王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

161:気の毒なイアン団長

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「まさか…お前も行くのか?」

早朝訓練よりも少し早い薄明の訓練場で、近衛騎士達に指示を出していた叔父上が、俺の腰に佩た剣を見て目を見開いた。

「スナイデルの森の件もありましたし、東の森も再度入る事が決まりましたので。自分の目で現状を把握したく、東の森も同行出来る様、執務を調整しています」

「陛下の許可は?」

「得ています」

「全く……準備が早いな」

「騎士団の団規にありますからね」

「こんな時だけ調子のいい…いいか?前には出るなよ?」

「………」

「殿下?」

「御意…」

叔父上が殿下と呼ぶ時は、その立場を弁えろと言い聞かせる意味を持つ。
側妃名簿の事で、モヤモヤした気分を晴らしたいと思っていたのだが、やはり剣は振らせてもらえないか…

「おいおい…殿下も行くのか?」

「………」

「……見れば分かるだろ…イアン、お前は殿下と後方だ。全員っ、出発するぞ!」

同じ事を繰り返すのは面倒くさいと叔父上に目を向けると、同じく面倒くさいとばかりに溜め息を吐いた叔父上は、イアン団長に雑な指示を出して馬に跨がり、馬首を前方へ向け出発の号令をかけた。


ーーー


「ネイト、ユーリ、をしっかり守れよ」

イアン団長の間延びした声で出された命令が、森の中を吹き抜ける風に乗って、ネイトとユーリの背に届く。

「イアン団長の腰にあるのはですか?」

「ジーク副団長には、殿と言われています」

「おいおい…団長よりジーク副団長の命令を聞くのか?」

「あの拳骨には逆らえません」

「クッ…ッハハッ…違いない」

薄情な部下の辛辣な返しに食い下がるイアン団長だったが、ネイトの返答に納得したのか、頭を摩りながら声を上げて笑いだした。
権威失墜だなと笑うイアン団長に、それでいいのかと片眉を上げると、次はお前だとばかりに口角を上げて、そんな事よりと話を続ける。

「殿下は、あれから目を通したのか?」

ラヴェル騎士団長と共に、あの場で事を見守っていたイアン団長の問いに、とは聞かない。

「ざっくりとだけ…」

「…ブハッ…そうあからさまに顔に出すなよ」

「…側妃なんて必要ない」

「相変わらずだな…まあ、でも、よく耐えたな…褒めてやる」

「驚きの方が勝っていたからな…それに俺があの場で使ったら、全員丸焦げになる…」

北の塔行きは勘弁だと続けると、俺も丸焦げは勘弁だと言って肩を震わせた。
アズール遠征の前日に、オレリアを詰めた事が悔やまれる。側妃名簿なんて物があるなら、リディアの時に教えてくれてもよかったのにと続けると、繊細な話は王家の醜聞に繋がるからなと苦笑いを零された。

側妃名簿に口を出し過ぎた王太子、側妃名簿が気に入らないと執務を放棄した王太子、側妃名簿に名を連ねる令嬢以外の令嬢と懇意になった王太子…
迷惑な歴代の王太子のおかげで、名簿が作成されるまでは、側妃についての話は大きな声で話せないと説明したイアン団長は、あの日のお茶会は肝を冷やしたと天を仰いだ。

「で?マリー嬢の事は知っていたのか?」

「…騎士だった頃に保護してきた令嬢の中の1人だと聞いたが、覚えていない。そもそも保護した令嬢の顔を不躾に見るのは法度だしな…」

酔った男に絡まれる令嬢や、迷子になっている令嬢を保護した際は、会場まで送り届けたり、状態によっては休憩室に連れて行く。その際、同行者に保護した事を伝える為に家名を聞く事は許可されているが、令嬢を怯えさせない為、また醜聞を避ける為に、必要以上の会話は勿論、顔を注視するのは法度となっている。

