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アズール遠征
100:再びのお茶会 イアン
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「ご機嫌様、イアン団長様。先日振りですわね」
「イアン団長様、ご機嫌様。本日は、お勧めのお紅茶をお持ちしました」
「え……何故?」
「ご機嫌様、イアン団長様。本日は剣術大会出場者の代表として参りました」
「近衛騎士団長……切に、お待ちしておりました。もう、私には手に負えません」
「…お待たせ…しました」
剣術大会の警備計画案が届けられると、学園から連絡をもらって待っていた。
学園の代表者が到着した事を報せに来た補佐のユーリを伴い、騎士団本部の応接室の扉を開いた先に待っていたのは、先日の学園でお紅茶の席を共にしたご令嬢3人…と、あからさまに安堵の表情を浮かべ、手に負えないなどと本音だだ漏れのロイド教員。
またあの時間を過ごさなくてはならないのか…壁に控えるユーリは眼福とでも言いたげな顔をして立っているが、この美しさに騙されてはいけない。
訪問者を確認しなかった事が悔やまれてならない…無防備にも応接室という巨大な蜘蛛の巣に足を踏み入れ捕らわれた俺は、なす術もないまま、ソファに腰を下ろした。
「警備計画案だったね、拝見してもいいかな?」
「無粋ですね」
「「「………え?」」」
エレノア嬢の低い声に、俺とロイド教員、ユーリがたじろぐ。
「本当に…この様な場では社交辞令であっても、女性への麗句からお入りになって頂かないと」
「もしかして…私達とのお時間を苦痛に感じていらっしゃるのかしら?…と邪推されてしまっても仕方のない事になります」
鋭い…
逸るあまり事を急いてしまった。落ち着け…先ずは戦況を見極めなければ。
「ちょっと…2人共。大変失礼致しました。お忙しいイアン団長様のお時間を取らせる事は致しません。本日はロイド先生のお供に、騎士科の生徒が赴く予定でございましたが、少々…その…込み入った事情で…私達が参りました」
「…込み入った、事情…?」
こんなに歯切れの悪いオレリア嬢は珍しい…常に凛として、一分の隙もないオレリア嬢を、ここまで躊躇わせる事情とは…応接室が緊張感に包まれる。
「騎士科と魔術科の合同演習の顔合わせを行ったんですが、魔術科の女生徒を威圧する様な態度で接した生徒がいましてね…3対3の団体模擬戦をする流れにまで発展しまして…」
「模擬戦て…まさか…デュバルの女傑…?」
「え、ええ…騎士科の完敗です」
この可憐な令嬢達は侮る事なかれ、ドレスを纏い、扇一本で戦える猛者。
その実力を知る、元デュバル軍人のロイド先生は、顔を引き攣らせて模擬戦の結果を伝えてきた。
「それで、ご令嬢方が…」
「穏便に話合いでとご提案したのですが、血気猛々しい方々ばかりで…この暑さに頭が沸いていらした様ですわ」
「仰る事もご立派でしたので、私も扇を持つ手が震えてしまって…ですが、思いの外早く終われて、蛍の会に間に合った事に安心致しました」
「大会を前に、ご自分の実力を再確認するお手伝いが出来たのであれば、私達も、お紅茶一杯分の時間を差し上げた甲斐もございましたわ」
「…お紅茶一杯…?」
「私達も充分に気をつけたのですが…その…お怪我を負わせてしまって…お詫びに大会までの代表の代理を申し出たのです」
「剣術大会までには何とか間に合うそうなんですが…」
