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デュバルの女傑
178:レイダ レオン
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ーー数刻前の国王執務室隣室の応接室にて…
思いの外、早かったな…
朝一番に謁見の許可を求めてきたのは、領地経営より社交に重きを置く、ダリアでは中央貴族と呼ばれる当主達。
子供達からの報せに驚いたと、眉間に皺を寄せ、鼻息荒く事の顛末を説明しているが、全て影から報告済。
こうしている間にも書類はどんどん溜まっていくというのに…
カップを手に取りながら、隣りの執務室に繋がる扉に目をやり、お紅茶と一緒に溜め息を飲み込む。
おかわりを頼もうにも侍女はおらず、ラヴェルとイアンは置き物と化し、ユリウスは臨戦態勢。
当主達の話に、首肯しながら目を伏せるフーガとオーソンは、神妙にも見えるが実は笑いを堪えている。
甥が魔物を連れて来たら、オレリア嬢と話す時間を作ってやって欲しいとヴォーグに頼んではいたが、影の報告にあったのは、流石はフランと言うべきか、予想もしていなかった展開。
そして、オレリア嬢の宣言は、何度聞いても…
「…オレリア嬢がな…フッ…ハハッ…」
「ハハハッ…よく言った!」
「スナイデル公爵!何が、よく言ったですかっ!陛下も!笑い事ではありませんぞ!」
「王妃陛下に気に入られているからと勘違いも甚だしい!正妃となる者が、側妃を認めないだなんて…ダリア王家の血が絶えても構わないと、宣言したも同然なのですよ!」
法であると説いた上で、互いにかけがえのない存在だと宣言しただけの事。
側妃を認めないとも、迎えないとも言ってはおらんだろ…
子供が歪曲して伝えか、それとも歪曲して捉えたか、いずれにしても手前勝手な解釈をして責めるのが貴族というものだが、その言葉に責任を持てる者は少ない。
「デュバル公爵、それから宰相閣下も。事は大きいですよ?公より私を優先するなどと宣った…この責任をどう取られるおつもりで?」
名を呼ばれたユリウスが身を乗り出そうとするのを、左側に座るフーガが腕を取って押さえ、右側に座るオーソンが口を開く。
「そうですね…先ずは本人の話を聞いてーー」
「デュバル公爵!何を悠長な事を言っているのですかっ!正妃となる者が側妃を拒むなど前代未聞。唯一などと宣って、傲慢な上に無責任極まりない!母親がいないからと、甘やかし過ぎではないですか?社交界に戻られて浅いとはいえ、教育はきちんとして頂かないと!」
「それとも、その身勝手さはデュバルの伝統ですかな?レイダ元妃は王命に背いて、傾国の危機を迎え入れましたしね。何れにせよ、レイダ元妃もオレリア嬢も、どちらも王太子妃の器ではないという事ですな」
「何とっ?!妹や姪だけでなく、レイダ妃までも冒涜するかっ!貴殿等には、カイエンとデュバルから、正式に抗議をーー」
「義兄上…いいのです」
「オーソンッ!お前は、妻を!娘をっ!先祖までをも冒涜されて黙っていると言うのかっ!…っ…っ何とか言わんか!オーソンッ!…っ……~~っ陛下っ!」
血走った眼から涙を流してユリウスが叫んでも、オーソンは静かに首を振って微笑むだけ。
「「………」」
握り締めた拳の爪に血が滲む…
レイダ……この名に関して、王家とデュバル家の者が言及する事は法度。
特に王は、秘匿している罪にも繋がる話になる為、この代の王家に関する言及自体が法度。
今のダリアがあるのは、レイダことデュバルの女傑のおかげと言っても過言ではなく、武の家門や、地方貴族、軍人や平民の間では、救国の戦女神と呼ばれて、小説や劇になる程に親しまれている。
デュバルも自領の女性軍人だけでなく、娘にも、そして未来の義娘にも同じ訓練を受けさせ、レイダの信念を繋いでいる。
だが、王命に背いた戦狂乙女と眉を顰め、レイダ元妃と呼ぶ貴族達も未だ多い事は事実。
名声と悪声に纏わる多くの二つ名を持ち、100年が経つ今も、ダリアだけでなく、大陸内で語り継がれるレイダの伝説だが、その真実までは語られていない…
ーー齢14で初陣したデュバル海戦
