王国の彼是

紗華

文字の大きさ
162 / 206
デュバルの女傑

160:フラン殿下 マリー

しおりを挟む
『亡命なんて…メラネ家がなくなってもいいと言うのですか?!』

『此処にいても結果は同じだ』

『そんな事はないわ!だって、お父様は宰相閣下のーー』

『皇都の移設計画が出ている…皇太子殿下の出身地だ。新しい皇帝、新しい皇都…当然、人事も刷新される』

『ですがっ、情勢が変わればーー』

『私は、家名よりお前達が大事なんだ』


平和主義で温厚な父と、社交より家族との時間を好む母。そんな両親の元で、争いを知らずに育った私は、ローザの学園で弱きは挫かれると教えられた。

これまで生き残れたのは、父が宰相補佐官という役に就いていたから。
だが、それも蜘蛛の糸より頼りないものだと知って、両親と、交流のあった貴族家と共に、全てを置いてローザを出た。

メラネ家は父の代で終わるけれど、家族の離散を防げたのは幸運だと思う。
父はローザで就いていた役職と同じ宰相補佐官に就き、母は細やかな社交の傍らで、趣味の刺繍を楽しんでいる。
隠居後は、カイエンの葡萄園でワインを作りたいと言う父と、カイエンの領地で刺繍のお店でも開こうかしらと目を輝かせる母に、貴族への未練は全くない。
ローザでは見た事のない父と母の笑顔に、そんな将来もいいかと思っていた私だったけど、あの日の夜会が、私に新たな夢を齎した。


『気を付けて下さい。王城とはいえ安全ではありません。会場まで送ります。立てますか?』

『…助けて、くれるのですか…?』

『?その為の巡回警備ですから…まあ、仕事でなくても、令嬢の危機を見ぬ振りする様では、騎士どころか、男とも呼べないでしょう?』

『…そう、なのですね……?!ッキャッ…』

『失礼。ドレスが夜露に濡れてしまいますから…会場ではなく、このまま休憩室へお連れします。人目に着かない道を行きますから安心して下さい。今日はどなたとご一緒に?』

『…り、両親と…』

『家名をお聞きしても?』

『メ、メラネです…』

『メラネ侯爵のご令嬢でしたか…侯爵には私から伝えておきます。迷子になっているところを保護したと伝えますから大丈夫ですよ。ああ、丁度いいところに…侍女殿、こちらのご令嬢をお願いします』


ローザであれば、間違いなく素通りされる場面。
何処の国の騎士も同じだと、助けを求めて開いた口を閉じた私を助けてくれた騎士様は、夜の庭園でも金の髪が眩しい程に輝いていた。
抱き上げる腕は力強く、頬に当たる肩から流れる髪が擽ったくてドキドキしたのを覚えている。
灯りの下で見る瞳は鮮やかな海の様な碧。金髪碧眼はダリア王族の特徴と聞いているが、この騎士様は?


『スナイデル公爵家のフラン殿だよ。国王陛下の甥後さんでね、近衛騎士団への入団が決まっている、とても優秀な騎士様だよ』


あれからずっと見つめてきた。グレーから濃紺の軍服に変わってからも、ずっと…

憧れは恋に変わり、やがて結婚を意識する様になった私は、亡命貴族と侮られない様に、学園では堂々と振る舞い、ダリアの高位貴族達にも怯む事はしなかった。
私に倣った元ローザの令嬢達も本来の姿を取り戻し、学園での生活も過ごし易くなって…ローザ対ダリアの構図は望んだものではなかったけれど、フラン様と結婚してからでも修正していけばいい、その時までは地位を確立し続けるーー


『ナシェル殿は廃太子。スナイデル公爵家のフラン殿が、新たに王太子として立太子する事になったよ』

『オレリア様?あの方には非がないからね。王太子となるフラン殿と婚約を結び直す事になる…』


非がないなんて…そんな事ない。男爵令嬢を放置して、2人の姿を見ても眉一つ動かさずに素通りするだけで、ナシェル様の心を繋ぎ留める努力をしていなかった。
喜怒哀楽のない、人形の様にただ立っているだけの令嬢が、フラン様の婚約者だなんて認めたくない。


『ーーここに居る学園生達はダリアの未来だ。民も含め、ここに居る皆が、これからのダリアを担う事になる。次代を受け継ぐ私に、君達にも助力してもらえることを期待している』


あの時私を助けてくれたフラン様が、王太子となって舞台の上に立っている。
グレーでも濃紺でもない、黒の常装軍服。騎士のご出身だから、貴族服はお召しにならないのかしら…?
黒の軍服に金の飾御と金の御髪が映える。フラン様の御前で、膝を着いて首を垂れる令嬢達が、その神々しさを一層引き立てる。


『リア、行こうか』


優しく微笑むフラン様に対して、あの無表情。

どこまで傲慢な女なの…


『リア、少しの間アレン達と共に居てくれ……って、リア?!』


愚かな…

教皇も参席している夜会で、あの様にはしたなく抱き着くなんて、自分の行動がフラン様の評判を落とすと分かっているのかしら?


『フラン殿下が怪我をされたんだ…魔物の毒と、崖から落ちた時に骨も折られてね…』

『オレリア様は、アズールへは行かれないらしい…剣術大会の代表になられたからね』


婚約者より大会を選ぶなんて、あの女は見た目と同じで心も冷たい。


『ーーを求めて来たのか。今日の広場は庭園より華やかだからな…に誘われたか?』


フラン様がいらした…馬鹿な子息の下らない揶揄を、笑顔で華麗に返す。
側近の方とは、あの様な屈託ない表情で話されるのね。


『ーー表情一つで人が動き、この先は国が動く事もある…それは、ご理解頂けますか?』


感情露わに喚く姿は醜いと、そう言いたいの?
そうね、国と結婚する貴女はそれでいい。けれど、私は違う。フラン様を癒し、心安らげる場となる。

「側妃候補の名簿?」

「ええ。ダリアでは、王太子殿下の側妃候補の名簿を作成するそうです。ナシェル様の時にもあったとか…正式に候補に上がった家には、名簿に名を載せられる事が伝えられるそうです」

ダリアの令嬢達が話していたのを聞いていたと言う友人は、高位貴族で、婚約者のいない令嬢であれば、亡命貴族でも側妃候補になれるという情報まで聞いていた。

「…殿下は、の方でも人気が高いですから…学園生には特に…あちらの殿下をお気に召している令嬢は候補からは外れるだろうとも話していました…なので、側妃候補者には、マリー様もきっと上がる筈です」

とは、の事。フラン様の男色を信じるなんて馬鹿らしいと思っていたが、候補が減るのであれば僥倖。

これで、堂々とフラン様の前に立てる。あの日の様に、美しい碧の瞳を向けてもらえる…

オレリア・ファン・デュバル。
貴女には負けない、寵を得るのはこの私よ。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...