王国の彼是

紗華

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束の間

45:狭量

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「フラン!いつまで居座るつもりだ!早く執務に戻れ!!」

訓練場にイアン団長の怒号が響き渡る。
存分に鍛練しろと言ったのは自分だろうと、恨みがましく視線を向けると、イアン団長と叔父上の間に立つエルデの姿が視界に入る。

最近は早朝鍛錬に加え、午前の執務が早く終えた日は、昼の休憩終わりまで訓練場で体を動かす様になったが、ギリギリまで鍛練をする俺に業を煮やしたのであろうカインが、エルデを迎えに寄越してきたらしい。
カインならいつまでも待たせるが、女性を待たせる訳にはいかない。

「今日の迎えはエルデだったのか」

「カイン様に頼まれまして、本日から殿下のお昼の鍛練のお迎えには私が上がる事になりました」

エルデが差し出した拭い布で汗を拭き、水筒を受け取る。

「こんなところをネイトに見られたら蹴飛ばされそうだな」

「その様な事は決してありません」

エルデが向ける視線の先には、令嬢に囲まれるネイトの姿。こちらを気にしながら、令嬢達に断りを入れているが、多勢に無勢。両手一杯に拭い布や、差し入れを抱えている。
近衛では見慣れた光景だが、エルデには面白くないだろう。

「あー…エルデ。あれは、気にする事はない」

「?気にしておりませんが」

「え?気にならないのか?」

「ネイトが相手にしてない令嬢達を、エルデ嬢が気に止める必要はないだろう。なお前は気になるだろうがな」

「ナシェル殿との面会の日に、存分に発散させたのに足らなかった様ですね」

2人が言っているのは庭園での出来事。
ナシェルに嫉妬した俺はオレリアを労わるどころか、八つ当たりして傷付けてしまい、修正出来ないまま、オレリアは公爵家へ帰って行った。

「女嫌いを喧伝しているお前が、まさか嫉妬とはな」

「こんな所で剣を振ってないで、花束の一つでも贈ったらいかがですか?夜会まで一ヶ月を切ってるのに」

「…手紙のやり取りはしています」

「手紙ねぇ…形式張った挨拶に、夜会で纏うドレスを贈るとでも書いて送ったんですか?」

「叔父上……もしかして読んだのですか?」

「手紙ではなく、殿をね。オレリア嬢と仲直りしたいが、ナシェル殿の顔が過ぎって己に余裕が持てないし、オレリア嬢の一歩引いた態度も気に入らない。ネイトはあんなに女性に囲まれてるのに、エルデ嬢とも順調で余裕ぶってて腹が立つ。ってことろですか?」

「ちょっと!ジーク副団長、最後のは余計でしょう。俺はいつも必死ですよ!」

令嬢達からの差し入れを両手一杯に抱えたネイトがやって来て、叔父上に反論する。

確かにネイトは必死だ。エルデが王城に残ると知った時は手放しで喜んでいたが、伯母上の熱心な指導のおかげで元々の美しさに更に磨きがかかったと、騎士だけでなく、文官の間でも評判が上がってきており、今ではエルデの専属護衛と化している。

「お前の必死加減は2年前から知ってるよ。オレリア嬢が登城する日の王族の輪番護衛に空きが出ると、夜勤明けでもクジに参加してたよな。エルデ嬢が目当てだったんだろ?」

「夜会の会場警備の担当も譲らなかったな。オレリア嬢の付添いで参加するエルデ嬢目当てだったんだろう?変な虫がつかない様に威嚇も兼ねてな」

「……………」

「ネイト……お前、必死過ぎて気持ち悪いな。エルデも引いてるぞ…」

アズールオレンジの買占めにも驚いたが、エルデが王城に来る度に、仕事を事寄せて付け回していたとは…

イアン団長と叔父上の話を聞いたエルデがそっと後ずさり、2人の陰から声をかけてくる。

「殿下、そろそろお時間です」

「そ、そうだな…」

ネイトには悪いがそろそろ戻らないとカインに叱られる。イアン団長と叔父上に挨拶して、崩れ落ちるネイトを訓練場に捨て置き、ウィルとエルデを連れて執務に向かった。

「エルデは狭量な男をどう思う?」

「何事も余裕のない男性は見ていて恥ずかしいですね」

執務室に戻る道すがらエルデに聞いてみると、辛辣な言葉が返ってきた。
恥ずかしいときたか…やはり女性は余裕のある男がいいのか、ネイトの様に付け回したり、俺の様に嫉妬の末に八つ当たりする様な度量の狭い男は最早さいそう圏外。

「ですが…事恋愛に関してであれば悲しく思います。狭量とは、己に自信が持てずに余裕がなくなり、人を受け入れる度量が狭まる事。裏を返せば、自分の想いが相手に伝わっていない、信じてもらえていないという事です。狭量な男が嫌なのではなく、相手に想いが伝わっていない事が辛く悲しいのです。片想いでない限り、相手の想いを信じていれば多少の事では動じない、些末事に目くじらを立てる必要はない…理屈では解っているのに感情が追いつかない………私にはもっと警戒しろなんて言っておきながら、自分は両手一杯に差し入れを抱えて…断り切れないなんて本人は言ってますけど、満更でもないと言った風にヘラヘラ笑って、愛想振りまいちゃって…」

「エ、エルデ?」

「…オレリア様と学園に行ってれば、あんな光景見なくて済んだのに、ネイト様に出逢わなければこんな思いしなくて済んだのに、領地でオレンジを作っていればネイト様と出逢う事もなかったのに…」

話が激しく逸脱しているが、俺はどうすればいいんだ…?エルデの話にその通りだと首肯すればいいのか、ネイトを選んだのだから仕方ないと笑い飛ばせばいいのか、正解が分からない。ウィルに助けを求めて目を向けると何故か頷いて距離を空けられた。気の利いた言葉も見つけられず途方に暮れる…

「エルデよ…その位にしてやらんと殿下が困り果てておるぞ?」

「「?!宰相(閣下)」」

重たい空気を抱えて執務室へ向かう俺とエルデ
に声をかけきたのは苦笑いの宰相。

「エルデ、王妃様がお待ちだ。行っておいで」

「はい。殿下…大変失礼致しました。御前失礼致します」

「エルデ、変な事を聞いて悪かった。伯母上に宜しく伝えてくれ」

「かしこまりした。宰相閣下も失礼致します」

「エルデも恋に悩む年頃になったんですね…10年前、エルデをデュバル家へ連れてきたのは私なんですよ。アズール伯爵とは旧知の仲でしてね、息子の嫁に貰うつもりだったんですが、ノエリアが亡くなって、オーソンとアレンも屋敷に帰らない。エルデも結婚するより仕事をしたいと言うので、オレリアの専属侍女にする事にしたんです…結婚はしないと言っていたのに…隠居したら、私と妻と3人で領地でのんびり暮らすと言っていたのに、オーソンとアレンがしっかりしていれば、エルデをソアデンにやる事もなかったのに…」

涙を浮かべてエルデの背中を見送る、エルデと思考がそっくりな宰相は、狭量な父親の様だった。










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