王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

142:高揚感 デュバル小公爵夫妻

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「………すまない…今日は耳の調子があまり良くないらしい…何を読むって?」

「~~っ純潔叢書ですっ!!お兄様もお読みになっていらっしゃるのですかっ?」

父と伯父が聞いたら卒倒するだろうな…

母を早くに亡くした妹は、貴族夫人が子供を連れて参加するお茶会に出席した事がなく、耳年増な令嬢達との交流がないまま学園に入学した為、そこで培われる筈だった男女の知識はほぼ皆無。
伯父の工作も多分にあるが、医学書程度の知識の中には、そこに至る迄の諸々の行程の知識は勿論含まれていない。

動物の交尾程度に考えていたと言っても過言ではないだろう房事のあれこれを、官能小説で知って衝撃を受けたという事か…

「…お兄様?」

「あ、ああ……」

勇気を振り絞って聞いてきた妹に嘘をつく事は出来ないが、こんな事で愛する妹に軽蔑の眼差しを向けられるのは耐え難く、今でも読んでいるとは言えなかった。

「いつ?何歳の時に読まれたのですか?学園にいらした頃には読まれていたのですか?」

「ぐ、具体的に聞いてくるね…読んだ時期が重要なのか?」

「だって…ヨランダが…」

「ん?…ヨランダ…?」

「ヨランダが、お兄様も絶対読んでると言ったんです…ヨランダのご令兄も読まれてたからと…」

「…ヨランダの兄君が鬼籍に入られたのは10年前だが?ヨランダはそんな年から知っていたのか?」

「お義姉様が…セイド公爵閣下と共に学園の寮へ引き取りに行った、御令兄のご遺品の中から見つけられたそうです。恋愛小説と勘違いして持ち帰って読んだお義姉様から、遺品として渡されたと…勿論、ヨランダが学園入ってからですが…」

鬼籍に入ってから知られるなんて、気の毒過ぎる…

ダリアの貴族子息は、学園を入学する頃に閨教育が始まる。
多感な時期に始まる閨教育はある意味拷問で、女を知った学生達は、迸る性欲を鎮める為に官能小説を読むのだが、よりによって身内、それも妹に知られるとは…親に知られる方がまだましだろう。
それにしても、純潔叢書を遺品と言ってヨランダに渡したアリーシャは何を考えているんだ…

「…それで?レリも読んだのか?」

「………私…フラン様のおそばに居るのが恥ずかしくて…は、はしたない目で見てしまって…それだけでなく、フラン様を突き飛ばして、帰って来てしまったのです…」

「…フッ…ハハッ…そうか、そうだったのか…」

「…お兄様?」

伸ばした手を払われ突き飛ばされた10年前、走って逃げるアリーシャの背中を見送りながら、途方にくれた事を思い出した。
あの時のアリーシャの心情を教えてくれた、訝しげな顔を向ける妹を抱き締める。

「レリを笑ったんじゃないよ。俺も…殿下と同じく、アリーシャに突き飛ばされて逃げられた事があるんだ…レリ、今は恥ずかしくても、たくさん話をして、触れ合って、いつからかそれが自然になって恥ずかしさもなくなる。アリーシャもそうだったからね」

「…アリーシャお義姉様も…そうなのですね…フフッ…ありがとうお兄様」

夜のアリーシャは、今でも恥じらいながら震えているけどな…

理性を捨て切れず細やかに抵抗して恥じらうアリーシャを、時間をかけてじっくり甘やかす。腕の中のアリーシャに、蕩け切った萌木の瞳を向けられた時の高揚感は、それはもう…

「……レリも落ち着いた様だし、俺も帰ろうかな」

「?帰るのは、明日にしたのでは?」

「レリと話してたら、アリーシャに会いたくなってね」


ーーー


「アリーシャ…」

日付が変わる頃に寝室に入って来たアレンからは、汗に混じって晩夏の香りがする。

「お帰りなさい、アレン…?!…っふ…んぁ…」

「アリーシャ…」

突然の深い口付けに戸惑っている内に、身に付けていた寝着を脱がされベッドの上に組み敷かれる。混乱極める頭で見上げると、楽しそうに微笑むアレンと目が合った。

月光に反射する銀髪が、セイドの冬山の樹氷の如く白く光る。紺碧より数段薄い凍てつく海の瞳も相まって、美しく冷たい氷像に抱かれている錯覚に陥る。
だが、私に触れる手は熱く、瞳の奥は獰猛に揺らめき、耳に届く声は甘い…

