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「まあ、頑張って対応してくれ」
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その月の月末を四日後に控えた日、支店の朝礼の後に、瀬良ほか二名の営業担当者が支店長に呼ばれた。
理由は、今月の初めからずっと成績不振となっていたこの三人に、「最終的な今月末の達成予想は?」のヒアリングのためだった。
彼らの頭のなかは
「あと四日がんばっても、達成率おおよそ七割・・・」だった。
支店長自らの「取り調べ」は精神的にきついものだった。
いつもは、営業担当の副支店長が、瀬良達の日々の成果をチェックしている。ダメな時はもちろん小言を言われていた。
しかし、その人はそんな時にでも、冷静に指導してくれるタイプの人だったので、瀬良にはそんなにストレスではなかった。
七分間、支店長から厳しい言葉をちょうだいした後に、瀬良たちは、がっくり来た面持ちで自分の営業室の机に戻って行った。
それから、数分もたたないうちに、融資担当の副島次長から内線で電話があった。
「あ、副島次長、お疲れ様です。ひょっとして、私が昨日お出しした書類の件ですか?・・・なにか問題でも?」
「それが、違うんだよ。先ほど本店の審査部から電話があってな、ほら例の斉藤木材についてだよ」
「斉藤さんの所が・・・何か?」
「大分市の横鷹ホームの最近の業績悪化を、本店も色々と握っているみたいで」
「はあ・・。で?」
「要は、追加担保をウチの銀行に出すように、斉藤木材に交渉してくれってことだ」
「えっ。と、と、と言うのはなぜ・・・?」
瀬良は戸惑った表情をしてそう応えた。
「斉藤木材は、この二年間、最終黒字を申し訳程度の三十万円は出している」続けて、
「出してはいるが、審査部は『決算書を本店でも詳しく精査したところ、実質は二期どころか三期連続赤字だ』と。これについては君も知っての通りだ」
「はい承知しています。償却すべき資産があるのに、それをやってないと言うのがありますからね」
「ところがだ、瀬良君」
「はい」
「横鷹ホームの業績悪化がこれ以上進むと、斉藤に必ず大損失がでるとみられる。そうなるといよいよ大幅な赤字決算だ。ウチとしても、融資金の回収で、損を出さないように、道を広く作っておく必要がある。ま、本店さんが考えるのももっともな事だ」
・・・中小企業の場合、最終黒字を「申し訳程度に少額を計上」する場合が多々ある。
言ってしまえば、税理士と仲よくして、その会社の都合の良いように最終損益を調整したものだ。
例えば、正直に決算をしてしまえば「ん・・・困ったなぁ。二百五十万円の赤字になってしまう」場合、何とか二百六十万円分を決算書の上で捻出し、‘最終利益が十万円’‘無事に黒字決算!’の決算書が出来上がる。
逆に、正直ベースでやったところ三千万円の黒字が予想された場合、法人税の節税などのからみから、数字をいじって、‘最終黒字が二百万円’などとする。
斉藤木材の場合は前者のパターンだった。ある勘定科目を微妙にいじって、首の皮一枚の黒字を世間に公表していた。
この追加担保の要求交渉・・・並大抵のことではない。瀬良も分かっている。必ず、もめる・・。
過去にほかの支店では、下手に動いたせいで、資金を借りている顧客から「金融庁に訴えるからなっ!」となった事例も瀬良たちに漏れ聞こえていた。
受話器を置いて意気消沈している瀬良に、追い打ちの別の電話が来た。
メールでのやり取りが銀行内でも主流となりつつある中で、即答を求める本店は電話をかけてくることが実に多かった。
「ああー、もしもし」
出だしの声でわかった。本店・情報企画部の飯塚審議役からだった。
「元気にやっているかね」
「はい、なんとか」
よりによってこんな時に・・厄介な電話だった。
また、M&Aがらみの情報提供票が今月も他の支店に比べて少ない、本店が力を入れている中期営業計画を「軽く考えすぎじゃあないのか、君は!」というお叱りか…、そう思った。
予想通り、その件もあった。それを瀬良は心の中で「ちっ」と言いながら聞いていた。しかし、その話は二分間くらいで終わった。
「俺も聞いているが、斉藤木材がややこしい状況になりそうだな。審査部の資料を見ていたが、どうなのかね?瀬良の見立てとしては?」
「本店審査部は、担保の強化をするように言ってきています」
「担保の積み増しか?」
「そうです」
数秒、飯塚が考えているのが感じられた。
「ま、頑張って対応してくれ。この件がうまく着地したら、君にとっても大きな自信と実績になるからな」
そう言うやり取りを数分間したのちに、飯塚は電話を切った。
