老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第一章

侍女リゼット

マルセルが去った後、室内には彼の衣に残っていた香油の甘い香りだけが漂っていた。
セラは長椅子に背を預け、脚を投げ出すようにして深く息を吐く。
「私が、カルディア王の后、ですって?」
声にしてもなお、その響きは荒唐無稽だった。
扉がそっと開き、リゼットが盆を手に入ってくる。
「温かいお茶をお持ちしました」
差し出されたカップを受け取ると、リゼットの指先がわずかに震えているのが見えた。
「聞いていたのね」
「地獄耳ですので」
「その耳、たまには塞いでほしいわ」
「でもこういう時は役立ちます」
セラはカップを傾けながら笑い、「じゃあ、意見を聞かせて」と促す。
「私が六十で、あちらは二十。しかも初婚よ? 笑える話じゃない?」
「笑えません。殿下は本気です」
「やっぱりね。きっと、太陽神に仕えた威光で悪人たちをなぎ倒す私を想像しているのよ」
「その冗談、笑うべきですか?」
「もちろん」
一瞬、二人の間に笑いが生まれたが、すぐ真顔へ戻る。
甘い香りの茶を口にしても、胸の重さは消えない。
「六十の王妃なんて迷惑でしかないわ。子も産めないし、国が落ち着いたら毒を盛られて終わり――そんな未来が見える」
「そんなこと、私がさせません!」
リゼットは皺の刻まれた手を、ぎゅっと握りしめた。温かな茶が少しこぼれ、指先を濡らす。
「ありがとう、リゼット」
冗談を言い合える安心感の裏で、セラの胸には静かに何かが芽吹き始めていた。
穏やかな余生か、嵐のような老後か――選ぶ時は、すぐそこまで迫っていた。


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