それでもあなたは銀行に就職しますか 第4巻~彰司と佳奈子の勉強会~「不渡り手形」

リチャード・ウイス

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最終章

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 しばらくたった木曜日、東郷はもう五時半には七階のエレベーターホールで、下りのエレベーターを待っていた。

エレベーターは十階に止まっていたが、ほどなく彰司の階に降りてきた。
十階には女子更衣室がある。
彰司はおもむろに思った‘西村が乗って来ている かも’と。
スーッとドアが開いた。あんがい、時に、そう言う勘は当たったりする。

「あらぁ、東郷さん、今日は早いんですね」

「ふふ、たまにはね」彰司は苦笑いした・・・「(当たった)」。
「えっ、何ですかそのへんな笑い・・・・ま、いいですけど」
二人きりになり、エレベーターはそのまま一階をめざした。

「今日、東郷さんはこれからご予定は?」
「ん、どうした?特にないけど」
「じゃあ、軽く行きませんか。この界隈で」
彰司に断る理由は見つからなかった。

「おつかれさまでーす」
「ああ、おつかれさんでしたぁ」
佳奈子のニコッとした挨拶に、通用門にいつも居る守衛も微笑みながら応えた。
女子行員の挨拶だけには、守衛も顔をほころばせるものである。

店は、佳奈子の提案で博多駅裏手の、ここから歩いて十五分の所にあるアイリッシュパブとなった。
「帰り際に、いきなりチョット行こうかっていうのは、初めてのことだな」
「ねえ」そう言って笑顔を見せた。

 二人が座ったのは、店のフロアの中央にあるハイテーブルだった。椅子も足長のものだった。
彰司には、ほんの少し足がフロアに付く感じだったが、佳奈子は椅子の下の方に付いている木製のバーに、両ヒールを乗せていた。よって、はたから見たら、ちょこんと佳奈子は座っているような格好だった。
テーブルはしぶい褐色で直径が五十センチほど・・・それでお互いが両肘をついていたので、二人の顔はけっこう近かった。
佳奈子はギネスのハーフ&ハーフを三分の一ほど飲んだ後で、もうご機嫌の様子だった。
手元にはフィッシュ&チップスのバスケットが一つ置いてあった。

「この前の、串焼き屋さん、おいしかったわね」
「そうだな。色んな具材も、串に刺されて焼かれちゃうと、案外、感動の料理になったりするもんだ」
うんうんと佳奈子もうなずいた。そして
「それでねぇ、今日は、私は休日前の解放感100%の日なのよ」
「どういうこと」
「有休の消化で、明日は休みなの・・・三連休」そう言って‘ふふふっ’と笑みを浮かべた。
「そういうことか、どうりで」
同時に彰司は、佳奈子の顔を覗き込んで‘なーるほど’と言う顔をした。

「ところで、この前だけど、瀬良は大いに語っていたな。君は勉強になったかい?」
「もちろん」
自然とその瀬良の話になって行き、彰司は浜川課長との件も佳奈子に話した。
佳奈子は、‘あら’‘まあ’‘そうだったの’‘それはよかった’と相槌を打ちながら聞いていた。

しばらくして、斉藤木材の件の話も終わり、次第に本店内のよもやま話になって行った。
佳奈子はいつものように、にこやかな表情で楽しげにいろんなことを東郷に話したのだった。
二人とも、話がひと呼吸つくたびに、手元のビールをコクッと飲んだ。佳奈子にしてみれば、三連休前で、今宵は解放感に浸った実に楽しいひとときであった。

そして佳奈子が銀行を出る前に「これから軽く一杯どうです?」とエレベーターで言った通りに、二人は一時間程度でここをきりあげた。

店を出て、二人並んで歩きながら、彰司は、ほろ酔いの気分で、「(ま、いいだろう。知っているかもしれないし・・)」と思いつつ、佳奈子に言った。
「それでさあ・・・」
「ん?ナニ」

「瀬良・・・・結婚するんだってな」

二人の空間が一瞬で凍りついた。
時間も一瞬、止まったようになった。
間違いなく、佳奈子のすべての動きが瞬間に止まった。
立ち止まった佳奈子は、彰司におそるおそる聞いた。

「えっ・・・、お相手の人は・・・銀行の娘(こ)?」
「本店国際部の船井さんだってさ」
「船井さん!!!(私の同期じゃないの・・・え、でもなぜ・・)」

さっきまでの楽しげな佳奈子とは打って変わり、急に口をつぐんだ。
「(接点はどこ?接点はなに?・・船井さんって東京の女子大だったよね。その東京の話題つながりかな?いえいえこう言う私もその部類だけど、そんな行員の会合があったことは無かったし・・・ん・・なんだろう)」
しばらく佳奈子は沈黙した。そして(わかったわ・・・!)

「ゴルフね!」
瀬良とその女子行員の接点は、それ以外には考えられなかった。
本店の行員同士で(おじさんも含めて)十四~十五人くらいで時々、ゴルフをやっているとの話は佳奈子も聞いていた。
「まちがいない!」
・・思わず最後の方は声に出た。

「ええ?何が?ゴルフがどうした」
「ううん、なんでもないの」
・・同期でもある船井美和は本店の中でも仲がいい友達だった。

佳奈子は何を思い余ったのか、彰司の顔を見て、いきなり言った。それはかろうじて聞き取れる弱い声だった。
「今日は、クルマで送ってください」「私の家まで」
そして
「お願いっ」
と、付け加えた。

「(俺の口から、今日は、話さなければよかったかな、瀬良のこの件は・・)」
心の中でつぶやいた。そして

「いいよ」  ・・そう応えた。

二人は店の近くでタクシーを拾った。
しばらく佳奈子は力なく、彰司とは反対側の、外を流れる景色を見ていた。

彰司は、佳奈子がバッグを握っている右手にそっと触れた。そして言った
「今度いつか、ゴルフを教えてあげようか」
「(えっ)」
そう彼女が言ったような気がした。
「やってみると案外楽しいよ」

佳奈子の顔が急に明るくなった。
「うれしい」・・・と

それはいつもの陽気な佳奈子の表情に戻っていた。
ほどなく、彰司は自分の左肩に、佳奈子が頬をのせる重みを感じた。


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