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デュバルの女傑
160:フラン殿下 マリー
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『亡命なんて…メラネ家がなくなってもいいと言うのですか?!』
『此処にいても結果は同じだ』
『そんな事はないわ!だって、お父様は宰相閣下のーー』
『皇都の移設計画が出ている…皇太子殿下の出身地だ。新しい皇帝、新しい皇都…当然、人事も刷新される』
『ですがっ、情勢が変わればーー』
『私は、家名よりお前達が大事なんだ』
平和主義で温厚な父と、社交より家族との時間を好む母。そんな両親の元で、争いを知らずに育った私は、ローザの学園で弱きは挫かれると教えられた。
これまで生き残れたのは、父が宰相補佐官という役に就いていたから。
だが、それも蜘蛛の糸より頼りないものだと知って、両親と、交流のあった貴族家と共に、全てを置いてローザを出た。
メラネ家は父の代で終わるけれど、家族の離散を防げたのは幸運だと思う。
父はローザで就いていた役職と同じ宰相補佐官に就き、母は細やかな社交の傍らで、趣味の刺繍を楽しんでいる。
隠居後は、カイエンの葡萄園でワインを作りたいと言う父と、カイエンの領地で刺繍のお店でも開こうかしらと目を輝かせる母に、貴族への未練は全くない。
ローザでは見た事のない父と母の笑顔に、そんな将来もいいかと思っていた私だったけど、あの日の夜会が、私に新たな夢を齎した。
『気を付けて下さい。王城とはいえ安全ではありません。会場まで送ります。立てますか?』
『…助けて、くれるのですか…?』
『?その為の巡回警備ですから…まあ、仕事でなくても、令嬢の危機を見ぬ振りする様では、騎士どころか、男とも呼べないでしょう?』
『…そう、なのですね……?!ッキャッ…』
『失礼。ドレスが夜露に濡れてしまいますから…会場ではなく、このまま休憩室へお連れします。人目に着かない道を行きますから安心して下さい。今日はどなたとご一緒に?』
『…り、両親と…』
『家名をお聞きしても?』
『メ、メラネです…』
『メラネ侯爵のご令嬢でしたか…侯爵には私から伝えておきます。迷子になっているところを保護したと伝えますから大丈夫ですよ。ああ、丁度いいところに…侍女殿、こちらのご令嬢をお願いします』
ローザであれば、間違いなく素通りされる場面。
何処の国の騎士も同じだと、助けを求めて開いた口を閉じた私を助けてくれた騎士様は、夜の庭園でも金の髪が眩しい程に輝いていた。
抱き上げる腕は力強く、頬に当たる肩から流れる髪が擽ったくてドキドキしたのを覚えている。
灯りの下で見る瞳は鮮やかな海の様な碧。金髪碧眼はダリア王族の特徴と聞いているが、この騎士様は?
『スナイデル公爵家のフラン殿だよ。国王陛下の甥後さんでね、近衛騎士団への入団が決まっている、とても優秀な騎士様だよ』
あれからずっと見つめてきた。グレーから濃紺の軍服に変わってからも、ずっと…
憧れは恋に変わり、やがて結婚を意識する様になった私は、亡命貴族と侮られない様に、学園では堂々と振る舞い、ダリアの高位貴族達にも怯む事はしなかった。
私に倣った元ローザの令嬢達も本来の姿を取り戻し、学園での生活も過ごし易くなって…ローザ対ダリアの構図は望んだものではなかったけれど、フラン様と結婚してからでも修正していけばいい、その時までは地位を確立し続けるーー
『ナシェル殿は廃太子。スナイデル公爵家のフラン殿が、新たに王太子として立太子する事になったよ』
『オレリア様?あの方には非がないからね。王太子となるフラン殿と婚約を結び直す事になる…』
非がないなんて…そんな事ない。男爵令嬢を放置して、2人の姿を見ても眉一つ動かさずに素通りするだけで、ナシェル様の心を繋ぎ留める努力をしていなかった。
喜怒哀楽のない、人形の様にただ立っているだけの令嬢が、フラン様の婚約者だなんて認めたくない。
『ーーここに居る学園生達はダリアの未来だ。民も含め、ここに居る皆が、これからのダリアを担う事になる。次代を受け継ぐ私に、君達にも助力してもらえることを期待している』
あの時私を助けてくれたフラン様が、王太子となって舞台の上に立っている。
グレーでも濃紺でもない、黒の常装軍服。騎士のご出身だから、貴族服はお召しにならないのかしら…?
