
「佐原蓬です…。あなたは…」

 制服の胸につけた名札を見て、なんて読むのか迷っていると、イケメンさんは私の反応を見て、答えてくれた。

天官あまくらいです。天官夜宵やよい

 ふ、と笑みを漏らして名乗る。「読みづらいですよね」と呟いて、袋を渡してくれた。細長い指が私の手を握り、思わず仰け反る。

「また会えたら、声掛けてくださいね、蓬さん!」
「……は、はい…」

 コンビニの自動ドアを通り、数歩歩いて、一息ついた。いきなり手を握られてドキドキした…!あ、なんで今日に限ってメイクしてないねん、私!
すぐさまスマホを開き、メッセージアプリにて親友で飲み仲間の杆に連絡。

《杆!面接しに行ったバイトの店員の男の子に、声かけられてさ!滅茶苦茶ふんわりしたイケメンさんで!手握られて!どうしよ、私一目惚れされた!?》

 秒で既読の文字がつき、ワクワクしながら返事を待つ。ピロン、と音がしてすぐさま見ると、Goodのスタンプと共にこう書かれていた。

《夢見っと火傷すんぞ♡》

………
……


 ついでに言うと、迷家へ入り、そこで長く時を過ごしたものは迷家へまた来れるようになるらしい。私は1週間ほどだったが、ホオノキさんの気やらカシワくんの力とかで来れるらしい。
迷家のすぐ前にある赤い橋を渡った時、明るく元気で、どこか子供じみた低めの声が聞こえた。その正体はすぐ見ることになる。

「…瓢箪ひょうたん?」

 庭にいた大きな瓢箪を持った男は、カシワくんやホオノキさんと話し込んでいるようで、縁側に座った2人に対して大きな笑い声を上げていた。2人は帰ってきた私に気付いたようで、大きく手を振った。

「おかえり!よもぎの姉ちゃん、面接どうだった?」
「おかえり、蓬ちゃん。お疲れ様」
「己が噂の人間の小娘か!よろしくな、蓬よ!」
「もしかして、あなたがクヌギさんですか?」

 榧さんが来たあたりから何度か名前を聞いたことがあった、クヌギという名前。
その人物は、大きな瓢箪を持った大柄な男で、真っ赤な赤色の髪に、鈴のついた耳飾りをしていた。白い袴の上から赤い羽織を来ており、とても目立つ格好だ。この人が、榧さんの名前をつけた人、つまり妖怪…。それも、榧さんと同格なんやろう、きっと。
ここは笑顔で挨拶!そして榧さんの話を聞く!これや!

「初めまして。佐原蓬と申します」
「堅いな、堅い!気軽で良いぞ。我は堅っくるしいのは苦手なのでな!」

 豪快な笑い声と共に大きな瓢箪が震える。
案外私と似たタイプである。ありがたい。

「じゃ、お気軽にどうも!蓬って呼んでください!」
「おう、蓬。よろしゅう願うぞ!我はくぬぎ。今日は榧の奴に言われてここに来たのだ」
「榧さんに?」

 縁側に腰掛け、堂々と仁王立ちで立つクヌギさんのお話を聞かせてもらう。クヌギさんはどうやら、榧さんとは喧嘩するも仲のいい間柄らしい。

「我と榧はまぁ、そうだな、親しい間柄よ。それから、雷獣、お主ともな」
「…椚にそう言われたら、嬉しいな」
「柏、相も変わらず小さい!可愛い!」
「あのね、椚は子供好きなんだ」

 見た目とのギャップが激しい。人間で言うヤンキーが実は子犬拾って育ててあげる並の、キュンとくるギャップである。

「それにしても蓬、お主、訳ありだな?まあ、気にするほどでもないが!」
「…訳あり?あぁ、ここにいること、ですか?」
「まぁ、それも含めて。…そうだそうだ、榧がお主を気に入っておったぞ!また会いに行くからお菓子を用意しといて、だそうだ!言伝を頼まれとった」
「えええっ、そんな…!榧さんが!私を!」

 榧さんの名前が出る度に震えているホオノキさんとカシワくんを横目に、私は思いきり喜んだ。好きなモデル様にそんなこと言われるなんて、感激だ!

 クヌギさんはにこにことした笑顔で、背負っている大きな瓢箪を手にし、ぐびぐびと中身を飲み始めた。その格好で何の妖怪か分かった私は、素晴らしい。

「クヌギさん、あなたは…酒呑童子しゅてんどうじ…?お酒を呑むと力を発揮する、鬼」

 ごとん、と瓢箪を落として、クヌギさんは頷いた。そしてその額には2本の立派な角が現れ、爪も長くなっていく。

「我は酒呑童子、椚なり!日本三大妖怪の一人だ!ま、人によれば三大妖怪の定義は違うらしいが?我は最も凶悪とされた方の三大妖怪なり!恐れよ人の子!はーはっはっはー!」

 高い空を見上げ手を腰に当て笑う姿は、凶悪とは思えなかった。言っていることは凶悪なんやけど。
それを見てホオノキさんが「よっ、師匠!」と合いの手を入れる。

 私はこの前ヒシャクさんから貰った破魔の矢のことを思い出し、カシワくんにおそるおそる尋ねる。

「なぁ、カシワくん。あの破魔の矢って、この、クヌギさんが来るからって言って貰ったんやんな。この人、そんなに凶悪なん?」
「ううん。椚本人はそんなに。だけど、3人が揃うと大暴れしちゃうんだー」

 足をぶらぶらさせて、カシワくんは笑った。それからホオノキさんに称えられ喜ぶクヌギさんを見て、「喧嘩っ早い」と呟く。
確かに喧嘩はしそうな人だ。榧さんとも喧嘩するらしいし、妖怪達の喧嘩とは恐れ多くて想像出来ない。

「ん?どうした、蓬よ。我を見つめおって」
「やー、なんでも。クヌギさんも、宴会したことあるんですか?ここで」
「うむ。我は明るいことが大好きだからな。また宴会をするんだろう?我にとびきりの酒を用意しといてくれよ、蓬!」
「はいはい、任せてくださいって」

 軽口でそう返事すると、クヌギさんは満足そうに頷き、縁側でお茶をすするホオノキさんの方を見た。
そして酒をぬぐって口を開く。残念ながら、私にはその会話の内容は聞こえなかった。2人だけの秘密、の話なんやろうか。

「雷獣よ。この娘はかの人の子によく似ておるな」
「……でしょ」
「人とはなんと儚いものか。一喜一憂し、喜怒哀楽をしかと見せ、一生懸命生きること、美しい。不条理を受け止めるその背中は、なんと大きいことか。かの人の子はもうおらぬのだな……もう一度、話をしたかったものだ」
「綺麗な人だった」
「時が経つのは早いな、雷獣。いや、朴よ」
「全くだ」

 2人は話を終えると、途端に笑いだした。
私はその様子を見て、妖怪も人間も、対して変わらないんだと、そう感じた。

 しばらくすると、クヌギさんは泊まると言い出した。
それにカシワくんが大喜びで舞踊り、ホオノキさんはそんなカシワくんを見てにこやかに笑った。

「…では、よろしく頼む!」
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