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新社長 斉藤純一
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瀬良は、仕事の引継ぎの訪問の時からすでに先輩行員の坂本からは聞いていた・・・
「この斉藤木材ではもう八年も社長を続けている斉藤良子が、近々社長を引退し、会長に就任する一方で、次は、彼女の長女の婿養子(斉藤純一)が社長となり、今後の経営を引き継ぐ予定」である事を。
瀬良はそんな斉藤木材について坂本と話をする中で、斉藤純一新社長の経営手腕について尋ねてみたが、坂本は
「ん・・・なんかはっきりしない人なんだよなぁ。威勢だけは良さそうだが」
と答えていた。
斉藤家は、創業者以降、子や孫は女性ばかりだった。
今の社長の良子の子供も二人姉妹だった。
よって、会社としては長女の婿養子を専務から昇格させ、新しい発想と突進力に期待しつつ、下降気味の業績を回復させる意向だった。
正直、この時代において、斉藤のような「材木を仕入れ、建築需要に合わせて製材し、国内に販売する昔ながらの材木屋」は、価格の安い輸入材木に完全に押されて、業績は赤字ぎりぎりと低迷を続けていた。
斉藤木材は、そんな状況からの脱出をもがいていた。
◇
「ま、そう言った斉藤良子さんの、彼への期待は、ウチの銀行でも‘良いことだ’と思っていたんですけどね。でも・・・なかなか、実績が一年たっても出てこなかったんですよ」
そう言う瀬良に佳奈子は聞いた。
「会社全体が、新社長体制のもとで活性化したとか、もしくは、ご新規の販売先が増えたりとかは無かったんですか」
「ぜんぜん・・・!」
剣菱のお猪口をクイッと口に含んだあとに、瀬良はそう佳奈子に言った。
「はいーっ、お・待・た・せ」
障子をすうっと開けて、店のオーナーの福井剛二郎が、自ら、次の焼き物を持ってきた。
「わぁ、なんか珍しいですね。このお店のオリジナルですか?」
そう佳奈子が聞いたのは、目の前に置かれた「じゃが明太やき」の串だった。
三人は、ほぼ同時にパックッと口にした。
これは剛二郎が創作したもので、食べやすい大きさにしたジャガイモを三個串にさし、あいだにはイカの切り身を・・・それを一旦炭火で焼きながら、最後の一瞬に明太子をすっと塗るという、不思議な味が口の中に広がる新作だった。
「んん!ウマい!」と瀬良。
「うん、ほんとだな」彰司も言った。
「どうして今までこれが巷(ちまた)の店になかったのかしら」
佳奈子は、驚きと喜びをたして二で割ったような表情をしてそう言った。
「さらにこれには、ひやの剣菱がことのほか合いますよ、東郷さん」
そう言う瀬良の言葉を聞いて佳奈子は徳利を手に取るや
「あらそうですか。ではどうぞ、おひとつ・・・」
と彰司に勧めた。
佳奈子のその一連の手さばきは極めて自然だった。
そしてオーナーの剛二郎に
「これ、できるんだったら、今のうちに商標登録しちゃうとか。あとで儲かりますネェ、フフッ」と冗談をいった。
「いやぁ、西村さんからそう言っていただけるなんて・・あざっす!」
剛二郎はそう言いながら、にこやかに、カウンター奥の炭火コンロの向こう側に戻った。
「で、さっきの話の続きだが・・・」
彰司が瀬良の方を向いた。
「この斉藤木材ではもう八年も社長を続けている斉藤良子が、近々社長を引退し、会長に就任する一方で、次は、彼女の長女の婿養子(斉藤純一)が社長となり、今後の経営を引き継ぐ予定」である事を。
瀬良はそんな斉藤木材について坂本と話をする中で、斉藤純一新社長の経営手腕について尋ねてみたが、坂本は
「ん・・・なんかはっきりしない人なんだよなぁ。威勢だけは良さそうだが」
と答えていた。
斉藤家は、創業者以降、子や孫は女性ばかりだった。
今の社長の良子の子供も二人姉妹だった。
よって、会社としては長女の婿養子を専務から昇格させ、新しい発想と突進力に期待しつつ、下降気味の業績を回復させる意向だった。
正直、この時代において、斉藤のような「材木を仕入れ、建築需要に合わせて製材し、国内に販売する昔ながらの材木屋」は、価格の安い輸入材木に完全に押されて、業績は赤字ぎりぎりと低迷を続けていた。
斉藤木材は、そんな状況からの脱出をもがいていた。
◇
「ま、そう言った斉藤良子さんの、彼への期待は、ウチの銀行でも‘良いことだ’と思っていたんですけどね。でも・・・なかなか、実績が一年たっても出てこなかったんですよ」
そう言う瀬良に佳奈子は聞いた。
「会社全体が、新社長体制のもとで活性化したとか、もしくは、ご新規の販売先が増えたりとかは無かったんですか」
「ぜんぜん・・・!」
剣菱のお猪口をクイッと口に含んだあとに、瀬良はそう佳奈子に言った。
「はいーっ、お・待・た・せ」
障子をすうっと開けて、店のオーナーの福井剛二郎が、自ら、次の焼き物を持ってきた。
「わぁ、なんか珍しいですね。このお店のオリジナルですか?」
そう佳奈子が聞いたのは、目の前に置かれた「じゃが明太やき」の串だった。
三人は、ほぼ同時にパックッと口にした。
これは剛二郎が創作したもので、食べやすい大きさにしたジャガイモを三個串にさし、あいだにはイカの切り身を・・・それを一旦炭火で焼きながら、最後の一瞬に明太子をすっと塗るという、不思議な味が口の中に広がる新作だった。
「んん!ウマい!」と瀬良。
「うん、ほんとだな」彰司も言った。
「どうして今までこれが巷(ちまた)の店になかったのかしら」
佳奈子は、驚きと喜びをたして二で割ったような表情をしてそう言った。
「さらにこれには、ひやの剣菱がことのほか合いますよ、東郷さん」
そう言う瀬良の言葉を聞いて佳奈子は徳利を手に取るや
「あらそうですか。ではどうぞ、おひとつ・・・」
と彰司に勧めた。
佳奈子のその一連の手さばきは極めて自然だった。
そしてオーナーの剛二郎に
「これ、できるんだったら、今のうちに商標登録しちゃうとか。あとで儲かりますネェ、フフッ」と冗談をいった。
「いやぁ、西村さんからそう言っていただけるなんて・・あざっす!」
剛二郎はそう言いながら、にこやかに、カウンター奥の炭火コンロの向こう側に戻った。
「で、さっきの話の続きだが・・・」
彰司が瀬良の方を向いた。
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