王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

141:頭の中 デュバル兄妹

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『純潔、叢書…?』

『オレリア、貴女…もしかして、知らないの?アレンお義兄様がいらっしゃるのに?』


兄を持つなら知っていて当然という口振りのヨランダは、ご令兄のおかげ?でその本の存在を知ったという。
エレノアも、ジーク義叔父様のをこっそり拝借した事があるわと笑いながら話してくれたのだけど、その内容を聞いて倒れそうになった…

王妃教育で培った無表情を保つ事も出来ないまま戻った寮では、アミとユラから平民の女性は官能小説も読みますよと、微笑みながら実物を差し出されて、羞恥が加速する。

けれど、真っ白な表紙に黒字で題名のみが書かれた本からは、想像していた程のいやらしさは感じられない。
閨の教本と大差ないのかもと緊張を緩め、実物は初めて見ると言うエイラと共に表紙を開き、その簡素な表紙とは対極の描写と挿し絵に己の甘さを知り、羞恥は沸点に到達した。

頬を染めながらも最後まで読み終えたエイラは、ギール男爵の荷物を調べてみようかしらとアミとユラと話しながら、小説を隠していそうな場所を紙に書き出していたけれど、あれが、既婚者の余裕というものなのかしら…

それはともかく、今の私はフラン様に触れられるのが、ものすごく恥ずかしい…

扇を持つ私の手を取るフラン様の意識は、私ではなく扇に向けられていて、邪な考えなど一切ない。なのに私は、王妃教育のおかげで顔には出ていないけれど、握られた手が勝手に熱を持ち汗までかいている。
さり気なく扇とハンカチを持ち替えながら気持ちも切り替え、ついでに話題も変える。

アデラ島の話をするフラン様は何かを抱えているご様子だけれど、婚約者でしかない私には、踏み込んではならない一線がある。

心配で堪らないけれど、レナ様が一緒に向かうと仰っていたからきっと大丈夫……
なのに、そのレナ様の話題に再び窮地に追込まれる事になるなんて…


ーーー


「リア…俺に触れられるのは、嫌か…?」

伯父様と共に屋敷へ帰る約束している私は、屋敷へ帰るヨランダとエレノアを馬車寄せで見送り、先に執務室へ戻るというカイン様達と別れて、今は不自然な距離を空けてフラン様と庭園を歩いている。

困った様に微笑んだフラン様が、1人分の距離を空けたままで長い腕を遠慮がちに伸ばし、私の頭を掴める程に大きな手で、優しく頭頂を撫でてくる。

俯いた視線の先にある綺麗に磨かれた靴は、私のより二回りは大きい。
長い脚は、ソファに座った時にテーブルにぶつからない様、少しだけ身体を斜めにずらしてから組まれる。
騎士にしては細いであろう身体は鍛えられた筋肉で覆われおり、服を着ていてもその均整の取れた美しい線が分かる。けれど、その筋肉の硬さを知るのは、抱き締める腕の中を知る私だけ…
緩く纏めて左肩から流した金髪は、空気に揺れると金粉が舞う様に胸元でキラキラ光り、長い首の中央で発達した喉仏は、耳心地良い低い声が発せられる度に上下する。
そして、私の名前を紡ぎ、時に優しく口付けるフラン様のーー

「…そんなに見られると、恥ずかしいんだが…」

「?!も、申し訳ございません…大変、不躾な事を致しました。どの様な罰も受ける所存です」

婚約者とはいえ、王族を凝視するなど不敬が過ぎる。それも、物欲しそうな視線を向けるなんて…あの本が、あんな風に赤裸々に描写してるから、普段は気にならないフラン様の其処彼処に目がいってしまう。
はしたないどころか、破廉恥さえも通り越した私は、最早痴女だと思われても仕方ない…

「ユーリ、最大限に距離を取れ」

「……まだ陽は高いですよ?」

「…五月蝿い、黙って下がれ…」

「御意に」

私が公爵令嬢だから、咎めるのにも気を遣って下さっているんだわ。
いや、もしかしたら婚約者の醜態を恥ずかしく思って、ユーリ様達を下げられたのかもしれない。

「?!フ、フラン様…あの……?!んっ…」

「…何を考えていた?」

引き寄せられたかと思ったら、首筋に唇を当てられて熱が上がる。
お願いだから、唇を押し当てたまま話さないでっ!

