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「勝 新太郎(座頭市)」について (後編)
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バブル期のクラブだけあって、店の造りはたいしたものだった。ゴージャスできらびやかに作ってあり、もちろんホステスさんはモデル級ぞろい。
J氏は店に入ると『どう、調子は』と、お客の入りをマネージャーに聞いていた。そのやり取りの中から(えっ?)と思う言葉が聞こえてきた。
「今日は勝さんが来ていらっしゃいますよ」と・・
この店の一角には一室だけだが、ドアで仕切られた特別室があった。
どうやら、その部屋で勝新太郎とその連れの人たちが飲んでいるようだった。
耳を澄ますと渋い歌声が聞こえた。歌っている御仁は声からして‘座頭市’本人に間違いない。うわさに聞いたように、この日も大勢を引き連れてここに飲みに来て、ちょうどカラオケタイムの真っ最中だったのである。
こと、私たちは一般客用のソファで、たわいもない話をしながら愉快な時を過ごした。
そうこうするうちに引き上げようかという時間になり、J氏と私はやおら腰を上げて会計の方に向かった。
すると、勝新太郎とその取り巻きが、特別室を出てエントランスまで来ていたところだった。
「事業を広くやっていらっしゃるJさんですよ」
マネージャーがすかさず勝新太郎に紹介した。彼は満面の笑みを浮かべて一言二言、J氏とあいさつを交わした。
私はその光景を只々「えっ、これって現実・・・」と思いながら突っ立ってみていた。
が、その次の瞬間、私は一歩踏み出して、右手を差し出し「お世話になっています」と、あとで考えてもトンチンカンなセリフを吐いた。普通、有名人はそんな場合は目だけを合わせて、「あ、そう」とか「どうも」で終わらせるものだろう。
すると勝は、先ほどからの笑顔をそのままに、いきなり私の手の平をグイィとつかみ、
「いやぁこちらこそっ!お世話になっています!」
私の手を握った彼の手は、映画「座頭市」で隠し刀の杖をついていた手だ。「兵隊やくざ」では道理を知らない軍の上官を片っ端から殴りつけていたあの手である。文句なしにジーンときた。
豪快な人生を、誰に邪魔されることなく走り抜けていた彼は正真正銘まさしく「大物」・・。
しかし、人の運命はわからぬもの。彼の五十才以降の人生では、さまざまな不運が彼を襲っていた。
1981年、勝プロダクションの倒産、負債は十二億円。その翌年は母八重子の死。
五十七才の時は、子息の雁 龍太郎(がんりゅうたろう)を起用しつつ、自らが監督・脚本・主演の渾身の新「座頭市」の撮影において、龍太郎氏が誤って真剣で俳優を死亡させるという事件が起きた。
この件で、勝新太郎が描いた彼自身の復活と、倅 龍太郎に次を託す気持ちは、世間も驚く展開で崩れていった。
そのような中で、数々の心労とこれまでの不摂生がたたったのか、1996年7月に下喉頭癌を発病した。
しばらくは元気な様子を見せていたが闘病むなしく、座頭市・勝新太郎は65年の波乱の人生の幕を閉じた。
彼にはあと十五年は生きていてほしかった。黄金時代の勢いにまで再起してほしかった。
考えるに、彼の「勝プロ」関連の負債が十二億だったようだが、返済をしようと思えば十分に可能だったと思われる。
通常、破産した場合は、銀行は債務者の最低限の生活水準を限度に金の回収を行う。方法は、預金の差し押さえや所有不動産の競売など。
しかしこのような従来通りの銀行の「貸した金の回収マニュアル」をまともに受けていたら勝新と中村玉緒でもやせ細ってしまう。