黒の軍服に金の飾御と金の御髪が映える。フラン様の御前で、膝を着いて首を垂れる令嬢達が、その神々しさを一層引き立てる。
『リア、行こうか』
優しく微笑むフラン様に対して、あの無表情。
どこまで傲慢な女なの…
『リア、少しの間アレン達と共に居てくれ……って、リア?!』
愚かな…
教皇も参席している夜会で、あの様にはしたなく抱き着くなんて、自分の行動がフラン様の評判を落とすと分かっているのかしら?
『フラン殿下が怪我をされたんだ…魔物の毒と、崖から落ちた時に骨も折られてね…』
『オレリア様は、アズールへは行かれないらしい…剣術大会の代表になられたからね』
婚約者より大会を選ぶなんて、あの女は見た目と同じで心も冷たい。
『ーー花を求めて来たのか。今日の広場は庭園より華やかだからな…甘い香りに誘われたか?』
フラン様がいらした…馬鹿な子息の下らない揶揄を、笑顔で華麗に返す。
側近の方とは、あの様な屈託ない表情で話されるのね。
『ーー表情一つで人が動き、この先は国が動く事もある…それは、ご理解頂けますか?』
感情露わに喚く姿は醜いと、そう言いたいの?
そうね、国と結婚する貴女はそれでいい。けれど、私は違う。フラン様を癒し、心安らげる場となる。
「側妃候補の名簿?」
「ええ。ダリアでは、王太子殿下の側妃候補の名簿を作成するそうです。ナシェル様の時にもあったとか…正式に候補に上がった家には、名簿に名を載せられる事が伝えられるそうです」
ダリアの令嬢達が話していたのを聞いていたと言う友人は、高位貴族で、婚約者のいない令嬢であれば、亡命貴族でも側妃候補になれるという情報まで聞いていた。
「…殿下は、あちらの方でも人気が高いですから…学園生には特に…あちらの殿下をお気に召している令嬢は候補からは外れるだろうとも話していました…なので、側妃候補者には、マリー様もきっと上がる筈です」
あちらとは、男色の事。フラン様の男色を信じるなんて馬鹿らしいと思っていたが、候補が減るのであれば僥倖。
これで、堂々とフラン様の前に立てる。あの日の様に、美しい碧の瞳を向けてもらえる…
オレリア・ファン・デュバル。
貴女には負けない、寵を得るのはこの私よ。
『此処にいても結果は同じだ』
『そんな事はないわ!だって、お父様は宰相閣下のーー』
『皇都の移設計画が出ている…皇太子殿下の出身地だ。新しい皇帝、新しい皇都…当然、人事も刷新される』
『ですがっ、情勢が変わればーー』
『私は、家名よりお前達が大事なんだ』
平和主義で温厚な父と、社交より家族との時間を好む母。そんな両親の元で、争いを知らずに育った私は、ローザの学園で弱きは挫かれると教えられた。
これまで生き残れたのは、父が宰相補佐官という役に就いていたから。
だが、それも蜘蛛の糸より頼りないものだと知って、両親と、交流のあった貴族家と共に、全てを置いてローザを出た。
メラネ家は父の代で終わるけれど、家族の離散を防げたのは幸運だと思う。
父はローザで就いていた役職と同じ宰相補佐官に就き、母は細やかな社交の傍らで、趣味の刺繍を楽しんでいる。
隠居後は、カイエンの葡萄園でワインを作りたいと言う父と、カイエンの領地で刺繍のお店でも開こうかしらと目を輝かせる母に、貴族への未練は全くない。
ローザでは見た事のない父と母の笑顔に、そんな将来もいいかと思っていた私だったけど、あの日の夜会が、私に新たな夢を齎した。
『気を付けて下さい。王城とはいえ安全ではありません。会場まで送ります。立てますか?』
『…助けて、くれるのですか…?』
『?その為の巡回警備ですから…まあ、仕事でなくても、令嬢の危機を見ぬ振りする様では、騎士どころか、男とも呼べないでしょう?』
『…そう、なのですね……?!ッキャッ…』
『失礼。ドレスが夜露に濡れてしまいますから…会場ではなく、このまま休憩室へお連れします。人目に着かない道を行きますから安心して下さい。今日はどなたとご一緒に?』
『…り、両親と…』
『家名をお聞きしても?』
『メ、メラネです…』
『メラネ侯爵のご令嬢でしたか…侯爵には私から伝えておきます。迷子になっているところを保護したと伝えますから大丈夫ですよ。ああ、丁度いいところに…侍女殿、こちらのご令嬢をお願いします』
ローザであれば、間違いなく素通りされる場面。
何処の国の騎士も同じだと、助けを求めて開いた口を閉じた私を助けてくれた騎士様は、夜の庭園でも金の髪が眩しい程に輝いていた。
抱き上げる腕は力強く、頬に当たる肩から流れる髪が擽ったくてドキドキしたのを覚えている。
灯りの下で見る瞳は鮮やかな海の様な碧。金髪碧眼はダリア王族の特徴と聞いているが、この騎士様は?
