王国の彼是

紗華

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剣術大会

198:剣術大会4日前〜眼鏡と敬語 ユーリ

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王城の隣りに位置する屋敷の門の前で馬を止め、深緑の軍服の門番に声をかける。

「おはようございます。今日も良い天気ですね」

「おはようございます、ギール卿。剣術大会まで、天気が保つといいのですが…」

軽く挨拶を交わし、頑丈な鉄扉の門を潜って馬を進めて行くと、温室の方向から歩いて来るヨランダと、花を抱えた侍女が目に入った。

「お客様がいらっしゃるそうだから、応接室は緑と橙のダリアで。山百合はエントランスに…お父様の執務室には…」

乗って来た馬から降りて、馬車寄せの馬繋ぎの環に括り、早足で歩を進める。

「おはよう、ベル?」

「?!ユーリ様っ?!」

「ハハッ…驚いてるね」

「お客様とは…もしかして、ユーリ様…?」

「そう、ベルに会いにね。この間の学園で話せなかった事が心残りでね…とは言え、殿は、様だから?ベルには、今日の俺の訪問は、独りよがりにしか映らないかな…」

フランの婚約者であるオレリア様には影がついているから、その周りの人間の言動は全て筒抜け。あの日のヨランダとエレノア嬢の会話も、当然、報告に上がっている。

俺と共に霞んでいたと言われたフランの引き攣った顔を思い出しながら、ヨランダを見下ろすと、目を泳がせながら口を開いた。

「なっ?!…何の事で、ございましょう…」

影の報告でバレているという自覚はあるのだろう…恍けながらも、バツの悪そうに目を逸らすヨランダに失笑が漏れる。

「…ック……隠しても無駄だよ。愛するベルの事は、全て知っているんだから…ね?」

俺も影だからね…

「~~っ…ユ、ユーリさーー」

「おおっ!待っていたよ、ユーリ!」

エスコートしながら入った玄関ホールで、ヨランダを遮る大きな声……向けた視線の先、階段を降りて来るセイド陸軍元帥閣下を、騎士礼で迎える。

「おはようございます、閣下。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」

「……ユーリ様…お父様に会いにいらしたのですね…」

ジトリ目を向けるヨランダに、溜飲が下がる。
令嬢達のネイトへの熱狂振りは知っていても、婚約者に霞むと言われるのは面白くない。

まあ…少し、大人気なかったかな…

「プハッ…すみません…本日は、領婿教育を受けに参りました…ですが、こうしてヨランダ嬢にお会い出来た事は…僥倖ですよ?」

閣下の前だからと、敢えて敬語を使ったのだが、胸を押さえて唸るヨランダには効果的面だった様だ。

「うっ…知的眼鏡からの敬語……なんっ…て、破壊力なのっ!」

「……何を、言ってるんだ?」

未知の生物に向ける様な目でヨランダを見る閣下に、苦笑いが零れる。

偶に会うヨランダの言動に着いて行けないと、溜め息を零していたのはいつだったか…

デュバルは、後継の小公爵夫妻が領地の仕事を殆ど受け継いでいる為、デュバル元帥閣下は王都を拠点に生活しているが、セイドは後継である学生のヨランダと、婚約者の俺もフランの専属護衛をしており、領地の仕事を任せられる状況にない事から、閣下が王都に出向いて来る事は殆どない。

だが、俺とヨランダが婚約した事で、ヨランダは本格的に後継としての教育に入り、結婚後は、俺は近衛を辞して領婿となりセイド陸軍を纏める立場となる……今日もその為の領婿教育を受けに来たのだが…?

「俺もまだまだ現役でいける。娘との結婚後も、暫くの間は、殿下の専属と陸軍将軍を兼任するといい」

「…兼任…ですか?」

「高速艇を使えば、セイドの領地は直ぐだ。何かあっても対応は可能。それに、殿下も結婚後からの方が大変だろうからな…公私共に支えてとなる存在は、1人でも多いに越した事はないだろう?」

「それは…そうですが…」

「ヨランダにも、妃殿下となるオレリア嬢の支えになってもらいたい……儂が男でなく、女だったら…オーソンの伴侶に…いや、オーソンが女だったら、儂が領婿となったのに…」

オレリア様の話は何処へ行った…?