「(ま、頑張って対応してくれ・・か。今日は朝から全くツイていない)」
瀬良は思った、本店さんは気楽なものだと。
理由は、今月の初めからずっと成績不振となっていたこの三人に、「最終的な今月末の達成予想は?」のヒアリングのためだった。
彼らの頭のなかは
「あと四日がんばっても、達成率おおよそ七割・・・」だった。
支店長自らの「取り調べ」は精神的にきついものだった。
いつもは、営業担当の副支店長が、瀬良達の日々の成果をチェックしている。ダメな時はもちろん小言を言われていた。
しかし、その人はそんな時にでも、冷静に指導してくれるタイプの人だったので、瀬良にはそんなにストレスではなかった。
七分間、支店長から厳しい言葉をちょうだいした後に、瀬良たちは、がっくり来た面持ちで自分の営業室の机に戻って行った。
それから、数分もたたないうちに、融資担当の副島次長から内線で電話があった。
「あ、副島次長、お疲れ様です。ひょっとして、私が昨日お出しした書類の件ですか?・・・なにか問題でも?」
「それが、違うんだよ。先ほど本店の審査部から電話があってな、ほら例の斉藤木材についてだよ」
「斉藤さんの所が・・・何か?」
「大分市の横鷹ホームの最近の業績悪化を、本店も色々と握っているみたいで」
「はあ・・。で?」
「要は、追加担保をウチの銀行に出すように、斉藤木材に交渉してくれってことだ」
「えっ。と、と、と言うのはなぜ・・・?」
瀬良は戸惑った表情をしてそう応えた。
「斉藤木材は、この二年間、最終黒字を申し訳程度の三十万円は出している」続けて、
「出してはいるが、審査部は『決算書を本店でも詳しく精査したところ、実質は二期どころか三期連続赤字だ』と。これについては君も知っての通りだ」
「はい承知しています。償却すべき資産があるのに、それをやってないと言うのがありますからね」
「ところがだ、瀬良君」
「はい」
「横鷹ホームの業績悪化がこれ以上進むと、斉藤に必ず大損失がでるとみられる。そうなるといよいよ大幅な赤字決算だ。ウチとしても、融資金の回収で、損を出さないように、道を広く作っておく必要がある。ま、本店さんが考えるのももっともな事だ」
・・・中小企業の場合、最終黒字を「申し訳程度に少額を計上」する場合が多々ある。
言ってしまえば、税理士と仲よくして、その会社の都合の良いように最終損益を調整したものだ。
例えば、正直に決算をしてしまえば「ん・・・困ったなぁ。二百五十万円の赤字になってしまう」場合、何とか二百六十万円分を決算書の上で捻出し、‘最終利益が十万円’‘無事に黒字決算!’の決算書が出来上がる。
逆に、正直ベースでやったところ三千万円の黒字が予想された場合、法人税の節税などのからみから、数字をいじって、‘最終黒字が二百万円’などとする。
斉藤木材の場合は前者のパターンだった。ある勘定科目を微妙にいじって、首の皮一枚の黒字を世間に公表していた。
この追加担保の要求交渉・・・並大抵のことではない。瀬良も分かっている。必ず、もめる・・。
過去にほかの支店では、下手に動いたせいで、資金を借りている顧客から「金融庁に訴えるからなっ!」となった事例も瀬良たちに漏れ聞こえていた。
受話器を置いて意気消沈している瀬良に、追い打ちの別の電話が来た。
メールでのやり取りが銀行内でも主流となりつつある中で、即答を求める本店は電話をかけてくることが実に多かった。
「ああー、もしもし」
出だしの声でわかった。本店・情報企画部の飯塚審議役からだった。
「元気にやっているかね」
「はい、なんとか」
よりによってこんな時に・・厄介な電話だった。
また、M&Aがらみの情報提供票が今月も他の支店に比べて少ない、本店が力を入れている中期営業計画を「軽く考えすぎじゃあないのか、君は!」というお叱りか…、そう思った。
予想通り、その件もあった。それを瀬良は心の中で「ちっ」と言いながら聞いていた。しかし、その話は二分間くらいで終わった。
「俺も聞いているが、斉藤木材がややこしい状況になりそうだな。審査部の資料を見ていたが、どうなのかね?瀬良の見立てとしては?」
「本店審査部は、担保の強化をするように言ってきています」
「担保の積み増しか?」
「そうです」
数秒、飯塚が考えているのが感じられた。
「ま、頑張って対応してくれ。この件がうまく着地したら、君にとっても大きな自信と実績になるからな」
そう言うやり取りを数分間したのちに、飯塚は電話を切った。
「(ま、頑張って対応してくれ・・か。今日は朝から全くツイていない)」
瀬良は思った、本店さんは気楽なものだと。
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