『スナイデル公爵家のフラン殿だよ。国王陛下の甥後さんでね、近衛騎士団への入団が決まっている、とても優秀な騎士様だよ』
あれからずっと見つめてきた。グレーから濃紺の軍服に変わってからも、ずっと…
憧れは恋に変わり、やがて結婚を意識する様になった私は、亡命貴族と侮られない様に、学園では堂々と振る舞い、ダリアの高位貴族達にも怯む事はしなかった。
私に倣った元ローザの令嬢達も本来の姿を取り戻し、学園での生活も過ごし易くなって…ローザ対ダリアの構図は望んだものではなかったけれど、フラン様と結婚してからでも修正していけばいい、その時までは地位を確立し続けるーー
『ナシェル殿は廃太子。スナイデル公爵家のフラン殿が、新たに王太子として立太子する事になったよ』
『オレリア様?あの方には非がないからね。王太子となるフラン殿と婚約を結び直す事になる…』
非がないなんて…そんな事ない。男爵令嬢を放置して、2人の姿を見ても眉一つ動かさずに素通りするだけで、ナシェル様の心を繋ぎ留める努力をしていなかった。
喜怒哀楽のない、人形の様にただ立っているだけの令嬢が、フラン様の婚約者だなんて認めたくない。
『ーーここに居る学園生達はダリアの未来だ。民も含め、ここに居る皆が、これからのダリアを担う事になる。次代を受け継ぐ私に、君達にも助力してもらえることを期待している』
あの時私を助けてくれたフラン様が、王太子となって舞台の上に立っている。
グレーでも濃紺でもない、黒の常装軍服。騎士のご出身だから、貴族服はお召しにならないのかしら…?
黒の軍服に金の飾御と金の御髪が映える。フラン様の御前で、膝を着いて首を垂れる令嬢達が、その神々しさを一層引き立てる。
『リア、行こうか』
優しく微笑むフラン様に対して、あの無表情。
どこまで傲慢な女なの…
『リア、少しの間アレン達と共に居てくれ……って、リア?!』
愚かな…
教皇も参席している夜会で、あの様にはしたなく抱き着くなんて、自分の行動がフラン様の評判を落とすと分かっているのかしら?
『フラン殿下が怪我をされたんだ…魔物の毒と、崖から落ちた時に骨も折られてね…』
『オレリア様は、アズールへは行かれないらしい…剣術大会の代表になられたからね』
婚約者より大会を選ぶなんて、あの女は見た目と同じで心も冷たい。
『ーー花を求めて来たのか。今日の広場は庭園より華やかだからな…甘い香りに誘われたか?』
フラン様がいらした…馬鹿な子息の下らない揶揄を、笑顔で華麗に返す。
側近の方とは、あの様な屈託ない表情で話されるのね。
『ーー表情一つで人が動き、この先は国が動く事もある…それは、ご理解頂けますか?』
感情露わに喚く姿は醜いと、そう言いたいの?
そうね、国と結婚する貴女はそれでいい。けれど、私は違う。フラン様を癒し、心安らげる場となる。
「側妃候補の名簿?」
「ええ。ダリアでは、王太子殿下の側妃候補の名簿を作成するそうです。ナシェル様の時にもあったとか…正式に候補に上がった家には、名簿に名を載せられる事が伝えられるそうです」
ダリアの令嬢達が話していたのを聞いていたと言う友人は、高位貴族で、婚約者のいない令嬢であれば、亡命貴族でも側妃候補になれるという情報まで聞いていた。
「…殿下は、あちらの方でも人気が高いですから…学園生には特に…あちらの殿下をお気に召している令嬢は候補からは外れるだろうとも話していました…なので、側妃候補者には、マリー様もきっと上がる筈です」
あちらとは、男色の事。フラン様の男色を信じるなんて馬鹿らしいと思っていたが、候補が減るのであれば僥倖。
これで、堂々とフラン様の前に立てる。あの日の様に、美しい碧の瞳を向けてもらえる…
オレリア・ファン・デュバル。
貴女には負けない、寵を得るのはこの私よ。
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