だから、やり方としては、十二億を七億くらいに削減してもらい(つまり、銀行は五億は自分でかぶる)、勝新太郎はタニマチ各氏から七億円を借入れ(もしくは出資金として受取り)その金で返済してしまうのである。
そして、これまで同様の役者生活を続けながら、(タニマチから借りた金はどうせ無利子同然だろうから・・)七億を夫婦でゆっくり返せばいいわけである。
何故それが可能か。つまり、あの時期は各銀行も不良債権を抱えすぎて、とにかく早く自腹を切ってでも(銀行が損を出してでも)バブル期に発生した不良債権の撲滅に血眼になっていた。
よって、破産した役者をイメージさせる勝新太郎から(今後の仕事の入りも予想できないなかで)長年をかけて、少しずつ回収するのは得策ではないとの判断も出たであろう・・・このような知識がある誰かが、勝新のためにきっちりと動いてくれたら、前述の事はきっと可能だったと予想する。
事実、勝のふたつ年下になる「必殺仕置人・中村主水(なかむらもんど)」こと藤田まことは、同じくバブル期に、京都での豪華な中華レストラン経営失敗を受けて勝新の二倍以上の三〇億円の負債を抱え自己破産している。その過程で、彼は大阪の悪徳不動産に騙されたりもしている。泣きっ面に蜂、弱り目にたたり目だ。それを彼はせっせと返した。相変わらず時代劇や舞台に出て、こつこつ返済し無事完済したと聞く。これについては藤田まこと著の集英社「人生番狂わせ」に詳しい。
さて、世の中はデジタル時代。かの映画「兵隊やくざ」「座頭市」シリーズはDVD化されている。
おかげでこれから十年、いや三十年後も、昔と変わらぬ画質でこのシリーズを楽しむことができる。勝新太郎の映画のシーンは、時に私が生まれた昭和の日本の街並みや庶民の生活を克明に映し出している。実に懐かしくそして楽しい。
勝新のエネルギッシュな立ち回りは、これらのシリーズのどれを見ても痛快である。これからも時々、彼の作品を楽しむ機会があるだろうが、そのたびに間違いなく、あの白金のクラブで私の右手を握りしめた力強い手、そして優しい目をした「座頭市」こと勝新太郎の笑顔を思い出すことだろう。 (了)
J氏は店に入ると『どう、調子は』と、お客の入りをマネージャーに聞いていた。そのやり取りの中から(えっ?)と思う言葉が聞こえてきた。
「今日は勝さんが来ていらっしゃいますよ」と・・
この店の一角には一室だけだが、ドアで仕切られた特別室があった。
どうやら、その部屋で勝新太郎とその連れの人たちが飲んでいるようだった。
耳を澄ますと渋い歌声が聞こえた。歌っている御仁は声からして‘座頭市’本人に間違いない。うわさに聞いたように、この日も大勢を引き連れてここに飲みに来て、ちょうどカラオケタイムの真っ最中だったのである。
こと、私たちは一般客用のソファで、たわいもない話をしながら愉快な時を過ごした。
そうこうするうちに引き上げようかという時間になり、J氏と私はやおら腰を上げて会計の方に向かった。
すると、勝新太郎とその取り巻きが、特別室を出てエントランスまで来ていたところだった。
「事業を広くやっていらっしゃるJさんですよ」
マネージャーがすかさず勝新太郎に紹介した。彼は満面の笑みを浮かべて一言二言、J氏とあいさつを交わした。
私はその光景を只々「えっ、これって現実・・・」と思いながら突っ立ってみていた。
が、その次の瞬間、私は一歩踏み出して、右手を差し出し「お世話になっています」と、あとで考えてもトンチンカンなセリフを吐いた。普通、有名人はそんな場合は目だけを合わせて、「あ、そう」とか「どうも」で終わらせるものだろう。
すると勝は、先ほどからの笑顔をそのままに、いきなり私の手の平をグイィとつかみ、
「いやぁこちらこそっ!お世話になっています!」
私の手を握った彼の手は、映画「座頭市」で隠し刀の杖をついていた手だ。「兵隊やくざ」では道理を知らない軍の上官を片っ端から殴りつけていたあの手である。文句なしにジーンときた。
