王国の彼是

紗華

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アズール遠征

89:容赦ない攻め フラン&オレリア

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「浅慮でないとしたら?」

「……え…?」

容赦するな、無情になれ…

だけでは息が詰まるという理由で側妃を望んだ王族もいた。も男だからね、オスロー伯爵令嬢に限らず、私を癒してくれる存在、私の寵を素直に受け入れる存在となる側妃が居てもいいと、考えを改めてみたんだが…はどう思う?」

「そ…れは…」

先ずは、俺だけは何があっても変わらないと思っている、オレリアの根拠のない自信を砕いて突き放す。余所余所しい態度だけでなく、側妃を認めてもいいと言う俺に、オレリアが言葉を詰まらせた。

「そういえば、オレリア嬢は私に従うと言ってくれていたね。なら聞くまでもないか…アズールから戻ったら側妃候補を募ってみるよ」

「……っ…」

オレリアの瞳が揺れる…
思わず伸びそうになる手を後ろ手に固く握り、笑みを浮かべる。

「側妃にも教育が必要になるから、人選は早い方がいいだろう。候補が決まったらお茶会でも開こうか、オレリア嬢にも正妃になる者として是非、参加願いたい」

「…っ何故…その様な事を…」

「無用な争いを避ける為かな。私の一存で決めてしまったら、禍根を残す事になるからね。私との相性は勿論だが、オレリア嬢との相性も重要だ。その為のお茶会だよ」

目の前のオレリアの顔からは血の気が引いており、黒いドレスがその肌の青白さを余計に際立たせている。
護衛達は姿勢こそ崩さないが、オレリアへ哀憐の視線を、オレリアを責め苛む俺には厳しい視線をよこす。

徹底された輪番護衛は皆元同僚。その顔触れもほぼ固定されているおかげで遠慮がない。
ネイトの様にずけずけと言葉を発する事はないが、時に呆れた様に、時に責める様に、時に憐れむ様に視線で語りかけてくる彼等は、ナシェルと婚約している間も、幾度となく輪番護衛に着いていた事もあり、オレリアに対して親心の様な思いを抱き、密かに愛でている。

「………わり…ます」

「ん?」

「……お断りすると…申し上げました」

「それは困るな…オレリア嬢の協力無しに決めるのは難しいんだが…オスロー伯爵令嬢とは学園で関わりがあると言っていたね。人となりを知るには大勢で話すお茶会より、やはり1人ずつ面談がいいかな?」

「どちらでもございません」

黒いレースの手袋に包まれた手を胸の前で握りしめ、挑む様な視線を向けてくる。
ここにきて、漸く、まともに、オレリアと視線が合った。
本人は全く気付いていないが、護衛達は声に出せない鼓舞を視線に乗せて、オレリアに送っている。

孤立無援となった俺だが、まだ緩めるわけにはいかない。

オレリアに背を向け、ガゼボへ向かう。その後ろをエスコート無しに歩くオレリアと、ウィルを含めた護衛達が続く。

前を歩く殿下の背中が遠い…剣だこのある、大きくて温かい手は、私を拒絶するかの様に後ろ手に固く組まれ、伸ばされる事はない。

庭園のダリアに目を向ける余裕もなく、最早どの道を通っているかも分からないままに、殿下に続いて重い足を動かし、漸く着いた場所はガゼボ。

殿下がベンチに腰を下ろし、背凭れに背を預けて足を組む。
座す事を許されなかった私は、殿下を見下ろす事のない様、片膝を着く。
殿下の後ろに立つウィル様が、顔を顰ている事にも気付いているだろう。だが、そのウィル様の視線を咎める事もなく受け流し、話を再開される。

「オレリア嬢、君の言うどちらでもないとは?君は王太子妃となり、何は正妃となる。私と信頼関係を築くのは勿論の事、仕事の上でも私生活の上でも、君は私に助力しなければならない立場となる。正妃で在れとする君は、執務や公務に関しては問題ないと陛下から聞いている。だが、私生活に於いては別だ。私は王族でもあるが、人間でもある。先程も言ったが、私は安らげる場が欲しいし、私を癒してくれる存在も欲しい。それに、ではなく、も欲しいと思っている」

