王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

143:そうきゅうとは?

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部屋に充満する甘ったるいお香の匂いに眉を寄せた。


『催淫効果のあるお香です。媚薬ではないのでご安心を』


身体が透けて見える程の夜着を纏い、ベッドの上で嫣然と微笑む女は、親子以上に歳の離れた夫を亡くしたという子爵未亡人で、今の俺と同じ歳だった。

拙い手技に大きく喘ぐ夫人と、甘い香りは己を昂らせるどころか頭痛さえしてきて、下の己は見るからに萎えていく。
それに気付いた女にふやける程しゃぶられ、俺の上でこれまた耳障りな喘ぎ声を撒き散らしながら身体を揺らす女に、早く終われと祈り続けて終えた筆下ろし。

これ以降、房事教育から逃げ続け、夫人を彷彿とさせる濃い化粧と、強い香水の匂いを撒き散らす令嬢達までも忌避する様になった俺は、官能小説といったものも進んで手にする事はなかった。

「何?フランは禁欲主義なの?」 

「お前…今の話でどうしたら禁欲主義という結論に至るんだ?」

カインとナシェルが帰った後の執務室のソファで、ユーリとワインを飲みながら互いの筆下ろしの話をしているのだが、俺のとは違い、高級娼館の娼婦が相手だったというユーリの筆下ろしは、思い出すだけで勃ち上がる程に良かったと言う。

「女を抱いたことがない、官能小説も読まないって…禁欲主義でなければ何だって言うんだ?…やっぱり男色か?」

「誤解のない様に言っておくが、房事教育の全てを拒否出来たわけじゃない。それに、人と環境を変えれば事だって行えた…思い出しても勃ち上がる事はないけどな…官能小説は、あの喘ぎ声の描写が、筆下ろしを思い出して気分が悪くなる」

「お前の初夜が心配だよ…」

「リアなら問題ない…逃げられたがな…」

訓練場では普通だったオレリアの様子が変わったのは、サロンで隣りに腰を下ろしてから。
手合わせの後で昂っているのだろうと深く考えずにいたが、レナの話になってからは目も合わせず、庭園では不自然な距離を空けて俯いたまま口も開かない。
拒絶されてるのかとも思ったが、向けられた瞳は恋う様に潤み、物憂げな吐息は間違いなく俺を求めていた。

熱い視線にも耐えられないが、女の色香を纏う表情を誰にも見せたくない…
態度と裏腹な視線も気になって、護衛をギリギリまで下げてから少し強引に迫ったのだが…


はおやめ下さいっ!!』


そうきゅうとは…?足早に去るオレリアの背中を見送りながら、について考えを巡らせる。
宰相の元へに向かう必要があったのだろうか…だが、仰ぎ見た雲一つないはまだ陽が高い。
明日のスナイデルの森にを持って入るとか……?


『……ップ…』

『ユーリ…』

『確かに、まだ早いな』

『…何の事だ』

『カイエンワイン…俺をもてなせ』


背後から聞こえた失笑に振り返ると、耳を塞いで背を向ける輪番護衛達の中で、何故かユーリは口元を押さえてこちらを見ている。
一部始終を見ていた事は腹立たしいが、ユーリにはオレリアの言葉の意味が分かっているらしい…

「…で?オレリアの言っていたとは何の事だ?」

王室に献上される最高級のワインを至極美味そうに飲むユーリに問う。

「純潔叢書」

「……純潔叢書?」

…女性の胸だな、そこに痕を付けるのは駄目だって言ったんだよ」

「リアが……うちの子が、官能小説を読むなんて…何かの間違いじゃないのか?まさか、エイラが…?」

宰相の妨害工作によって大きく遅れていた閨教育は、学園の寮で付き添うエイラが教え直しているのだが、つい最近まで医学書と恋愛小説で閨教育を受けていたのに、いくら遅れているからとはいえ官能小説はないだろう。
しかも、純潔叢書なんて…どの話を読ませているんだ?俺は変態でも、節操無しでもない、ましてや執着イカレ野郎でもない。

「エイラ殿も官能小説は初めてだった様だな、俺達が訓練場で手合わせしている時に、ギール男爵の荷物を調べてたよ」

「…留守の間に…気の毒過ぎる」

「オレリア様が読んだのはアミとユラの持っていた本だよ」

「女性が官能小説を読むのか?!」

「平民の女性の間では普通だよ。貴族令嬢は処女が絶対条件だが、平民の女性はその限りじゃない。婚前交渉もするし、複数人と関係を持つ女性だっているんだから」

貞操を気にしないのは、家督を譲った寡や、互いに再婚同士の場合くらいで、血族至上主義の王侯貴族は、他の血が入り込む事がない様、結婚に処女である事を条件に上げる家が多い。
結婚式でドレスを着る前に魔塔で作られた検査薬を飲み、白い身体と判定されなければ結婚式はその場で中止。
司祭の前ではなく、賠償や名誉毀損等の裁定を下す裁定員の前に、2人で並び立つ事になる。

恋愛観も結婚観も全く違う貴族と平民だが、官能小説まで読むのか…

「そもそもの話、何故リアが官能小説なんてものを知ったんだ?アレンか?屋敷の図書室に無防備に置いてあるんじゃないだろうな?」

「そうだとしたら、もっと前から知ってるだろ…陛下方が読まれてた恋愛小説、覚えてるか?公爵閣下があれを受け取った時に言われたんだよ『純潔叢書より余程愛について学べますわ!』…てね」

「ヨランダ嬢?!お前っ…公爵家の令嬢になんてものを読ませてんだっ!嘆きの森に放逐されるぞ!」

「?!ちょっと待て!俺じゃないっ!兄君のだ!アリーシャ様が学園の寮から引き取ってこられた、兄君の遺品の中に入ってたんだよっ!」

「……遺品…?それは…あまりに気の毒じゃないか…?」

「…まあ…安らかに眠る事は出来ないだろうな…」

「それも姉妹の間で引き継がれているなんて…気の毒が過ぎて祈りたくなる…」

「姉心だよ」

「姉心?」

遺品を官能小説と言っていいのかも分からないが、その秘め事を姉妹間で引き継ぐなど故人を偲ぶどころか、冒涜しているのではとも勘繰ってしまうが、そういう事ではないらしい。

「貴族令嬢の閨教育なんて、あってない様なものだからな。知識はあった方がいいだろ?」

「まあな……で?リアが読んだ本は?」

「ああ、俺が間違えて持って来たイアン団長の本と同じ、最近出た新刊でものだ」

「新刊だから俺も知らなかったのか…取り寄せるか…」

「本当に興味ないんだな…」

「その憐れむ様な目はやめろ」

「本は俺が用意してやるよ。それにしても…ナシェル殿もそうだったが、お前ももうちょっと愉しめる本を置けよ」

ユーリに倣って目を向けた書棚には、貴族名鑑や、兵法書に歴史書、魔術、経済、外交等の小難しい本が隙間なく並んでいる。

陛下はカバーを替えて官能小説を並べてるぞと、ワインを注ぎながらヘラっと笑うこの男は、王城内、学園、貴族家、市井に至るまでの情報を網羅しているのだろう。

国を揺るがす様な情報だけでなく、至極個人的な事まで知るユーリのおかげで、今日のオレリアの態度に悶々とせずに済んだのだが、どのような対策をとるべきか。
教えより実践と言うが、あの調子では暫くは会話もままならないだろうな…


『双丘はおやめ下さいっ!!』


「フラン…?顔が赤いぞ?酔ったのか?」

今更ながら恥ずかしくなってきた…

















































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