豪快な人生を、誰に邪魔されることなく走り抜けていた彼は正真正銘まさしく「大物」・・。
しかし、人の運命はわからぬもの。彼の五十才以降の人生では、さまざまな不運が彼を襲っていた。
1981年、勝プロダクションの倒産、負債は十二億円。その翌年は母八重子の死。
五十七才の時は、子息の雁 龍太郎(がんりゅうたろう)を起用しつつ、自らが監督・脚本・主演の渾身の新「座頭市」の撮影において、龍太郎氏が誤って真剣で俳優を死亡させるという事件が起きた。
この件で、勝新太郎が描いた彼自身の復活と、倅 龍太郎に次を託す気持ちは、世間も驚く展開で崩れていった。
そのような中で、数々の心労とこれまでの不摂生がたたったのか、1996年7月に下喉頭癌を発病した。
しばらくは元気な様子を見せていたが闘病むなしく、座頭市・勝新太郎は65年の波乱の人生の幕を閉じた。
彼にはあと十五年は生きていてほしかった。黄金時代の勢いにまで再起してほしかった。
考えるに、彼の「勝プロ」関連の負債が十二億だったようだが、返済をしようと思えば十分に可能だったと思われる。
通常、破産した場合は、銀行は債務者の最低限の生活水準を限度に金の回収を行う。方法は、預金の差し押さえや所有不動産の競売など。
しかしこのような従来通りの銀行の「貸した金の回収マニュアル」をまともに受けていたら勝新と中村玉緒でもやせ細ってしまう。
だから、やり方としては、十二億を七億くらいに削減してもらい(つまり、銀行は五億は自分でかぶる)、勝新太郎はタニマチ各氏から七億円を借入れ(もしくは出資金として受取り)その金で返済してしまうのである。
そして、これまで同様の役者生活を続けながら、(タニマチから借りた金はどうせ無利子同然だろうから・・)七億を夫婦でゆっくり返せばいいわけである。
何故それが可能か。つまり、あの時期は各銀行も不良債権を抱えすぎて、とにかく早く自腹を切ってでも(銀行が損を出してでも)バブル期に発生した不良債権の撲滅に血眼になっていた。
よって、破産した役者をイメージさせる勝新太郎から(今後の仕事の入りも予想できないなかで)長年をかけて、少しずつ回収するのは得策ではないとの判断も出たであろう・・・このような知識がある誰かが、勝新のためにきっちりと動いてくれたら、前述の事はきっと可能だったと予想する。
事実、勝のふたつ年下になる「必殺仕置人・中村主水(なかむらもんど)」こと藤田まことは、同じくバブル期に、京都での豪華な中華レストラン経営失敗を受けて勝新の二倍以上の三〇億円の負債を抱え自己破産している。その過程で、彼は大阪の悪徳不動産に騙されたりもしている。泣きっ面に蜂、弱り目にたたり目だ。それを彼はせっせと返した。相変わらず時代劇や舞台に出て、こつこつ返済し無事完済したと聞く。これについては藤田まこと著の集英社「人生番狂わせ」に詳しい。
さて、世の中はデジタル時代。かの映画「兵隊やくざ」「座頭市」シリーズはDVD化されている。
おかげでこれから十年、いや三十年後も、昔と変わらぬ画質でこのシリーズを楽しむことができる。勝新太郎の映画のシーンは、時に私が生まれた昭和の日本の街並みや庶民の生活を克明に映し出している。実に懐かしくそして楽しい。
勝新のエネルギッシュな立ち回りは、これらのシリーズのどれを見ても痛快である。これからも時々、彼の作品を楽しむ機会があるだろうが、そのたびに間違いなく、あの白金のクラブで私の右手を握りしめた力強い手、そして優しい目をした「座頭市」こと勝新太郎の笑顔を思い出すことだろう。 (了)
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