ウイスの回顧録 その2

リチャード・ウイス

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「紺野美沙子氏と芦田愛菜氏」について(後編)

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 コンサート開催の情報は入手したものの、私はそこで「ん!?」と考えた。
妻も間違いなく行きたがるであろう・・・しかしその演奏の間にウチの子供たちの面倒を見てくれる人がいない。長男が五歳、長女がまだ二歳である。
よく聞く「幼児の入場はご遠慮願います」の文字が頭を横切った。

しかし、神様は案外味方をしてくれるものである。関内ホールに電話をしたところ
「小さいお子様とお母様が鑑賞できる専用ルームが、二階にありますのでそちらをご利用ください」
との回答があった。そして、長男の年齢なら会場内での視聴は許可されているとのことだった。

 その日、わくわくしながら会場に足を踏み入れた。さすがクラシックコンサートでは名が知れた横浜の関内ホールである。二階に、親子用の、ガラスで仕切られた専用ルームがしつらえてあった。防音ガラスでできていた。よって子供たちがこの中で泣こうが騒ごうがホールには一切その声は漏れない。もちろんステージは申し分なく見渡せた。
また、ピアニストの音は、スピーカーを通して室内に心地よく流れてくる。
貸切だった・・・その時に、そこを使ったのは私と娘だけ。
グズルことなく、ニコニコしながら娘は生まれて初めてのピアノコンサートを興味深げに見入っていた。
コンサートは二部構成だった。一部の終了後は、二階のロビーで白ワインサービスもあり結構にぎやかな光景が広がっていた。

 そんなコンサートも終了し、私の常であるが、CDを記念に一枚買って一階ロビーを横切り外に出ようとした時である。
妻が言った
「ねえ、あのひと・・紺野美沙子さんじゃないかしら」
と私の腕を引っ張るのである。何気に振り向くと確かに紺野美沙子氏が、中村由利子はもちろんの事、コンサートの主催者と思しき人たちと談笑をしていた。

彼女は、今回のコンサートを応援に来たと言うような感じで関係者と接していた。
妻が教えてくれなければ、私は全く気付かずにさっさと会場を後にしていたところだった。

紺野氏はその時、鮮やかなレモンイエローのダッフルコートを着ていた。明るく映える綺麗な色だった。よって彼女と中村由利子の周辺はポッと花が咲いたような雰囲気が漂っていた。

中村由利子は先ほどのピアノの音の余韻で、そして紺野美沙子氏は彼女が醸し出す独特のヒーリングで周囲の人たちを包んでいた。

・・・私はふと、学生時代の卒業直前のあの掲示板のひと幕を思い出した。


 さてもう一人、芦田愛菜氏・・・。彼女は紺野氏と同様に慶応女子高校から令和五年四月に慶応大学に進学した。
そのひと月前の三月であるが、私は大学テニスクラブの面々との食事会への出席、ならびに諸々の用事のため上京していた。
そして、スケジュールにおいて、つい四時間ほど時間が空いたために、三田の本学の図書館に立ち寄った。
キャンパスは、入学試験も終わり、在校生たちも春休みと言う中でのことだったので、全体的には静かな本学の風景を予想していた。
しかし、然(さ)にあらずキャンパスはわさわさしていた。
校舎の横の駐車スペースを見渡した。数多くの大型車が整然と駐車してあった・・・国産のセンチュリー、ベンツはマイバッハを含めずらり、ポルシェも三台停めてあった。

「なるほど・・そういうことか・・」
そのひとつが、この春の卒業生たちによる最後の思い出のスマホでのあちこちでの記念撮影、もう一つが、その日が評議員会*の定例会の日であったことだった。
さらには、「慶応女子高校卒業式」の大きなたて看板も見えた。
 (*おもに慶応OBの財界重鎮(数十人)で構成される、重要案件を決めたりする会合)

 芦田愛菜氏もいま、その卒業式の会場にいるんだろう・・そう思いながら図書館の認証ゲートを通った。
彼女も、かつての紺野氏と同じ様に、大学生でありながら色んな活動を今後していくのだろう。楽しみである。頑張ってほしい。

 話は戻るが、私の卒業アルバムに紺野美沙子氏は載っている。また、一方で、私自身の写真入れの中にも、私が48歳時の大同窓会で撮影した、私と紺野氏と仲間連中がそろっている写真が一枚ある。これは先の「たっこ」が、「ねえ、さっこ、ウチのテニスクラブのみんなと撮ろうよ」と言ってくれたおかげである。

その紺野美沙子氏は今では大相撲の横綱審議委員として(令和四年より)、また各地で朗読座と称するイベントを、ピアニスト達と共に開催している。まだまだ頑張っている。

勤め人をいったん終了し、完全リタイアして、今は物書きをしている私であるが、彼女の写真を見るたびに「自分も前向きに、もうしばらくは色んなことに打ち込んで行こうかな」と言う気分にさせられる。

そして荒井由美の「卒業写真」を口ずさむ・・・・私がそこにいる。

(了)
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