『我はダリアの王太子妃となるレイダ・ファン・デュバル也っ!ルスカス殿下が担う次代のダリアの為!剣を掲げよっ!ダリアに未来をっ!!』
『『『『『『『オオオォォッ!!!』』』』』』』
紺青のドレスを纏い、金扇を広げ掲げた令嬢の幼くも力強い声に、紺青の軍団が雄叫びを上げる。
父と兄と共に軍を率いたレイダは、未来の王太子妃の矜恃をドレスに顕示し、その身に纏って戦場に立つ事で、味方を鼓舞し、敵を怯ませた。
ルスカスが率いる騎士団と王国軍は王都を、セイド陸軍は戦争に乗じて山から侵略されるのを防ぐべく国境を守り、3年後にデュバル海戦は終戦。
国の復興も順調に進み、国を挙げての結婚式に国が湧いた5年後に領土戦が勃発ーー
『………ルスカス…?』
己が手で大切なものを護ると、レイダと共に戦場に立ち続けたルスカスは、敵の剣に散った。
『ゔああああぁぁぁぁっっ……!!!』
レイダの慟哭は、敵の最後の1人が倒れるまで戦場に響き続けたという。
『レイダ、其方は臣民の支持が高い。立太子する第二王子の妃となって、これからも国に尽くす様に』
『私は、己が手で守る者。レイダ・ダリア=デュバル。謹んで、拝辞申し上げます』
城の一番安全な場所で守られる王族でも、都で贅に興じる貴族でもなく、血に濡れた戦場で騎士や軍人達と共に国を守る道を選ぶと、王命を拒んで離城したレイダは、デュバルへ退く。
『お願い…この子を、ルスカス様と私の子を守って…』
デュバルの地で産んだ子供を家族に託し、レイダは再び領土戦の戦場へ。
『己が胸に抱いたものは己が手で守れっ!!』
戦後も海へ出て国を守り続け、海賊との戦いで最期を迎えるまで、我が子に会う事はなかった。
兄の子として育てられた息子は公爵家を継いだが、生涯独身を貫き、表に出る事も一切ないまま、早々に姉夫妻に家督を譲り、母と同じく海へと出てダリアを守り続けた。
金髪碧眼の公爵の存在は、デュバル家と代々の王のみが知る史実。
誰も知らないレイダとデュバルの真実ーー
「…口を慎め…陛下の御前だぞ」
「「「「「?!」」」」」
「リープ前伯爵。御宅の孫息は、オレリア嬢に懸想しているが、フランと婚約を解消した暁には、孫嫁として傲慢で無責任な令嬢を迎えると?」
「……カ、カッシアが…?オレリア嬢を?」
「ノイン侯爵とダチェラ侯爵、ウィール伯爵にドルマン伯爵の令嬢は、無理を通してオレリア嬢の妃教育に同席していた様だが?いつの間にか見かけなくなったな…」
「「「「………」」」」
「俺も子供の教育に関しては大きな事は言えないが、貴殿等よりは子供達の現状を把握しているし、それに応じた言動を心掛けている。己の子の事を棚に上げて、喚く事はしない」
「…オレリア嬢の言葉は、其方等を不安にさせるかもしれんがな、フランも同じくそれを望んでおる。先も分からない事に目鯨を立てて詰め寄って、フランが王太子の座を降りると申したら、其方等は責任を取れるのか?其方等が、そうして騒いでいる事も、捉えようによっては傾国を迎える行為に等しいと、今一度、己の言葉を顧みよ」
「「「「「「………」」」」」」
ーーー
狸共を退け、咽び泣くユリウスをフーガが連れて行き、護衛も影も下がらせた執務室のテラスで、夏の終わりを告げる生温い風に当たる。
「陛下。この度は娘の事でご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
頭を下げたオーソンの風に揺れる髪は、レイダと同じ白金髪。
ルスカスとレイダの血は途絶えても、信念は途絶えていない。
「頭を上げろ、オーソン…よく、耐えたな…」
「側妃名簿を作らないでと、娘に泣かれましてね…願いを聞いてやれない事に比べたら、あの程度の言葉は…娘の涙の方が堪えました」
「ハハッ…オレリア嬢が我儘を言って泣くなんて、いい傾向ではないか」
「そうですね。幼い頃を思い出しました」
「……レイダ妃の事も、よく耐えてくれた。感謝する」
真実を知ったところで、貴族達は王家を欺いたとデュバルを責め、民達はレイダと子に非道な人生を強いた王家を責めるだろう。
ただ1人を愛し、我が子の存在が戦いに疲弊する国の内紛の種にならない様秘匿した、国を思うレイダの心に目を向ける者はいない。
「?!陛下?!頭をお上げ下さいっ!」
