ウイスの回顧録 その2

リチャード・ウイス

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「ジャズの巨匠 オスカーピ-ターソン」について (後編)

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 目黒のサロンの柴田社長は立教大OBだった。私は社長からは実にかわいがってもらった。
店が22:40頃に締まると、その日のライブの歌のお姉さんも一緒に「メシに行こうか」と六本木の焼肉屋へ、また夏は従業員の慰労にと、伊豆の伊東に出むき、一泊二日でわいわい騒いだりした。
そうしたなか、時々、「私が学生の頃の逗子はだね・・・」と17年前の話を面白おかしく話してくれたりもした。

社長はそんなざっくばらんな人であったが、彼を知れば知るほど私のびっくり度は増して行った。

目黒区碑文谷の(目黒通り沿いの)マンションに住み、奥さんは元モデルの美人、おまけに乗っていたクルマがキャデラック、それも油圧式でオープンカーになる代物だった。どでかいアメ車には目が点になった・・・それは私が免許を取ったばかりの時に、何気に冗談で「社長、免許を取りましたから、何かの時は私が社長のクルマを運転してあげますよ」と言った際に、「ほう、そうかね、地下駐車場のアレだがいいかね?」と笑いながら言われた時の出来事だった。

後でわかった、千葉にある会社の御曹司だった。明治製菓の協力会社らしくクッキーの類を作っていた。よって実家は結構順調に回っているようだった。
東京には実に余裕がある人がいるものだと感心させられもした。


 その後大学を卒業して八年ほどたった頃、郷里の福岡でジャズ界の大物、ピアノの名手オスカーピーターソンに出会う機会があった。

大学のOBが一堂に集まる「慶応福岡三田会」の忘年会が、その年の暮れも開かれることとなっていた。
通常は福岡市内の大手ホテルで開催される。しかし、この年は違っていた。チケットに記載されている会場は「ブルーノート福岡」とあった。

「ブルーノート」とは、今でもニューヨークにある老舗のジャズクラブである。
日本ではバブル期に、その契約店が南青山に「ブルーノート東京」としてオープン、そして今では、恵比寿ガーデンプレイスでも、「ブルーノートプレイス」の名のレストランが人気を博している。

福岡でも、地場の百貨店 岩田屋があの当時、ブルーノートの福岡店を開業していた。
岩田屋には慶大からも何人か入っていた。
彼らの強い要望で、その年の忘年会は先の場所に決まったものと思われた。
そしてそれは、オスカーピーターソンの来日に合わせて日程が組まれていた。

 当日、定員二百名ほどの会場はあっという間に埋まってしまった。残念ながらあふれた残りの百名以上の人達は、同じビルにある別の会場に流れて行った。

忘年会の前半は、雑談で賑わういつもながらのOB会の雰囲気だった。立ったままの人たちも、壁に近いところにちょっとしたスペースを見つけて、グラスを片手に歓談していた。
私は運よくテーブル席に座ることができた。同じテーブルの先輩方の愉快な話に盃の方も進んでいた。

 そうこうするうちに、始まりのアナウンスが聞こえた。それを受けて店内は静かになった。
ホールの後方から、オスカーとそのジャズメンが入ってきた。私たちは一斉に立ち上がり拍手で迎えた。
幸運にも、彼らが歩いてきたのは、なんと、私のすぐ横の通路だった。オスカーはゆっくりと歩いてきた。奥さんなのだろうか、彼は女性を同伴していた。それは、ダイアナ・ロスを彷彿させる美形の女性だった。彼女は白とベージュの縦縞の、毛皮のロングコートを着ていた。エレガントだった。

彼らがちょうど、体も触れんばかりに私の真横を通った時に、すでに何杯か飲んでいたことも手伝って、私は
「I’m glad to see you」とオスカーに投げかけた。わざとゆっくり発音した。その声がなんと彼に届いた。
「Thank You!」
ゆっくりとした低い声が返ってきた。驚いた。まさかの出来事だった。

その日は、ビジネス界で、日々ガリガリやっているOB達が一同に集まる忘年会である。
開催日はウイークデー・・。よってほとんどがスーツやジャケットを着用していた。
そんな人たちがテーブル席のみならず、壁際のスペースにも立ち見でびっしりといた。
そんな会場を見渡して、オスカーピーターソンは「今日はすごいなあ」と、思ったのではなかろうか。

彼はご機嫌に演奏していた。聞いていてそれは分かった。表情、指の動き、トーク、奏でられるジャズ特有の即興のフレーズ・・・・私は、巨匠が奏でるジャズ界頂点の旋律とリズムに生で接し、まさに夢の世界に入っていた。


 それから三十年・・・・。
当時生まれたばかりだった我が家の娘も、今では(世間でいう就活を経て)大手ビールメーカーに勤務している。
TVCMや、NET CMもバンバン打っているやたら目につくブランドである。
そしてこの春、本社マーケティング部に異動となった。

しかしそれまでの、入社から七年近くは、男子社員と全く同じ仕事・・・つまりお取引先回りの営業を日夜やっていた。
営業職、それは「まあ、この会社では誰もが通る道・・・しょうがない事」とは簡単には割り切れない仕事である。量販店のバイヤーさんを接待する時は、結構な残業も強いられる。

この章の冒頭で、女子学生について述べたが、まあ、なんとか就職したとしても
「予想していたより、キツ・・」
「人間関係で鬱ぎみ・・・」を多くが経験するものだろう。
そして、他社の人の仕事や生き方が良く見えてくる・・・・。
たとえばテレビに出てくる民放女子アナは、華やかで、はつらつとして見える。

しかし、よくよく考えてみると、彼女らだけで番組ができあがっているわけではない。

私の古巣の銀行もそうだ。窓口の若手テラーは、きっちりとお化粧をし、お客様に一定のファンをつくり、にこやかに親しげに業務を遂行している。
しかしここでも、そのほかに、ATM業務管理の人たち、銀行の重要システムを開発・日々運用している担当者たち、支店長は支店長で毎年々、本部から任せられている店を少しずつ太くしていくマネジメントをやっていかねばならない。

つまるところ、会社(のみならず世の中)はそのように全体で動いている。大事なことは、その人たちがそれぞれの場所で自分の分担を全うすること・・・それに尽きる。  

たとえ銀行の頭取であっても、平成初期のバブル崩壊の時に対応を間違えコケコケになり、不良債権処理に用を成さなかった人が複数いた。
これには政府や国民からも非難がまきおこった「なにをやっているんだ!」と。
公的資金が政府より投入され、一気に三流銀行に格落ちした銀行もざらだった。

 先述の福岡三田会忘年会でのオスカーピーターソンは、自分の持っている物を一身に鍵盤で表現していた。そのバックには、彼をしっかりサポートするベーシストやドラマーがいた。
福岡の酔客に対しても、一切、手を抜いていないプロの技を披露した。
そんな彼は一流の人物だと聴きながらフツフツと思った・・・。

またあの光景は、自宅やクルマで、ジャズをいい気分で聴いている時に都度思いだされる。

オスカーピーターソン、それは、偉大なるジャズマンであることに加えて、人としても魅力あふれる・・「巨人」だった。
 


(了)

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