それでもあなたは銀行に就職しますか 第4巻~彰司と佳奈子の勉強会~「不渡り手形」

リチャード・ウイス

文字の大きさ
15 / 26
14

「まあ、頑張って対応してくれ」

しおりを挟む
 その月の月末を四日後に控えた日、支店の朝礼の後に、瀬良ほか二名の営業担当者が支店長に呼ばれた。

理由は、今月の初めからずっと成績不振となっていたこの三人に、「最終的な今月末の達成予想は?」のヒアリングのためだった。
彼らの頭のなかは
「あと四日がんばっても、達成率おおよそ七割・・・」だった。
支店長自らの「取り調べ」は精神的にきついものだった。
いつもは、営業担当の副支店長が、瀬良達の日々の成果をチェックしている。ダメな時はもちろん小言を言われていた。
しかし、その人はそんな時にでも、冷静に指導してくれるタイプの人だったので、瀬良にはそんなにストレスではなかった。

 七分間、支店長から厳しい言葉をちょうだいした後に、瀬良たちは、がっくり来た面持ちで自分の営業室の机に戻って行った。

それから、数分もたたないうちに、融資担当の副島次長から内線で電話があった。

「あ、副島次長、お疲れ様です。ひょっとして、私が昨日お出しした書類の件ですか?・・・なにか問題でも?」
「それが、違うんだよ。先ほど本店の審査部から電話があってな、ほら例の斉藤木材についてだよ」
「斉藤さんの所が・・・何か?」
「大分市の横鷹ホームの最近の業績悪化を、本店も色々と握っているみたいで」
「はあ・・。で?」
「要は、追加担保をウチの銀行に出すように、斉藤木材に交渉してくれってことだ」
「えっ。と、と、と言うのはなぜ・・・?」
瀬良は戸惑った表情をしてそう応えた。

「斉藤木材は、この二年間、最終黒字を申し訳程度の三十万円は出している」続けて、
「出してはいるが、審査部は『決算書を本店でも詳しく精査したところ、実質は二期どころか三期連続赤字だ』と。これについては君も知っての通りだ」
「はい承知しています。償却すべき資産があるのに、それをやってないと言うのがありますからね」

「ところがだ、瀬良君」
「はい」
「横鷹ホームの業績悪化がこれ以上進むと、斉藤に必ず大損失がでるとみられる。そうなるといよいよ大幅な赤字決算だ。ウチとしても、融資金の回収で、損を出さないように、道を広く作っておく必要がある。ま、本店さんが考えるのももっともな事だ」

 ・・・中小企業の場合、最終黒字を「申し訳程度に少額を計上」する場合が多々ある。
言ってしまえば、税理士と仲よくして、その会社の都合の良いように最終損益を調整したものだ。

例えば、正直に決算をしてしまえば「ん・・・困ったなぁ。二百五十万円の赤字になってしまう」場合、何とか二百六十万円分を決算書の上で捻出し、‘最終利益が十万円’‘無事に黒字決算!’の決算書が出来上がる。
逆に、正直ベースでやったところ三千万円の黒字が予想された場合、法人税の節税などのからみから、数字をいじって、‘最終黒字が二百万円’などとする。
斉藤木材の場合は前者のパターンだった。ある勘定科目を微妙にいじって、首の皮一枚の黒字を世間に公表していた。

この追加担保の要求交渉・・・並大抵のことではない。瀬良も分かっている。必ず、もめる・・。 
過去にほかの支店では、下手に動いたせいで、資金を借りている顧客から「金融庁に訴えるからなっ!」となった事例も瀬良たちに漏れ聞こえていた。

 受話器を置いて意気消沈している瀬良に、追い打ちの別の電話が来た。
メールでのやり取りが銀行内でも主流となりつつある中で、即答を求める本店は電話をかけてくることが実に多かった。

「ああー、もしもし」
出だしの声でわかった。本店・情報企画部の飯塚審議役からだった。
「元気にやっているかね」
「はい、なんとか」
よりによってこんな時に・・厄介な電話だった。
また、M&Aがらみの情報提供票が今月も他の支店に比べて少ない、本店が力を入れている中期営業計画を「軽く考えすぎじゃあないのか、君は!」というお叱りか…、そう思った。

予想通り、その件もあった。それを瀬良は心の中で「ちっ」と言いながら聞いていた。しかし、その話は二分間くらいで終わった。

「俺も聞いているが、斉藤木材がややこしい状況になりそうだな。審査部の資料を見ていたが、どうなのかね?瀬良の見立てとしては?」
「本店審査部は、担保の強化をするように言ってきています」
「担保の積み増しか?」
「そうです」
数秒、飯塚が考えているのが感じられた。
「ま、頑張って対応してくれ。この件がうまく着地したら、君にとっても大きな自信と実績になるからな」
そう言うやり取りを数分間したのちに、飯塚は電話を切った。

「(ま、頑張って対応してくれ・・か。今日は朝から全くツイていない)」
瀬良は思った、本店さんは気楽なものだと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...