正妃の子は王を継ぐ者、側妃の子は王族の地位と親の愛を受ける者。
暗に、正妃で在ろうとする私と成す子は義務であると、殿下の口から伝えられ、堪えていた涙が溢れ落ちる。

「…側妃を…受け入れるのは…ふ、不本意にございます。それに、リディア先生もーー」

「『王妃とは国母である。故に国を第一に考え、責務を全うし、王に分を超えた愛を求むべからず』オレリア嬢はこの領分に背くと?」 

「…っ…」

涙と共に、押さえ切れなくなった気持ちが口をついて出てしまったが、どうしても受け入れたくない、それが例え殿下の望む人であっても…けれど、そんな私の浅はかな訴えは、誰でもない、私が唯一望む殿下によって遮られた。

妃教育で一番最初に教えられる

この領分の元、当時の婚約者だったナシェル様に、ミア様を望むのであれば召し上げる事に否やはないと、その存在を受け入れた。
ナシェル様の望みは受け入れて、殿下の望みは受け入れたくないなどと、手前勝手に領分に背く事は許されない。

ならば、せめてロイド先生の事を好きなリディア先生だけでもーー

「君は勘違いをしている様だが、オスロー伯爵令嬢が誰に想いを寄せていたとしても関係ない。王族である私が彼女を側妃に望めばそれは叶う。それは誰であってもだ。そして君は、先日の夜会で私に正妃になる者としてと言った。それが望みかと問うた私にとも答えた。それを違えると?」

「………」

王族が側妃にと望めば、貴族家は逆らえない。過去には、家臣の奥方を側妃に望んで娶った好色王も居たと聞く。そう、リディア先生がロイド先生に想いを寄せていても、殿下が望めばリディア先生は側妃として召し上げられる。

まだ、どこかで、期待していた…リディア先生の恋を割いてまで側妃に望む事はしないだろうと。

けれど私が殿下を慕う気持ちを抑えられない様に、殿下がリディア先生を、他の誰かを望む気持ちを抑えられないと言うのなら、それを否定して逆らう事は領分を超えて不敬となる…いや、殿下に伝えた言葉を違えた時点で、私は不敬を働いている。

もう、どうにもならないの……?

正妃は国が求める者、側妃は個人が求める者。だが俺はリディアを望む気はさらさらない。なんならロイド先生と幸せになって欲しい。
リディアに限らず、側妃なんて者は俺には不要。下の俺がオレリア以外に反応する事は断じてない。

さあ、オレリアよ、どう出る?

こんな事を考える俺は最早鬼畜。宰相やデュバル公爵に見られでもしたら、間違いなく塵にされるだろう。だが、この強固な氷の壁を壊すには、生温い陽の光では足りない。

…辛い…だが、今日は、絶対に、意地でも、折れない…

「オレリア嬢が答えに窮する理由も聞きたいが、質問の重複になるかだけか…これ以上は答えられない、話も進まない…であれば今日はここで失礼するよ」

立ち上がった俺の前に、ウィルが戻る道を塞ぐ様に進み出た。

「何の真似だ、ウィル…下がれ」

「殿下ーー」

「…って…~~っだってっ!!それがっ!……正妃なんだものっ!!」

静黙を貫くウィルが、これ以上は見ていられないと上げかけた声を、オレリアの悲痛なまでの叫びが遮った。

何を言っても正論で返される。最早、何も言わなくても正論で畳み掛けられる。
感情を出すな、人に考えを読ませるな、人に隙を見せるなと常に言われてきた。

だけど、抑えられない…

「私が、どれだけフラン様をお慕いしてもっ、私には領分がある!……優しくされたら…欲が出る…私、だけと…私しか、見ないでと……だったらっ、最初から…っ分をっ…弁えてっ…そしたら…リディア先生の事もっ…受け入れられるって…でもっ…嫌なのっ!き、妃っとして…失格だと言われても…フランッ…様に……私だけだと…っ…言って…もらいたい……」

好き、大好き…お願い、どうか誰の手も取らないで、私だけを望んで欲しい…
愚かだと言われても、不敬だと罰されても、殿下にも、自分にも…

もう…嘘を付きたくない…

「俺が望むのは、リアだけだ…」

欲しかった言葉と腕が私を包む…










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