王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

123:涙の理由 ネイト

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エルデとの仲は拗れたまま…拗れたと言うより、俺が勝手に拗ねていただけで自業自得なんだが、こんな状態でエルデと同じ部屋で過ごすのは流石にキツいだろ…

「部屋に戻りたくない…」

「随分と弱気ですね、?」

「カイン殿っ!ちょうどいいところに、今晩泊めてーー」

「お断りします。俺も非常に疲れているのでね…」

食事を終えた食堂で頭を抱える俺に声をかけてきたのは、トレーに夕食を乗せたカイン殿。
救世主の登場に、藁にも縋る思いで頼んでみたが、見事に切り捨てられた。

遠い目をするカイン殿は、出発直前になってジーク副団長に馬車の移動を命じられ、フランと共に地獄の馬車旅に身を投じた。
また余計な事を言ってジーク副団長の怒りを買ったのだろうが、今回は物理拳骨ではなく精神同乗だったな…
フランとレインが怪我をしている事もあって、往路より時間をかけて帰ったから相当辛かっただろう。

「…プッ…帰りの馬車は大変でしたね」

「本当に…息をするのも憚られましたよ…」

「ハハッ…ゆっくり休んで下さい。俺は剣でも振ってきます」

「剣を振るより、エルデ嬢と話した方がいいのでは?」

カイン殿の言う事は尤もで、このまま先延ばしにしたところで状況は悪化の一途を辿るだけ。だが、あの無表情でソアデン卿と呼ばれると、何も言葉が出なくなる。

「…何を話せばいいのか分からないんです。エルデを前にすると、途端に余裕がなくなる…片想いだった頃の方が余裕がありましたよ…」

「いや…片想いの頃から必死でしたよね?」

「……まあ、そうですね…確かに片想いの頃も必死でしたね…下衆だと思われるかもしれませんが、女性に困った事がないんです…何もしなくても女性の方から声をかけてこられたんで、何を言えば喜ぶとか、何をすれば喜ばれるとか考えた事がないんですよ…」

「本当に下衆ですね…ですが、なるほど…ネイト殿の初恋という事ですか」

カイン殿の微塵の忖度もない言葉に、苦笑いが漏れる。
同時に言われた初恋という単語に、処理が追いつかない感情と、何をしても上手くいかない自身の行動の理由が分かった様な気がした。

ーーー

ーーッパアアアッンッッ

「~~ッネイトオッ!帰れっっ!」

剣を振っても燻りが増すだけで、模擬剣を3本破壊したところでイアン団長に追い出された。
重い足を引き摺って特舎に戻り、部屋の扉の前で悩む事半刻…意を決し、ノブに手をかけて扉を引…けない…?

「え?あの…ちょっと?エルデ嬢?」

「どちら様ですか?」

「いや…どちら様って、俺…ですが…」

と言う方は存じ上げません」

「いや、存じ上げてますよね?!よくご存知ですよね?!」

ネイトとの気さくなやり取りに苛立ち、ソアデン卿と呼ばれる事に壁を感じ、意地になって敬語を使っていたが、今は扉越しに伝わるエルデの怒りに敬語が口をついて出る。

「……っ…し、知りません」

「…もしかして……泣いているのか…?エルデッ!ごめん!ここを開けて、ちゃんと話をしよう」

俺が訓練場にいる間、ずっと1人で泣いていたのか?
謝りたい、抱き締めたい、泣かせたくない…焦りにもたつきながら懐から出した鍵で開錠したが、今度は防犯対策に取り付けた内鍵に入室を阻まれる。
なんでこう上手くいかない…唇を噛んで扉に額を押し付けると、扉に近づくエルデの足音が聞こえてきた。

「何に…謝っていらっしゃるんですか?」

「何って…俺がネイトとの事でーー」

「違います…」

「……へ?」

「そんな事ではありません」

「それじゃあ、何で泣いてるのか教えてくれっ、俺はエルデに笑っていて欲しい、俺の居ないところで泣いてほしくない、ましてや俺のせいで泣かせたくないっ…頼むから…」

1人で泣いてるエルデにも、分からない自分自身にも腹が立つ。
目の前の開かない扉が俺を拒むエルデの様で、不安と焦りを煽動され泣きたくなる…いや、もう既に涙声で懇願している。

「……私の…」

「…私の?」

「……私の…言って欲しい言葉を……言ってくれないから…」

「…欲しい言葉だな?分かった、教えてくれ、何て言えばいい?」

「ご自身で考えて下さい」

「えっ?!待って!教えてくれないの?!」

ネイトの事で拗ねてる俺に怒っていると思っていただけに、欲しい言葉をくれない事が理由と聞いて、安堵と共に俺だけが求められているのだと高揚するが、エルデの欲しい言葉とはどんな言葉だ…自身で考えろと言われたが、焦りばかりが募って何も思いつかない。

「……分からないんですね…っ…」

「いや?!分かる!分かるよ!エ、エルデは…俺に…『俺に舞い降りた愛の奇跡だ!』…」

…恥ずかし過ぎる……

咄嗟に思い着いたのは、レインが教えてくれたエルデの心打たれたと言う小説の
エルデの胸を熱くときめかせたという台詞の数々に納得しながら、俺には言えないと膝を着いたのを思い出す。
俺は特舎の廊下で何を口走っているんだ…だが、エルデが求めるなら俺はーー

「違います」

嘘だろっ!この台詞じゃないのか…じゃないなら…

「…エルデ…『君は何故、こんなにも私の心を掻き乱すんだ』…」

「…違います」

「違うのか?!…わ、分かった…『その瞳に映るのは、その唇が呼ぶ名は私だけであって欲しい』…」

「……違います」

「…くっ…き…『君なしで、どうしてここまで生きてこられたんだろう…君が居なければ俺は息を吸うののもままならない』…」

「………」

とうとう反応がなくなってしまった…もう何も思い着かない。だが、何か言わなければ、このままでは扉は一生開かない。
考えろ、エルデの欲しい言葉とは、エルデの欲しい…エルデの……エルデが欲しい…俺は、エルデを…

「『私の楔で君の心を白い身体ごと貫きたいっ!!』」

そうじゃないだろっ、俺…

追い詰められた俺の頭に浮かんだのは、何故か【教会で破られた純潔】の台詞。
募る想いを爆発させ司祭が、この台詞を吐きながら想い人である令嬢を祭壇の前で組み敷く…なんてそんな事はどうでもいい。
何とかして軌道修正をーー

「あれらのを全て覚えてるのもすごいですが…最後のは何の小説ですか?」

「?!…んん゛っ………レイン、最後のは台詞ではない、ネイト殿のだ」





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