「申し訳ござい…っん…フ、フラン様っ…」

「謝罪はいらない。何故、心此処に在らずだったか教えてくれないか?」

「?!フラン様っ…私…っ…んん~っ…」

謝罪する私を咎める様に、首筋に唇を押し当てながら答えを促してくるフラン様に泣きたくなる。
お答えしなければ…けれど、小説の影響で妄りがましい思考になっているなんて話したら嫌われてしまう。

「リア…?早く答えないと、白磁の首に赤い花が散る事になるが…?」


『雪原に散らされた赤い花弁の様だ…』

『見ないで、下さい…お願い…』

『それは無理な相談だな。此処にも、花弁を散らしていいかな…?雪原のにも私の跡を残したい』


「…リア…」

「~~っ双丘は、おやめ下さいっ!!」

「………え?……?」

「お、伯父が待っておりますので……御前、失礼致します」


ーーー


ーーコンコン…

「…はい」

「レリ、俺だよ」

「お兄様?」

ーーカチャ…

「お兄様…領地に戻られたのでは?」

「レリの様子がいつもと違ったからね…明日の朝に戻る事にしたんだ」

海軍を持つデュバルは、王都を流れるデュバル領へと繋がる川沿いに屋敷を持ち、敷地内に造られた船着き場から、海軍の高速艇を使って領地と王都を行き来している。
陸路だと2日はかかる距離に在るデュバル領の屋敷も、敷地内まで引いた川を高速艇で下って行けば大した時間はかからない。
因みに、山側を守るセイド公爵家も同じ様に王都の川沿いに屋敷を建てて、海軍の高速艇で領地と王都を行き来しているのだが、こちらの川は下って行くとラスターの領地へと繋がっており、ラスター家はセイドの船着場の一画を借りて、貿易品を運んでいる。

その三家の令嬢達で、憧れの場所だと言うスナイデルの丘へと明朝から向かうのだが…

「お母様の月命日なのに…ご心配をおかけしました」

どれだけ忙しくても、母の月命日だけは必ず4人で晩餐をとる様にしてきた。
屋敷で執務をしていた父と、領地から戻った俺、そして登城していた妹が伯父と屋敷へ帰って来て始まった晩餐は、母を偲ぶどころか、始終重い空気に包まれていた。

「生きている人間には色々あるんだから気にする事はない。それに、月命日でなくても晩餐は一緒にとれるだろう?」

「はい…」

「とは言え、父上も、伯父上も心配しているよ…?」

「ごめんなさい…」

「謝る事はない。何もないと言われるより、今のレリの方がいいんだから」

今更になって慰める様に頭を撫でてみたが、晩餐の席では、落ち込む妹に気の利いた言葉もかけられず、つまらない冗談で場の空気を更に凍らせる父や伯父に溜め息を吐く事しか出来なかった。

こんな時に母が居ればと目を閉じて天を仰ぐが、眼裏に浮かぶ母は何も言ってくれない。ならば、その頭の中を覗けたらと、両の手で妹の顔を包んで視線を合わせる。
頼りなく眉を下げ、何か言おうとしては口を閉じるを繰り返す妹をじっと待つ。
だが、後一歩の勇気が出せずに唇を噛んで俯いてしまった…

明日はスナイデルの森にも入ると聞いている。
妹の実力は分かっているが、集中力が欠けた状態で魔物と対峙して怪我でもしたら、聞かなかった事を後悔する。

「レリ…?殿下と何かあったのか…?」

「………お、お兄様は…その…じ、純潔叢書を…お読みになるのですか……」

聞いた事を激しく後悔している…



































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