王国の彼是

紗華

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アズール遠征

99:義兄弟 ジーク&ソアデン兄弟

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実に8年振りとなる、2人並んだ姿とセシルの変わらない笑顔を見て、懐かしさに頬が緩む。

「妖精の如きその美しさは変わらないな…セシル、快気の祝い申し上げる。こっちは弟のネイトだ」

父の名代として、愚弟と共に伯爵へ挨拶をし、その後、森の下見を終え戻って来た俺達は、屋敷のサロンで挨拶の場に居なかったセシルと改めて対面する事になった。

愚弟の求婚を後押ししておきながら、底意地の悪い姑の様に愚弟をいびるジークの矛盾に、腹を捩らせながらも疑問を感じていた。だが、セシルとの婚約とエルデとの和解の話を聞いて、ジークの8年が結実する事を願い、愚弟には…更に笑いが止まらなかった。

俺を何度も過呼吸に陥れた不届き者の2人が義兄弟となる。そして、俺とジークは……何になる?
まあ、細かい事はこの際どうでもいい。

俺の心配はただ一つ…頼むから、今日は、笑わせないでくれ…

「初めまして。ソアデン伯爵家が次男、ネイト・ファン・ソアデンと申します。セシル嬢とお会いする事が叶い、嬉しく思います」

「初めまして。アズール伯爵家が長女、セシル・ファン・アズールと申します。ラヴェルは…本当に久しぶりね。騎士団長の軍服、とても似合ってる、素敵よ。貴方と姻族になるなんて不思議な気分だけど、嬉しいわ」

「全くだ。何処に縁が転がっているか、分からないもんだな」

「それで?ネイトは?エルデと結婚証明書に署名は終えてるの?」

「はい。伯爵にも、ご挨拶と証明書に署名も頂きました」

「だったら、セシル嬢なんて他人行儀でなく、義姉と呼んでくれる?」

「あ、義姉上…」

「ありがとう。ネイト、これからもよろしくね」

「こちらこそ、宜しくお願いします。義姉上」

エルデの凛とした美しさと違い、義姉上は、伯爵夫人に似たのであろう儚げのある美しさ…だが、とても表情豊かで、気さくで話しやすい。

義姉上の笑顔で解れかけてきた緊張は、しかし、ジーク副団長の一言で再び固まる事となる。

「なら、俺の事もと呼ばないとな?よ」

「…ジーク副団長……あ、義兄上…?」

「何故?疑問形?」

「いえ…義兄上…宜しくお願い致します」

「ところで、お前達はいつ籍を入れるんだ?」

「もう入れた」

「「……は?」」

目の前の男はなんと言ったんだ?を入れた?
よもや再会した喜びで頭がおかしくなってしまったのか…?

「畑の帰りに聖堂に寄って出してきたの。8年前の結婚証明書をね」

「婚約の解消をしないという決意を示す為に、結婚証明書に俺の署名と、伯爵にも署名をしてもらっていたんだ。当時は、だいぶ渋られたけどな」

俺達が襲われた事件の後、セシルが目覚める事はないと宮医に言われ、当然の事ながら両家の間で婚約解消の話が持ち上がった。だが、セシルの卒業後に結婚式を控え、ウェディングドレスも仕立てたばかり。

俺はどうしても諦められず、ドレスの仕立ても続けてもらい、自身の名を記した結婚証明書を示し両家を説得して、婚約解消を回避した。

「お前…8年間、いつも持ち歩いてたのか?」

「ネイトと一緒にするな。アズールに来る時だけ、持参してたんだ」

「俺達が、伯爵との挨拶の後、森の下見に行ってる間に…?」

「そうだが?」

オレンジ畑での再会の後、フランとカインを屋敷へ送り、その足で赴いた聖堂では、セシルの日常生活への復帰に協力していた司祭が、黄ばみがかった証明書を手に、涙を流して祝福してくれた。

聖堂で式を挙げたいと頼み、遠征の中休の日に式を挙げる事も決めてきた俺に、焦り過ぎだと甥2人は驚いていたが、伯爵家族は漸くだなと、涙を流して喜んでくれた。

そう、8年の時を待って、漸く結婚式を挙げられる。

「職務怠慢じゃないですか!くそっ…俺も今から聖堂に行って…いや、籍を入れても初夜が…」

「初夜?」

「愚弟は少し前からエルデと共に、王城の営舎で共に暮らしているんだが、結婚式まで初夜はないと言われてな。苦悶の日々を送っているんだ」

「そんなの…当たり前じゃない?」

「?!ちょっと待てっ!俺は8年待ってるんだぞっ!」

セシル、お前は何を言っているんだ…
待ち続けた年月も、不安と後悔に涙を流した日々も、その全てが今夜で昇華されると思っていたのに…

「8年待ってるなら、後少しくらい待てるでしょう?」

「後少しって…ジーク副団長?」

「まさか…式の日取りも決まってるのか?!」

「……遠征の中休の日にな…フランにも伝えてある」

「私のドレスは、お母様が折りを見て手直ししてくれてたのよ。事情が事情だし、大袈裟な式はしないで、両親の参列だけで式を挙げようって…ね?」

「ね?って…お前は本当に…残酷な女だな…」

そんなに可愛い顔で言われても…俺の昂りは収まらない…

「遠征中に式を挙げるんじゃ、初夜は王都に帰るまでお預けか…ップ…」

「…斬られたいのか、ラヴェル」

「王都?そういえば、まだ伝えてなかったわね。王都の生活に慣れるまで、でお世話になる事が決まってるって」

「………は?」

「貴方は近衛のお仕事で忙しいから、私の面倒を見るのに限界があるでしょう?日常生活は普通に送れるまでに回復したけど、田舎と王都は違うから…オクタヴィアおば様が淑女教育もして下さるって言うから、お世話になる事にしたのよ。だから、暫くはお預けね?」

…いや、と呼んだ方が正しいかもしれない。

オレリア様とエルデの閨教育の妨害というを持つ閣下の事だ、全力で義姉上を囲うだろう。そうなると、ジーク副団長は初夜どころか、会う事さえも難しくなる。

義姉上は王都の生活に慣れるまでなどと言っているが、下手したら、次の社交シーズンまで……

「……ブハッ…ッ……し、失礼しました…」

斬られる…

だが、髪色と同じく、腹の中も真っ黒なジーク副団長が、義姉上に振り回され、宰相閣下の陰謀にハマり放心する姿を見て、笑うなという方が無理だ。

隣りの脳筋も、そろそろ限界だろう…顔が赤くなってきた…

「……ッグッ…ウヒッ……ヒグッ……ネ…ネイト…」

「~~ッラヴェル!お前は普通に笑えんのかっ!」

お前達2人は…本当に…濃紺の軍服が霞んで見える…





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