「余は、レイダ妃の様には生きられん…夫を亡くし、我が子を抱けず、悲しむ間もなく戦場に立ち続け……国の為とはいえ、余なら心折れる…」
「『私の夢見た未来は潰えたが、ルスカス様の夢は潰える事はない、私がさせない』」
「……それは…?」
「戦線復帰には時期尚早と止めた家族に、レイダ妃が言った言葉です。屋敷の禁書庫にある兄公爵の日記に記されてました」
「…そこまでせねば、ならんかったのか……」
「レイダ妃の日記には『愛する人の妻でいたいだけだった』と……国ではなく、ルスカス殿下との愛を選びましたが、子を身籠っていた事を知ったレイダ妃は、国の混乱を防ぐ為、子の命を絶つ事も考えたそうです。が、それも出来なかった……守って欲しいと涙を流すレイダ妃から、子供を託されたと…愛を選んで城を出て、子供を置いて戦場へと戻って…我儘で、愛おしい妹だと、兄公爵の日記に記されておりました」
「そんなもの…我儘でもっ、何でもない…っ……」
迫り上がる熱いものを堪えられない…
ルスカスの死に嘆き、背を向けたレイダに絶望した父王は、アデラ島で禁忌を犯した。
真実を知ったのはレイダの死後。
兄公爵の口から、父王夫妻と王太子となった弟だけに語られたレイダの全てに、3人は涙を流して、悔いた。
レイダの籍と亡骸を、ルスカスの元に戻した父王は、早々に王位を継承。
王妃と共にデュバル領の別邸へ向かい、孫の姿を静かに見守りながら隠居生活を送った。
新王となった弟は、デュバルに国の守りに重きを置く様命じ、議会出席と社交、子供の学園入学を無期限免除とし、影にはデュバルへの接近を禁じて、甥とデュバルを守った。
「まだまだ先の話ではありますが、殿下に王位を譲ったら、3人に会いにいらして下さい」
歴代の王家が並ぶ王城の画廊には、ルスカスとレイダの肖像画だけがない。
敵の剣に倒れた王太子と、王命に背いた妃の肖像画など縁起が悪いと、貴族達から反発が出た為、誰の目にも届かない、霊廟の地下室に下げられたのだ。
「叶えられなかった妹の夢を、どんな思いで描いたのか……美しい絵なのだろうな…楽しみだ…」
ルスカス、レイダ、息子のソル…レイダ妃の兄だった公爵が描いた3人は、デュバル領の屋敷の宝物庫にひっそりと飾られている。
「ええ、娘の一番のお気に入りです」
絵の中の3人が笑顔であって欲しいと、心から願う。
思いの外、早かったな…
朝一番に謁見の許可を求めてきたのは、領地経営より社交に重きを置く、ダリアでは中央貴族と呼ばれる当主達。
子供達からの報せに驚いたと、眉間に皺を寄せ、鼻息荒く事の顛末を説明しているが、全て影から報告済。
こうしている間にも書類はどんどん溜まっていくというのに…
カップを手に取りながら、隣りの執務室に繋がる扉に目をやり、お紅茶と一緒に溜め息を飲み込む。
おかわりを頼もうにも侍女はおらず、ラヴェルとイアンは置き物と化し、ユリウスは臨戦態勢。
当主達の話に、首肯しながら目を伏せるフーガとオーソンは、神妙にも見えるが実は笑いを堪えている。
甥が魔物を連れて来たら、オレリア嬢と話す時間を作ってやって欲しいとヴォーグに頼んではいたが、影の報告にあったのは、流石はフランと言うべきか、予想もしていなかった展開。
そして、オレリア嬢の宣言は、何度聞いても…
「…オレリア嬢がな…フッ…ハハッ…」
「ハハハッ…よく言った!」
「スナイデル公爵!何が、よく言ったですかっ!陛下も!笑い事ではありませんぞ!」
「王妃陛下に気に入られているからと勘違いも甚だしい!正妃となる者が、側妃を認めないだなんて…ダリア王家の血が絶えても構わないと、宣言したも同然なのですよ!」
法であると説いた上で、互いにかけがえのない存在だと宣言しただけの事。
側妃を認めないとも、迎えないとも言ってはおらんだろ…
子供が歪曲して伝えか、それとも歪曲して捉えたか、いずれにしても手前勝手な解釈をして責めるのが貴族というものだが、その言葉に責任を持てる者は少ない。
「デュバル公爵、それから宰相閣下も。事は大きいですよ?公より私を優先するなどと宣った…この責任をどう取られるおつもりで?」
名を呼ばれたユリウスが身を乗り出そうとするのを、左側に座るフーガが腕を取って押さえ、右側に座るオーソンが口を開く。
