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救世主 横鷹ホーム
しおりを挟む大分市内の横鷹ホーム本社ビル四階の応接室に、斉藤木材の新社長(斉藤純一)と営業部長の丸田の姿があった。
今日は丸田は三度目、一方の斉藤社長は初めての訪問だった。
斉藤側の目的は、成長著しいこの企業に、つまり建築用の木材需要が急拡大している横鷹に、商品納入のための仮契約をすることだった。斉藤は横鷹の社長とは初めての面談であり、極めて重要な訪問だった。
「あー、すいませんお待たせしちゃって」
社長の熊田、専務の矢部、そして資材仕入部長の今田が、やや急いだ様子で入ってきた。
熊田は身長175センチほど、そして柔道の選手かと思わせるような恰幅のいい体型をしていた。スーツも紺のダブル。その押し出しの良さに斉藤は面食らった。
「いやいや、とんでもございませんよ」加えて
「今は、横鷹ホームさんは実にお忙しいことでしょう。そんななか、貴重な時間をいただき、まことにありがとうございます」
横鷹の幹部に対して、腰を九十度まげて礼をした後、あふれんばかりの笑顔を作ってそう斉藤は、告げた。
「なんのなんの。これから弊社にとって需要がどんどん高まっていく木材を、優先的に提供してくださる斉藤木材さんをお待たせしてしまって、実に申し訳ありません」
さすが、国内トップクラスの戸建て建設会社・住井林業で、毎年、エース級の仕事をしてきただけあって、物腰が低く、斉藤社長が予想していた高圧的な態度などは、一片も表に出していなかった。
高ぶる斉藤の気持ちは次第に落ち着いて行き、そのうちに、完璧に親分肌である熊田の懐の深さや、小さい事にこだわらない考え方に彼は惹かれて行った。
なにより、斉藤の胸のなかは、
「私はいま、自分たちを救ってくれる救世主と取引条件を詰めている・・・」
そんな喜びがあった。
話は進んでいった。
早速、二か月後から始まる取引の条件は
「発注後、三か月以内に、設計図の柱の形にきちんとカットされた木材を斉藤は横鷹ホームに納入すること」
「横鷹は、六か月手形でその代金を斉藤に支払う」
となった。
六か月手形という条件は、斉藤木材側にしてみればきつい条件ではあるが、この際、四の五の(しのごの)言ってはいられなかった。
仮契約は無事、成立した。
時間は五時を回っていた。
斉藤が席から立ち上がり、営業部長と帰社の段取りを話そうとしていた頃だった・・。
「斉藤さん!いまから、どうです、メシでも!?」「旨い寿司屋があるんですよ。大分の魚も旨いですよ。なぁ、矢部専務、いつものあそこだよ。ハハハ・・・!」
予想外の熊田社長のお誘いの言葉に、斉藤には断る理由は見つからなかった。
加えて、熊田社長のそんな配慮に、心を鷲掴みされてしまった。
斉藤社長と一緒に来ていた丸田が
「社長、折角ですので熊田社長とご一緒しましょうか。私はお茶でメシ食いますんで、帰りの運転は大丈夫ですよ」
その申し出を受けて、総勢五名で出かけることになった。
大分の魚については、斉藤も聞いてはいたが、その内容は素晴らしかった。
「女将さん、今日はさばとアジは、どっちが入っているの?」
「あら、どうもー、熊田社長っ。いつもご贔屓にありがとうございます。今日は関アジですよ」
「じゃあそれで!あと色々と盛り合わせてくれよ」
出された舟盛りは、先ほどの関アジ、そしてトラフグ、江戸時代は殿様しか味わえなかったと言う特産のシロシタ・カレイ。加えて、豊後牛に、地元で採れる肉厚のしいたけや、地物の野菜を盛り込んだしゃぶしゃぶも出された。
飲み物はと言えば、県内にあるサッポロ九州工場直送の新鮮なビールが皆の前に運ばれてきた。
勿論、丸田にも、味わえるのはここだけという、香りのよいノンアルコールのかぼすサワーが用意された。
「(やはり、横鷹の社長は、そこらあたりの経営者とは違う!大したものだ!)」と、
斉藤は改めて感じたのだった。
◇
「それからというもの、横鷹が斉藤木材の売り上げの、最初は5%、次の年に12%、三年目には25%まで急拡大しちゃったんだよ」
そう言って、瀬良は空になった冷酒の徳利を佳奈子に差出し、(おかわりをお願いっ)と言う顔をした。
それを受けて佳奈子は
「あ、はーい。ちょっと待っててくださいね」と言って、(すいませーん。お酒のお代わりをお願いします)と障子を開けて店員のミナミを呼んだ。
「斉藤木材の本社としては、どのように捉えていたんだよ、その一連のことを」
「斉藤本社を訪問するたびに、松田部長に聞いていたんです、ほらさっき話した人・・」
「あ、あのうるさい部長さんですね。そしたら?」と佳奈子が小首をかしげるしぐさで言った。
「いつもの横柄な態度で、‘ああいう伸びている会社(ところ)にどんどん食い込んで行くってのはあったりまえの事だろう!’とか‘わたしは過去に何度でも、事業のV字回復には関わって来ているんだよ。君らとは違うんだ!’と」それから間をおいて
「さらには‘ぐちゃぐちゃ言うのだったら、そのうちに銀行替えるぞ!’とも言ったなぁ」
「・・・」
彰司も佳奈子も言葉が出なかった。
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