凍らされているのか、それとも溶かされているのか…
視覚と触覚の乖離に翻弄され、啼き続ける事しか出来ないまま何度も果てた。

「10年前、俺の手を払って突き飛ばした事…覚えてる?」

私の身体を拭いたアレンは、浴室で埃と汗を流しローブを纏って戻って来た。
令嬢とは思えない走りだったねと、クツクツ笑いながら髪を掻き上げるアレンの色気に、またもや身体が疼きそうになって慌てて目を逸らす。

「……な、何でその話を?」

「レリが純潔叢書を読んだらしくてね、恥ずかしさの余り殿下を突き飛ばして帰って来たって…その話を聞いて思い出したんだ。で?アリーシャも兄君の本を読んだ事があるんだって?」

「?!ヨランダ…あのお喋り娘…」

「俺に触れられるのが恥ずかしかったんだ?」

恥ずかしいなんてものじゃないわよ…

兄の遺品の中から見つけた小説は、読み込んだ後が跡が色濃く残っており、白い表紙は薄く汚れ、至る所に栞が挟まれていた。
何も知らない私は、武骨な兄がを読んでいた事に驚き、その意外な一面を亡くしてから知った事に枯れた涙が再び流れた。

だが、その兄への悼みは、栞を挟んだ頁を開いた瞬間に霧散する。
裸で絡み合う男女の挿し絵に、女の喘ぎと水音だらけの描写は生々しく、どこかで実践していたのかは知らないが、その技巧にはご丁寧に赤い線まで引かれており、一緒に持ち帰った剣術指南書と並べて、その差異に心底引いた。

「婚約を白紙にするか話し合ってた時期だったから交流を控えていたでしょ?クラスも違うから顔を合わせる事もなかったし…それに、ネイトやコーエンと話してても何も感じなかったから大丈夫だと思ってたのよ。なのに、婚約の継続が決まって、アレンと改めて顔を合わせたら全然大丈夫じゃなかったの…」

あの本と同じ事を私がアレンと…?
あの美しい顔で私の身体中を舐め回し、あられもない場所にまで舌を伸ばすと…?

そんな私の心の中を知る由もないアレンが、美しく微笑んで私へと手を伸ばしてきた。
なんて事はない貴族間のただの挨拶だったのだが、この手が私の身体を撫で脚を割開き、私の中に入ってくる…
卑猥な妄想が爆発した私は、その手を叩き、その身体も突き飛ばして逃げ帰った。

「ネイトやコーエンに頬を赤くする事がなくて安心したよ。それで?ヨランダに本を渡したのは何でだ?」

「意地悪じゃないのよ、そこは誤解しないで…令嬢の閨教育は殿方に身を委ねろって言うだけで、知識がないと心の準備が出来ないじゃない?」

羞恥に悶えるにしても知識はあった方がいいと、私が読み込んだと勘違いされない様、兄の遺品だと何度も念を押して、可愛い妹に本を渡した。
アレンの元に嫁いでいた私は、妹がその本をどうしたかまでは知らなかったが、思いも寄らぬ形で義妹に大きな影響を与えてしまったらしい。

「オレリアには、悪いことしちゃったわね…」

「いや、レリも動物の交尾くらいにしか考えてなかったからね。心の準備が出来ていいんじゃない?」

「ど、動物の交尾…?」

「今日は屋敷に泊まろう思ってたんだけど、レリと話してたらアリーシャの顔が見たくなって帰って来たんだ」

「~~っかっ、顔を見るだけじゃ…なかったじゃない…」

「…その顔は悪手だな…」

「ちょっと?!アレンッ…んっ……なんっ…ふぁっ…」

甘美で獰猛な触れ合いは、どれだけ知識があったとしても、その恥ずかしさに慣れる事はない。
けれど、熱を感じさせない目の前の美しい男が、私にだけ熱く余裕を無くしていく…
その高揚感に涙が出る程の幸せを感じながら、広い背中に腕を回し、長い夜に身を委ねる。
























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