「「そこまで?!」」
ユーリがさり気なく一歩下がった。
「ロイド先生、斯様なつまらないお話はこの位で、そろそろ本題に入りませんと…」
「あっ…うん、そうだね」
「では、私がお持ちしたお紅茶をお淹れします。よろしければ、騎士様もご一緒にどうぞ」
「お、お気持ちだけで…充分です」
「ユーリ…座れ」
「………お、お言葉に甘えて…失礼します」
ユーリ、足掻いても無駄だ。お前の足にも既に蜘蛛の糸が絡んでいる。
お紅茶…あれから練習を重ね、フランに上品と言わせるまでに上達した。この後は警備計画案を受け取るだけ、前回の様な失敗は起きない筈。
「それでは、警備計画案の確認をーー」
「ロイド先生は何を仰っているのかしら?」
「…え?警備計画案じゃないの…?」
「私達がこちらへ参りましたのは、ジーク副団長様の件です。イアン団長様はジーク副団長様から何かご連絡はございまして?」
何故?ここでジーク?ユーリも目を丸くし、ロイド先生は計画案を手に固まっている。
「ジークから連絡は特にはないけれど、何かあったのかな?」
「大ありですわ!セシル様のご病気が快復なさって、お2人の再会が叶ったと…そうでしたわね?オレリア」
「え、ええ…」
「お2人は婚約を解消されていたとばかり思っておりましたが、ジーク副団長様は、婚約を解消せずセシル様の快復をお待ちになっていたと…カイン様からもお聞きしていなかった事でしたので驚きました」
エレノア嬢が話した通り、ジークはセシル嬢との婚約を解消していなかった。
2人の婚約が解消されたと思っていた俺とラヴェルはこの8年、病に倒れ療養を続けているというセシル嬢の話題を避け、ジークの傷が癒えるのを待っていたが、月に一度はアズールに見舞いに通っていたと聞いて驚いた。
しかも、聞かれなかったから、話さなかったなどという開き直り様に、開いた口も塞がらないとはこういう事と、つくづく呆れたが…それと同時に、気が遠くなる様な年月を、婚約者を待つ不安と闘い続けてきたジークの幸せを、願わずにはいられなかった。
その2人が、やっと幸せを掴める…
「オレリア嬢はエルデ嬢からの連絡でお知りになられたのですか?」
「はい。フラン様からもお手紙を頂いたのですがーー」
「私達も拝見させて頂きましたが、それはもう…とても…素敵な再会でしたわ…社交シーズンを終えた静かな王都。日の出と共に馬で旅立つ騎士様が向かうのは、この世の誰よりも愛する人の元…病に倒れた愛する人を見舞う為、これまで何度も、何度も、通った道。休む事なく馬を走らせ、着いた先は空と海の境界線を望む小高い丘の上…」
「え?……何これ…小説?劇?」
「ユーリ、口を挟むな」
「私は夢を見ているのだろうか…そう、騎士様を待っていたのは、誰でもない、愛の力で病を克服した最愛の人だったのです!白い花をつけたオレンジの木の下で、濃紺の軍服に身を包んだ騎士様が、愛する人を抱き上げる…王女の瞳から溢れた涙が騎士様の頬に落ちて伝う…涙を拭う白く柔らかい手が、騎士様の頬に触れるのを合図に、騎士様は王女に口付ける…はあぁっ…」
「エレノア、しっかりなさって」
「あの…ジーク副団長のお話というのは…?」
「今のお話ですが?」
「今のがっ?!濃紺の軍服以外にジーク副団長の要素はないですよね?それに、あの殿下がその様に手紙に書かれていたのですか?令嬢方の妄想ではなく?」
フランが、そんな手紙を書けない事くらい確認するまでもないだろうが!
