ウイスの回顧録 その1

リチャード・ウイス

文字の大きさ
6 / 14

「勝 新太郎(座頭市)」について  (後編)

しおりを挟む
 バブル期のクラブだけあって、店の造りはたいしたものだった。ゴージャスできらびやかに作ってあり、もちろんホステスさんはモデル級ぞろい。
J氏は店に入ると『どう、調子は』と、お客の入りをマネージャーに聞いていた。そのやり取りの中から(えっ?)と思う言葉が聞こえてきた。

「今日は勝さんが来ていらっしゃいますよ」と・・

この店の一角には一室だけだが、ドアで仕切られた特別室があった。
どうやら、その部屋で勝新太郎とその連れの人たちが飲んでいるようだった。
耳を澄ますと渋い歌声が聞こえた。歌っている御仁は声からして‘座頭市’本人に間違いない。うわさに聞いたように、この日も大勢を引き連れてここに飲みに来て、ちょうどカラオケタイムの真っ最中だったのである。

こと、私たちは一般客用のソファで、たわいもない話をしながら愉快な時を過ごした。
そうこうするうちに引き上げようかという時間になり、J氏と私はやおら腰を上げて会計の方に向かった。
すると、勝新太郎とその取り巻きが、特別室を出てエントランスまで来ていたところだった。
「事業を広くやっていらっしゃるJさんですよ」
マネージャーがすかさず勝新太郎に紹介した。彼は満面の笑みを浮かべて一言二言、J氏とあいさつを交わした。
私はその光景を只々「えっ、これって現実・・・」と思いながら突っ立ってみていた。

が、その次の瞬間、私は一歩踏み出して、右手を差し出し「お世話になっています」と、あとで考えてもトンチンカンなセリフを吐いた。普通、有名人はそんな場合は目だけを合わせて、「あ、そう」とか「どうも」で終わらせるものだろう。
すると勝は、先ほどからの笑顔をそのままに、いきなり私の手の平をグイィとつかみ、
「いやぁこちらこそっ!お世話になっています!」

私の手を握った彼の手は、映画「座頭市」で隠し刀の杖をついていた手だ。「兵隊やくざ」では道理を知らない軍の上官を片っ端から殴りつけていたあの手である。文句なしにジーンときた。

豪快な人生を、誰に邪魔されることなく走り抜けていた彼は正真正銘まさしく「大物」・・。
しかし、人の運命はわからぬもの。彼の五十才以降の人生では、さまざまな不運が彼を襲っていた。
1981年、勝プロダクションの倒産、負債は十二億円。その翌年は母八重子の死。
五十七才の時は、子息の雁 龍太郎(がんりゅうたろう)を起用しつつ、自らが監督・脚本・主演の渾身の新「座頭市」の撮影において、龍太郎氏が誤って真剣で俳優を死亡させるという事件が起きた。
この件で、勝新太郎が描いた彼自身の復活と、倅 龍太郎に次を託す気持ちは、世間も驚く展開で崩れていった。
 そのような中で、数々の心労とこれまでの不摂生がたたったのか、1996年7月に下喉頭癌を発病した。
しばらくは元気な様子を見せていたが闘病むなしく、座頭市・勝新太郎は65年の波乱の人生の幕を閉じた。

 彼にはあと十五年は生きていてほしかった。黄金時代の勢いにまで再起してほしかった。
考えるに、彼の「勝プロ」関連の負債が十二億だったようだが、返済をしようと思えば十分に可能だったと思われる。
通常、破産した場合は、銀行は債務者の最低限の生活水準を限度に金の回収を行う。方法は、預金の差し押さえや所有不動産の競売など。
しかしこのような従来通りの銀行の「貸した金の回収マニュアル」をまともに受けていたら勝新と中村玉緒でもやせ細ってしまう。
だから、やり方としては、十二億を七億くらいに削減してもらい(つまり、銀行は五億は自分でかぶる)、勝新太郎はタニマチ各氏から七億円を借入れ(もしくは出資金として受取り)その金で返済してしまうのである。
そして、これまで同様の役者生活を続けながら、(タニマチから借りた金はどうせ無利子同然だろうから・・)七億を夫婦でゆっくり返せばいいわけである。
何故それが可能か。つまり、あの時期は各銀行も不良債権を抱えすぎて、とにかく早く自腹を切ってでも(銀行が損を出してでも)バブル期に発生した不良債権の撲滅に血眼になっていた。
よって、破産した役者をイメージさせる勝新太郎から(今後の仕事の入りも予想できないなかで)長年をかけて、少しずつ回収するのは得策ではないとの判断も出たであろう・・・このような知識がある誰かが、勝新のためにきっちりと動いてくれたら、前述の事はきっと可能だったと予想する。

事実、勝のふたつ年下になる「必殺仕置人・中村主水(なかむらもんど)」こと藤田まことは、同じくバブル期に、京都での豪華な中華レストラン経営失敗を受けて勝新の二倍以上の三〇億円の負債を抱え自己破産している。その過程で、彼は大阪の悪徳不動産に騙されたりもしている。泣きっ面に蜂、弱り目にたたり目だ。それを彼はせっせと返した。相変わらず時代劇や舞台に出て、こつこつ返済し無事完済したと聞く。これについては藤田まこと著の集英社「人生番狂わせ」に詳しい。

 さて、世の中はデジタル時代。かの映画「兵隊やくざ」「座頭市」シリーズはDVD化されている。
おかげでこれから十年、いや三十年後も、昔と変わらぬ画質でこのシリーズを楽しむことができる。勝新太郎の映画のシーンは、時に私が生まれた昭和の日本の街並みや庶民の生活を克明に映し出している。実に懐かしくそして楽しい。

勝新のエネルギッシュな立ち回りは、これらのシリーズのどれを見ても痛快である。これからも時々、彼の作品を楽しむ機会があるだろうが、そのたびに間違いなく、あの白金のクラブで私の右手を握りしめた力強い手、そして優しい目をした「座頭市」こと勝新太郎の笑顔を思い出すことだろう。 (了)   







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...