閣下のデュバル至上主義は筋金入り。
まあ、国の双璧が不仲よりは全然いいが、俺は果たしてそこまで尽くせるだろうか…

「……っ…」

その心配はないらしい…不意に過ったレイダ妃の肖像画に、熱いものが迫り上がる。

「?!どうしたっ!ユーリッ?!」

「いえっ…閣下の思いに…っ…心打たれて…お見苦しい姿をお見せして…っ申し訳ありません…」

「……ユーリッ…ぐっ…っ…」

家名に誓った手前、レイダ妃の名前を出す事は出来ない。
咄嗟に吐いてしまった嘘に罪悪感を感じるが、顔を歪めて泣き出した閣下に余計に泣きたくなる…

「………これは…何事ですの?」

お茶を用意して来たヨランダに、未知の生物に遭遇した様な目を向けられながら、今日の領婿教育を終えた。


ーーー


「先程は、お見苦しい姿をお見せしてしまい、失礼しました」

「うっ…だからっ…眼鏡に敬語っ……い、いえ…父もデュバルの事となると、思考も涙腺も機能致しませんの…なので、お気になさらないで下さい」

「フッ…フハッ…ックク…」

「…笑わないで下さい…」

「すみません…貴女の反応が可愛らしくて…誰にも屈する事のない、貴女のこんな表情を…私だけが見れるんですね…」

「何なのっ?!ご褒美という名の、拷問?!」

オレリア様が静なら、ヨランダは動。
誰にも臆する事なく、自信に満ち溢れ、常に獲物を求めて目を光らせる姿は猛禽類の如く。

そんなヨランダが、俺の前でコロコロ表情を変えながら震える様に愉悦を覚える…加虐嗜好はないが、揶揄いたくなるのは男の性。

「ヨランダ嬢…漸く2人になれたのですから…ちゃんと私に集中して…?」

「し、集中…しております……あの、ユーリ様……今更ではございますが…何故、私からの打診をお受けに…?」

本当に今更だろ…


『ヨランダ・ファン・セイドですわ。イアン団長様はおいでになって?』


あの日、巻き込まれる形で同席した、我が団長を震撼させる令嬢達とのお茶会?は、想像以上に神経を使った…が、大いに眼福でもあった。


『これが最後であります様に…ジュノー様、私に慈悲を…』

『今日も、我が団長様にご令嬢の面会だ』


女神に見放されたイアン団長の補佐として、そして何より、己が楽しむ為…ニヤける口を押さえながら向かった先で、聞いてはならない告白を耳にした時は、流石に顔が青ざめた。


『好きなの………あの日を堺に、私の日常は変わってしまった…心穏やかな楽しいばかりの日々は、ふとした時に訪れる寂寥を持て余す日々になって何も手に付かない…小説みたいな身を焦がす様な恋じゃなくていいの、その目に私を映して、そして笑って欲しいだけなの……お願い……私を拒まないで…』


頭を過ったのは不倫の二文字。
何て大それた事をと思う反面、想い告げる声の切なさや、絞り出される想いに、聞いてるこっちの胸が痛み、勝気な令嬢の今にも泣き出しそうな顔に、胸が締め付けられた。

その想いが己に向けられていると知れば、断るという選択肢はない。

影として、ローザの動向を探り易いというのも否定出来ないけどね…

「貴女と……そう思ったからですよ…?」

「~~~っ…既に!丸焦げておりますわっ!」

「それは大変だ!何処が焦げてしまったのか確かめないと、いけませんね…?」

「ど、何処っ?!いえ、気のせいでしたわっ、何処も焦げておりませんっ…」

「それなら、安心しました」

「ですからっ…騎士の、知的眼鏡の敬語っ…くっ…」

「ご所望とあらば、このままで」

「大いにご所望ではありますが?私の身が保たないのですっ!」

身を焦がす恋は…程遠いな…


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