メラネ侯爵の話を聞い後で、やり取りだけはボンヤリと思い出せても、絵姿を見たところで何の感想も感情も浮かばないと続けると、至極残念そうな顔を向けられた。

「殿下の口から令嬢の名前が出るなんて面白…いや、珍しいと思ったが……そういう事か…まあ、保護した令嬢と必要以上のやり取りは法度だからな、覚えていなくて当然か……いや、オレリア嬢だったら、話は別だったか?」

「リアは、あんな浅はかな行動はしない」

「…浅はかって…もう少し柔らかい言葉で表現してくれ…」

「騎士目当てに迷子の振りをする令嬢や、自ら火に飛び込む令嬢もいますからね。そういった令嬢には、俺達も辟易してますよ?」

「仕事でなければ、素通りしますね」

「お、お前達まで…?森の中だって耳がないとは限らないんだから、言葉を選べ……心臓に悪い」

焦った様に周りを見渡しながら心臓を押さえるイアン団長を囲んで、少しは緊張感も出ただろうと、ネイトとユーリと目を合わせて肩を竦める。
だが、それ以上に緊張感を纏った声が、前方から届いた。

「蜂だっ!!」

「目が赤い!瘴気に当てられてるぞ!」

「「……また?」」

アズールでの事が過った俺とネイトの声が重なる。

「ユーリ、シールドを張れっ!殿下は…足元に気を付けろよ?」

「ネイト…笑えない冗談は……ん?」

抜剣しながらユーリに指示を出し、俺に揶揄う様な顔を向けてきたネイトに目を向けて…その背後のフヨフヨと浮かぶ丸い物体に目を凝らす。

『我が叩こう』

「「「レナ?!」」」

「「「「「「「鯨?!」」」」」」」

「…?叩く…?」

ーーベシッ…パシッ…テシッ…

飛び回っていた蜂がレナに惹きつけられる様に集まり、蜂に囲まれたレナが、フヨフヨと泳ぎながら
叩かれた蜂の目は赤から黒に変わり、森の奥へと戻って行く…本来の姿へ戻すと言っていたレナの力は、確かに素晴らしい。

…が…

「地味だな…」

「もっと、こう…光を放ったりとか、眷属って感じの攻撃はないのか?」

「今日はスコーンを持ってないぞ…乾パンでいけるか…?」

「今日はって…ネイトはすっかり給餌係だな」

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

突如姿を現した眷属に驚いているのか、それとも地味な物理攻撃に驚いているのか…騎士達は剣を下ろして見つめるだけで誰も言葉を発しない。

『瘴気の場も浄めてある。久しいな、伴侶よ』

「カトレヤへ行っていたそうだな」

『ウィスの尻をにな』

「……のが得意なんだな…」

『フッ…』

「なんでそんな得意げなんだよ…」

『侍者か…我のスコーンは?』

「俺は侍者でも、給餌係でもない。が、乾パンでいいならやるよ」

よく噛んで食べろよと、レナの口に乾パンを投げ入れるネイトの手付きは正確で、立派な給餌係へと成長を遂げている。

「レナは相変わらず神出鬼没だな…だが、助かった。で?瘴気の発生源は何処に?」

『小父か…相変わらずマナが荒いな。嫁御は相変わらず囚われたままか?』

「「「「「「「?!」」」」」」」

相変わらず空気を読まない眷属に、緊張感が走る。

「ハハッ…相変わらずだ…今度は宰相閣下の事も、叩き浄めてくれ」

叔父上の反応に誰もが肩の力を抜く中、イアン団長だけが、叔父上の物騒な言葉に胸を押さえて蹲った。

「どいつもこいつも……頼むから、俺の心臓を労ってくれ」

最近のイアン団長は気の毒が過ぎる…

その後の魔物補充は、レナの魔物を引きつける力のおかげで順調に進み、そのレナの案内で瘴気の発生源を地図に記して…王城の執務の始まる時間には、学園の森に着いてしまっていた。













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