ユーリ、もう何も言わないでくれ…これ以上は、込み上げる笑いを押さえられなくなる…
「一を聞いて万を知る…騎士様はこのお言葉をご存知?」
「えっ?十では駄目なのですか?」
「その様なお心構えでは、殿下の素朴な手紙を理解する事は叶いませんわね」
「殿下の報告書の様な手紙に込められた感動を読み取るには、十では全く足りません」
「酷い言いようですね…」
「ヨランダ、エレノア、2人共言い過ぎよっ。確かに情緒の欠片もない手紙だわ!それでも、私の為に殿下がペンを取って下さったというだけで私は幸せなの!」
「…ブッ…ハッ、ハハハッ…もう…耐えられん…ハハッ…」
「…ククッ…情緒がないって…フランが…気の毒過ぎる…ック…アハハ…ッ…」
「オレリアさん、貴女まで…」
「貴女が一番酷いわ、オレリア」
「…辛辣ね…」
「………」
ーーー
「ご苦労だったな…ユーリ」
「話に聞いてたお茶会を、身を以て体験する事になるとは思っていませんでしたが…麗しかったですね」
「大会まで代理を務めると言ってたな…」
「また、眼福を得られるんですね」
「…お前は…幸せだな…」
「イアン団長様、ご機嫌様。本日は、お勧めのお紅茶をお持ちしました」
「え……何故?」
「ご機嫌様、イアン団長様。本日は剣術大会出場者の代表として参りました」
「近衛騎士団長……切に、お待ちしておりました。もう、私には手に負えません」
「…お待たせ…しました」
剣術大会の警備計画案が届けられると、学園から連絡をもらって待っていた。
学園の代表者が到着した事を報せに来た補佐のユーリを伴い、騎士団本部の応接室の扉を開いた先に待っていたのは、先日の学園でお紅茶の席を共にしたご令嬢3人…と、あからさまに安堵の表情を浮かべ、手に負えないなどと本音だだ漏れのロイド教員。
またあの時間を過ごさなくてはならないのか…壁に控えるユーリは眼福とでも言いたげな顔をして立っているが、この美しさに騙されてはいけない。
訪問者を確認しなかった事が悔やまれてならない…無防備にも応接室という巨大な蜘蛛の巣に足を踏み入れ捕らわれた俺は、なす術もないまま、ソファに腰を下ろした。
「警備計画案だったね、拝見してもいいかな?」
「無粋ですね」
「「「………え?」」」
エレノア嬢の低い声に、俺とロイド教員、ユーリがたじろぐ。
「本当に…この様な場では社交辞令であっても、女性への麗句からお入りになって頂かないと」
「もしかして…私達とのお時間を苦痛に感じていらっしゃるのかしら?…と邪推されてしまっても仕方のない事になります」
鋭い…
逸るあまり事を急いてしまった。落ち着け…先ずは戦況を見極めなければ。
「ちょっと…2人共。大変失礼致しました。お忙しいイアン団長様のお時間を取らせる事は致しません。本日はロイド先生のお供に、騎士科の生徒が赴く予定でございましたが、少々…その…込み入った事情で…私達が参りました」
「…込み入った、事情…?」
こんなに歯切れの悪いオレリア嬢は珍しい…常に凛として、一分の隙もないオレリア嬢を、ここまで躊躇わせる事情とは…応接室が緊張感に包まれる。
「騎士科と魔術科の合同演習の顔合わせを行ったんですが、魔術科の女生徒を威圧する様な態度で接した生徒がいましてね…3対3の団体模擬戦をする流れにまで発展しまして…」
「模擬戦て…まさか…デュバルの女傑…?」
「え、ええ…騎士科の完敗です」
この可憐な令嬢達は侮る事なかれ、ドレスを纏い、扇一本で戦える猛者。
その実力を知る、元デュバル軍人のロイド先生は、顔を引き攣らせて模擬戦の結果を伝えてきた。
「それで、ご令嬢方が…」
「穏便に話合いでとご提案したのですが、血気猛々しい方々ばかりで…この暑さに頭が沸いていらした様ですわ」
「仰る事もご立派でしたので、私も扇を持つ手が震えてしまって…ですが、思いの外早く終われて、蛍の会に間に合った事に安心致しました」
「大会を前に、ご自分の実力を再確認するお手伝いが出来たのであれば、私達も、お紅茶一杯分の時間を差し上げた甲斐もございましたわ」
「…お紅茶一杯…?」
「私達も充分に気をつけたのですが…その…お怪我を負わせてしまって…お詫びに大会までの代表の代理を申し出たのです」
「剣術大会までには何とか間に合うそうなんですが…」
「「そこまで?!」」
ユーリがさり気なく一歩下がった。
「ロイド先生、斯様なつまらないお話はこの位で、そろそろ本題に入りませんと…」
「あっ…うん、そうだね」