「そうですね…先ずは本人の話を聞いてーー」
「デュバル公爵!何を悠長な事を言っているのですかっ!正妃となる者が側妃を拒むなど前代未聞。唯一などと宣って、傲慢な上に無責任極まりない!母親がいないからと、甘やかし過ぎではないですか?社交界に戻られて浅いとはいえ、教育はきちんとして頂かないと!」
「それとも、その身勝手さはデュバルの伝統ですかな?レイダ元妃は王命に背いて、傾国の危機を迎え入れましたしね。何れにせよ、レイダ元妃もオレリア嬢も、どちらも王太子妃の器ではないという事ですな」
「何とっ?!妹や姪だけでなく、レイダ妃までも冒涜するかっ!貴殿等には、カイエンとデュバルから、正式に抗議をーー」
「義兄上…いいのです」
「オーソンッ!お前は、妻を!娘をっ!先祖までをも冒涜されて黙っていると言うのかっ!…っ…っ何とか言わんか!オーソンッ!…っ……~~っ陛下っ!」
血走った眼から涙を流してユリウスが叫んでも、オーソンは静かに首を振って微笑むだけ。
「「………」」
握り締めた拳の爪に血が滲む…
レイダ……この名に関して、王家とデュバル家の者が言及する事は法度。
特に王は、秘匿している罪にも繋がる話になる為、この代の王家に関する言及自体が法度。
今のダリアがあるのは、レイダことデュバルの女傑のおかげと言っても過言ではなく、武の家門や、地方貴族、軍人や平民の間では、救国の戦女神と呼ばれて、小説や劇になる程に親しまれている。
デュバルも自領の女性軍人だけでなく、娘にも、そして未来の義娘にも同じ訓練を受けさせ、レイダの信念を繋いでいる。
だが、王命に背いた戦狂乙女と眉を顰め、レイダ元妃と呼ぶ貴族達も未だ多い事は事実。
名声と悪声に纏わる多くの二つ名を持ち、100年が経つ今も、ダリアだけでなく、大陸内で語り継がれるレイダの伝説だが、その真実までは語られていない…
ーー齢14で初陣したデュバル海戦
『我はダリアの王太子妃となるレイダ・ファン・デュバル也っ!ルスカス殿下が担う次代のダリアの為!剣を掲げよっ!ダリアに未来をっ!!』
『『『『『『『オオオォォッ!!!』』』』』』』
紺青のドレスを纏い、金扇を広げ掲げた令嬢の幼くも力強い声に、紺青の軍団が雄叫びを上げる。
父と兄と共に軍を率いたレイダは、未来の王太子妃の矜恃をドレスに顕示し、その身に纏って戦場に立つ事で、味方を鼓舞し、敵を怯ませた。
ルスカスが率いる騎士団と王国軍は王都を、セイド陸軍は戦争に乗じて山から侵略されるのを防ぐべく国境を守り、3年後にデュバル海戦は終戦。
国の復興も順調に進み、国を挙げての結婚式に国が湧いた5年後に領土戦が勃発ーー
『………ルスカス…?』
己が手で大切なものを護ると、レイダと共に戦場に立ち続けたルスカスは、敵の剣に散った。
『ゔああああぁぁぁぁっっ……!!!』
レイダの慟哭は、敵の最後の1人が倒れるまで戦場に響き続けたという。
『レイダ、其方は臣民の支持が高い。立太子する第二王子の妃となって、これからも国に尽くす様に』
『私は、己が手で守る者。レイダ・ダリア=デュバル。謹んで、拝辞申し上げます』
城の一番安全な場所で守られる王族でも、都で贅に興じる貴族でもなく、血に濡れた戦場で騎士や軍人達と共に国を守る道を選ぶと、王命を拒んで離城したレイダは、デュバルへ退く。
『お願い…この子を、ルスカス様と私の子を守って…』
デュバルの地で産んだ子供を家族に託し、レイダは再び領土戦の戦場へ。
『己が胸に抱いたものは己が手で守れっ!!』
戦後も海へ出て国を守り続け、海賊との戦いで最期を迎えるまで、我が子に会う事はなかった。
兄の子として育てられた息子は公爵家を継いだが、生涯独身を貫き、表に出る事も一切ないまま、早々に姉夫妻に家督を譲り、母と同じく海へと出てダリアを守り続けた。
金髪碧眼の公爵の存在は、デュバル家と代々の王のみが知る史実。
誰も知らないレイダとデュバルの真実ーー
「…口を慎め…陛下の御前だぞ」
「「「「「?!」」」」」
「リープ前伯爵。御宅の孫息は、オレリア嬢に懸想しているが、フランと婚約を解消した暁には、孫嫁として傲慢で無責任な令嬢を迎えると?」
「……カ、カッシアが…?オレリア嬢を?」
