王国の彼是

紗華

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アズール遠征

88:オレリアの登城

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「オレリア嬢が登城ですか?」

朝餐後のいつもの時間。
伯母上とシシーは、義姉とオリヴィエ皇女と大聖堂へ女神ジュノーへ祈りを捧げに行くと言って、紅茶も飲まずに席を立った。
今日初めて女神ジュノーの像と対面する4人は、あの赤児の像を見てどんな反応をするのだろうか…
そんな事を考えながらカップを手にした俺に、伯父上がオレリアの登城を伝えきた。

「ああ、学園が実技試験期間らしくてな。オレリア嬢は試験が免除になっているから、空いた時間を使ってナシェルの墓参をしたいと…学園に外出許可も得ていると言うから、余が登城を許可したんだが…やはり聞いてないか?」

「……聞いておりません」

「そ、そうか…まあ、あれだ、オレリア嬢も墓参だけだし?フランも明日からアズールだから?準備に忙しいのではと?気を遣ったのかもしれないぞ?」

「ッ…ククッ…そうですね……フッ…」

いつもは俺を振り回す伯父上が、必死に言葉を並べる姿に笑いが零れる。
これが世の令嬢であったなら、暫く会えなくなる婚約者に、無理にでも会う時間を作るのが道理だと、己の我儘に開きなおって面会を求めるだろう。だが、オレリアは俺に黙って、伯父上に登城の許可を求めた。
ままならない自分達に、自嘲めいた笑いが続いて出る。

「……ったく、笑い過ぎだ」

「ですね…失礼しました」

「フランよ…余は側妃を迎えたが、それは必要あっての事。これまでの王族には好色者もおったが、正妃を愛し添い遂げられるなら、それに越した事はない。ダリアの側妃は、言い方は悪いが王家の血を絶やさぬ様、設けられただからな…オーソンがオレリア嬢を連れて登城すると言っておったから、行って話してくるといい」

眉を下げて微笑む伯父上は、リディアの事も、俺とリディアの仲をオレリアが誤解している事も知っている。故に、憂いオレリアを残したまま王都を発つなと言ってくれているのだろう。

「ありがとうございます、伯父上」 

ーーー

「オレリア様が登城?」

「ナシェルの墓参だそうだ」

王城の廊下を歩きながら、迎えに来たカインにオレリアの登城を告げると、形の良い眉を顰めて訝し気に聞き返してきた。

「フラン様に連絡がなかったという事は…やはり、分を弁えて?」

「そうかもしれないな…リアがそう望むなら仕方ない」

「仕方ないって…側妃候補でも募るおつもりで?」

「それもいいかもな」

「…程々にして下さいよ。底意地の悪い事を言って、オレリア様を泣かせる様な事にでもなったら、エレノアが乗り込んで来ますから」

「…午前の執務は遅れるとレインにも伝えておいてくれ。ウィル」

「御意」

やれやれといった表情で肩を竦めるカインに見送られ、向かう先は墓地。

先日学園に赴いたイアン団長とネイトから、偶然にもオレリアに会って、リディアの話しをしたと聞いている。
リディアの想い人がロイド先生で、好みの人物像から外れている俺は、最初から眼中になかったのだと、憐れんだ目で諭してきたネイトには、アズール遠征の護衛を外すと脅しておいた。
団長の執務室でだと言って出された時には、思わず後退りしたが、エレノアとヨランダ嬢も混えたになったと話していたイアン団長は、紅茶の飲み方まで上品になっていた。


『誤解は解いたが、オレリア様には、2人で話す様にとも言っておいた。アズールから戻ったらしっかり話せよ』


ネイトの話を聞いて、アズールから戻ったら話す時間を作ろうと手紙を送ったが、余計な事を考える時間を与えるのはやめた。
カインに釘を刺されたが、夜会の時の様に引く事はしない。全力で追い詰めて、オレリアの本音を引き出す。

通い慣れた墓地で、黒のドレスを纏ったオレリアの姿を視認し、近くの木に寄りかかり腕を組んで待つ。
ナシェルの名が刻まれた墓に、オレリアが手向けたのは

黒いドレスの背に、真っ直ぐ流れる腰に届く銀髪は、冥へと続く道にも見える。
閉じていた目を開いたオレリアが、黒いベール越しに空を仰ぐ。
ナシェルに話しかけているのだろうか、それに応える様に吹く風が、オレリアの髪を優しく撫でていく…

ナシェルとの時間はもう充分だろう、ここからは俺との時間だ。

「リアも知ってるんだな…ナシェルがを好んでいた事…」

「?!……殿下…」

振り返ったオレリアの頭からベール帽が落ち、露になったアイスブルーは驚きに見開いている。
ネイトの話を聞いて尚、妃の領分とやらを貫くオレリアに、乾いた笑いが漏れる。

「…ハッ…殿ね……何故、登城する事を俺に言わなかった?」

「明日の遠征の準備に忙しいかと…申し訳ございません」

「構わない、気を遣わせたな。この後は時間は?少し話せるか?」

「はい」

「なら、歩きながら話そうか」

ベール帽を拾ってウィルに渡し、オレリアの手を取って庭園に向かう。
常の無表情ではあるが、今の俺にはオレリアの緊張が手に取る様に分かる。
オレリアが王城で療養していた期間、カレン達に叩き込まれた機微を読み取る術は伊達ではない。

「エルデが王城に残る事になったが、不便はないか?」

「はい、アミとユラも学園に来てくれましたし、エイラもとても良くしてくれるので不便はございません。エルデに会えないのは淋しいですが、エルデがネイト様と離れて暮らすのは、私の望む形ではありませんでしたから…引き続きエルデを殿下の専属侍女に置いて頂けて、感謝しております」

「それについてはこちらも感謝するよ。伯母上とシシーも喜んでいたから」

「王妃様とシシー様の心中お察し致します。1日でも早く、お心が癒える事を祈っております」

「ありがとう、2人に伝えておくよ。ところで、学園の臨時講師にオスロー伯爵令嬢が赴任したそうだね」

「…っ……はい…選択している魔術科の授業で…ご教示頂いております」

緊張が解れたところに、俺の口から出されたリディアの名前に、オレリアが一瞬息を飲み、震える声で関わりがあると伝えてきた。

「イアン団長とネイトに聞いたよ。俺がオスロー伯爵令嬢を側妃に迎えるのではと思っていたって?」

オレリアの足が止まる。それに合わせて足を止め、オレリアの手を離して向き合った。

「…殿下のお気持ちを手前勝手に推し計り、殿下の居られない所で騒ぎ立ててしまいました。殿下は勿論の事、イアン団長様とネイト様にも多大なるご不快とご迷惑をおかけ致しました。全ては私の浅慮でございました。本当に申し訳ございませんでした」

「…浅慮でないとしたら?」

ウィルが溜め息を吐きながら、輪番護衛達と共に二歩、三歩と距離を置く。

始めようか、オレリア…





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