「では、私がお持ちしたお紅茶をお淹れします。よろしければ、騎士様もご一緒にどうぞ」
「お、お気持ちだけで…充分です」
「ユーリ…座れ」
「………お、お言葉に甘えて…失礼します」
ユーリ、足掻いても無駄だ。お前の足にも既に蜘蛛の糸が絡んでいる。
お紅茶…あれから練習を重ね、フランに上品と言わせるまでに上達した。この後は警備計画案を受け取るだけ、前回の様な失敗は起きない筈。
「それでは、警備計画案の確認をーー」
「ロイド先生は何を仰っているのかしら?」
「…え?警備計画案じゃないの…?」
「私達がこちらへ参りましたのは、ジーク副団長様の件です。イアン団長様はジーク副団長様から何かご連絡はございまして?」
何故?ここでジーク?ユーリも目を丸くし、ロイド先生は計画案を手に固まっている。
「ジークから連絡は特にはないけれど、何かあったのかな?」
「大ありですわ!セシル様のご病気が快復なさって、お2人の再会が叶ったと…そうでしたわね?オレリア」
「え、ええ…」
「お2人は婚約を解消されていたとばかり思っておりましたが、ジーク副団長様は、婚約を解消せずセシル様の快復をお待ちになっていたと…カイン様からもお聞きしていなかった事でしたので驚きました」
エレノア嬢が話した通り、ジークはセシル嬢との婚約を解消していなかった。
2人の婚約が解消されたと思っていた俺とラヴェルはこの8年、病に倒れ療養を続けているというセシル嬢の話題を避け、ジークの傷が癒えるのを待っていたが、月に一度はアズールに見舞いに通っていたと聞いて驚いた。
しかも、聞かれなかったから、話さなかったなどという開き直り様に、開いた口も塞がらないとはこういう事と、つくづく呆れたが…それと同時に、気が遠くなる様な年月を、婚約者を待つ不安と闘い続けてきたジークの幸せを、願わずにはいられなかった。
その2人が、やっと幸せを掴める…
「オレリア嬢はエルデ嬢からの連絡でお知りになられたのですか?」
「はい。フラン様からもお手紙を頂いたのですがーー」
「私達も拝見させて頂きましたが、それはもう…とても…素敵な再会でしたわ…社交シーズンを終えた静かな王都。日の出と共に馬で旅立つ騎士様が向かうのは、この世の誰よりも愛する人の元…病に倒れた愛する人を見舞う為、これまで何度も、何度も、通った道。休む事なく馬を走らせ、着いた先は空と海の境界線を望む小高い丘の上…」
「え?……何これ…小説?劇?」
「ユーリ、口を挟むな」
「私は夢を見ているのだろうか…そう、騎士様を待っていたのは、誰でもない、愛の力で病を克服した最愛の人だったのです!白い花をつけたオレンジの木の下で、濃紺の軍服に身を包んだ騎士様が、愛する人を抱き上げる…王女の瞳から溢れた涙が騎士様の頬に落ちて伝う…涙を拭う白く柔らかい手が、騎士様の頬に触れるのを合図に、騎士様は王女に口付ける…はあぁっ…」
「エレノア、しっかりなさって」
「あの…ジーク副団長のお話というのは…?」
「今のお話ですが?」
「今のがっ?!濃紺の軍服以外にジーク副団長の要素はないですよね?それに、あの殿下がその様に手紙に書かれていたのですか?令嬢方の妄想ではなく?」
フランが、そんな手紙を書けない事くらい確認するまでもないだろうが!
ユーリ、もう何も言わないでくれ…これ以上は、込み上げる笑いを押さえられなくなる…
「一を聞いて万を知る…騎士様はこのお言葉をご存知?」
「えっ?十では駄目なのですか?」
「その様なお心構えでは、殿下の素朴な手紙を理解する事は叶いませんわね」
「殿下の報告書の様な手紙に込められた感動を読み取るには、十では全く足りません」
「酷い言いようですね…」
「ヨランダ、エレノア、2人共言い過ぎよっ。確かに情緒の欠片もない手紙だわ!それでも、私の為に殿下がペンを取って下さったというだけで私は幸せなの!」
「…ブッ…ハッ、ハハハッ…もう…耐えられん…ハハッ…」
「…ククッ…情緒がないって…フランが…気の毒過ぎる…ック…アハハ…ッ…」
「オレリアさん、貴女まで…」
「貴女が一番酷いわ、オレリア」
「…辛辣ね…」
「………」
ーーー
「ご苦労だったな…ユーリ」
「話に聞いてたお茶会を、身を以て体験する事になるとは思っていませんでしたが…麗しかったですね」
「大会まで代理を務めると言ってたな…」
「また、眼福を得られるんですね」
「…お前は…幸せだな…」
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