「ノイン侯爵とダチェラ侯爵、ウィール伯爵にドルマン伯爵の令嬢は、無理を通してオレリア嬢の妃教育に同席していた様だが?いつの間にか見かけなくなったな…」
「「「「………」」」」
「俺も子供の教育に関しては大きな事は言えないが、貴殿等よりは子供達の現状を把握しているし、それに応じた言動を心掛けている。己の子の事を棚に上げて、喚く事はしない」
「…オレリア嬢の言葉は、其方等を不安にさせるかもしれんがな、フランも同じくそれを望んでおる。先も分からない事に目鯨を立てて詰め寄って、フランが王太子の座を降りると申したら、其方等は責任を取れるのか?其方等が、そうして騒いでいる事も、捉えようによっては傾国を迎える行為に等しいと、今一度、己の言葉を顧みよ」
「「「「「「………」」」」」」
ーーー
狸共を退け、咽び泣くユリウスをフーガが連れて行き、護衛も影も下がらせた執務室のテラスで、夏の終わりを告げる生温い風に当たる。
「陛下。この度は娘の事でご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
頭を下げたオーソンの風に揺れる髪は、レイダと同じ白金髪。
ルスカスとレイダの血は途絶えても、信念は途絶えていない。
「頭を上げろ、オーソン…よく、耐えたな…」
「側妃名簿を作らないでと、娘に泣かれましてね…願いを聞いてやれない事に比べたら、あの程度の言葉は…娘の涙の方が堪えました」
「ハハッ…オレリア嬢が我儘を言って泣くなんて、いい傾向ではないか」
「そうですね。幼い頃を思い出しました」
「……レイダ妃の事も、よく耐えてくれた。感謝する」
真実を知ったところで、貴族達は王家を欺いたとデュバルを責め、民達はレイダと子に非道な人生を強いた王家を責めるだろう。
ただ1人を愛し、我が子の存在が戦いに疲弊する国の内紛の種にならない様秘匿した、国を思うレイダの心に目を向ける者はいない。
「?!陛下?!頭をお上げ下さいっ!」
「余は、レイダ妃の様には生きられん…夫を亡くし、我が子を抱けず、悲しむ間もなく戦場に立ち続け……国の為とはいえ、余なら心折れる…」
「『私の夢見た未来は潰えたが、ルスカス様の夢は潰える事はない、私がさせない』」
「……それは…?」
「戦線復帰には時期尚早と止めた家族に、レイダ妃が言った言葉です。屋敷の禁書庫にある兄公爵の日記に記されてました」
「…そこまでせねば、ならんかったのか……」
「レイダ妃の日記には『愛する人の妻でいたいだけだった』と……国ではなく、ルスカス殿下との愛を選びましたが、子を身籠っていた事を知ったレイダ妃は、国の混乱を防ぐ為、子の命を絶つ事も考えたそうです。が、それも出来なかった……守って欲しいと涙を流すレイダ妃から、子供を託されたと…愛を選んで城を出て、子供を置いて戦場へと戻って…我儘で、愛おしい妹だと、兄公爵の日記に記されておりました」
「そんなもの…我儘でもっ、何でもない…っ……」
迫り上がる熱いものを堪えられない…
ルスカスの死に嘆き、背を向けたレイダに絶望した父王は、アデラ島で禁忌を犯した。
真実を知ったのはレイダの死後。
兄公爵の口から、父王夫妻と王太子となった弟だけに語られたレイダの全てに、3人は涙を流して、悔いた。
レイダの籍と亡骸を、ルスカスの元に戻した父王は、早々に王位を継承。
王妃と共にデュバル領の別邸へ向かい、孫の姿を静かに見守りながら隠居生活を送った。
新王となった弟は、デュバルに国の守りに重きを置く様命じ、議会出席と社交、子供の学園入学を無期限免除とし、影にはデュバルへの接近を禁じて、甥とデュバルを守った。
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歴代の王家が並ぶ王城の画廊には、ルスカスとレイダの肖像画だけがない。
敵の剣に倒れた王太子と、王命に背いた妃の肖像画など縁起が悪いと、貴族達から反発が出た為、誰の目にも届かない、霊廟の地下室に下げられたのだ。
「叶えられなかった妹の夢を、どんな思いで描いたのか……美しい絵なのだろうな…楽しみだ…」
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