王国の彼是

紗華

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剣術大会

193:剣術大会7日前〜辛い ヨランダ

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今日は縦ロールで正解だった様ね…

「うわ…悪女顔…」

「…縦ロールがうねってる…」

うねってないわよ…まあ、この2人は後でいいわ。
先ずは、勝ち誇った顔でクロエを見送る小鼠を仕留める。

「…で?クロエに何の言いがかりを付けてくれたのかしら?」

「…ヨランダ様には、関係のない事でございます」

「そう…?なら、エイデン?心ゆくまでお話をどうぞ…?」

「えっ?!いや…クロエ嬢が……っはぁぁ……心ゆくまでと言われても、存じ上げない方なので…とりあえず、挨拶からで、いいですかね…?」

クロエの去った方向を見ていたエイデンに声をかけると、肩を揺らして揺らして振り返り、それどころじゃないだろうという表情で大きく溜め息吐いた。

カーラの愚妹の期待に満ちた顔を見て後退ったエイデンは、先ずは挨拶などと律儀な事を言っているけれど、この場で公開お見合いでもする気なの?

「ネイト様によく似た面差しで間抜けな事を言わないで下さらない?それに、存じ上げない?婚約者なのでしょう?」

「違いますっ!そもそも婚約者なんていませんよっ!」

「エイデン様?何を照れていらっしゃるのです?馬の品評会で、ご挨拶させて頂きましたよね?あの時、私の馬の世話をして下さると仰って下さいましたよね?」

そういう意味で仰ったのでしょう?と、頬を染めながら身体をくねらせるカーラの愚…面倒だから小鼠でいいかしら?チュウチュウと五月蝿い鳴き声がそっくり。

「馬…?確かに、貴族家から乗馬用の馬を預かって世話をしていますが…」

小鼠の言う事なんて流せばいいのに、腕を組んで考え込むエイデンの真面目さに溜め息が零れる。ジャンとソーマも苦笑いを浮かべながら、両側からエイデンの肩をポンポンと叩いた。

軍馬で有名なソアデンは、乗馬用の馬や馬車を引く輓馬の飼育も高く評価されている。
王都では、軍馬と乗馬用の馬を屋敷の敷地内で飼育する際に許可証を必要とする為、多くの貴族がソアデン家の乗馬クラブに馬を預けて乗馬を楽しんでいるのだが…

「妄想甚だしいわね…馬の世話と自身の世話を一緒にしているの?なら、貴女の居るべき場所は学園ではなく厩舎なのでは?」

「なっ?!」

「それと?エイデンは騎士なのよ?貴女の馬の世話なんて…エイデンを馬鹿にしているのかしら?」

「そ、その様なつもりでは…」

「その様でなければ、どの様なつもりなのかしら?それと?エイデンは貴女の事を知らないと言っているけれど?本当に婚約しているの?家は通したの?貴女の妄言なのでは?」

「妄言だなんて…当主の名で!申し込んでおります!」

ウィール伯爵は、長女のカーラを側妃に、小鼠を王宮騎士団長の親戚であるエイデンにと画策しているのか…

「だからと言って、返事もない内から婚約者面とは…その化粧並みに、顔の皮も厚い様ね?」

「~~~っ何ですって?!」

「容赦ないな…」

「辛口が過ぎるだろ…」

手応えがなくてつまらないわ…

顔に塗りたくった白粉が厚過ぎて、怒りに赤く染まる耳ばかりが目立っている。
顔の作りは悪くないだろうに、軽石の様に軽い脳味噌と、厚い化粧が色々な意味で残念ね。

「手順を踏んで家名で申し込まれたのであれば、お返事を待たなければね?その様に先走っていると、断られた時に恥をかくのは貴女よ?」

漸く自分の置かれた状況に気付いたのか、表情に焦りが出てきたけれど…まだまだよ…

オレリアを慕うクロエは、衣装の雨曝し事件以降、オレリアと2人で可哀想なくらい落ち込んでいた。
三科合作の剣舞の話をした時に、漸く笑顔を見せてくれて、魔術科の交渉でも頑張っていたのに…この際、エイデンはどうでもいいけれど、クロエに関しては黙っていられないわ。

「それから?クロエに勘違いな嫉妬をしている様だけれど?エカルト家は、デュバル海軍の参謀職を務める、建国当時から続く由緒ある伯爵家なの。家格は同等でも、子爵から陞爵したウィール家とは歴史の重みから違うのよ。エカルトは勿論、デュバルからも抗議文が送られると、お父様にお伝えしておいた方が…よろしいわね…?」

「そんなっ?!私は、家の歴史なんて知らなくてーー」

「知らないから許されると?無知であるなら、それを自覚して大人しくしていればいいものを…覚悟しておきなさい。それからもう一つ、クロエは文官派なの」

デュバル海軍のブレイン、参謀職を代々務めるエカルト家は、歴とした文官家系。

クロエ自身も読書が好きで、集めている絵姿は文官ばかり、楚々とした雰囲気に愛くるしい容姿は、私の癒しになっている。

「えっ?!何それっ?!」

背後から聞こえた大きな声に肩が揺れる。
あんたの代わりに相手をしてやっているのに、後ろから奇襲ってどういう了見よ。

「……何よ」

「い、いえ…」

文官派…と力なく呟くエイデンは、もしかして…もしかするの?

王城でネイト様と2人並ぶ姿を見るのを楽しみしていたけれど、グレーの軍服でなく紺青の軍服を着る事になるかしら…?
であれば、此処で下らない時間を過ごしている場合じゃないわ!

「それでは、小ネズ…妹さん?カーラによろしく?」

「…小鼠って言おうとしましたよね…」

「勝利の高笑いはしないんだ…」

「ジャン、ソーマ…放課後の手合わせが楽しみね…?」


ーーー


他国から取り寄せた花や、木、学園視察の礼にと贈られた鳥達が囀る温室が、クロエのお気に入りの場所。そうとは知らないエイデンは、クロエを探しに行くと反対方向へ走り出して行った。

性根が悪いと顔を引き攣らせる2人を連れて先回りした温室で、ハンカチで目元を拭うクロエを見つけ、抱き締めたいのを堪えて木陰に身を潜める。

「ちょっと…押さないでよっ…」

盗み見なんて趣味が悪いと言っていたくせに、随分と乗り気じゃないの!

「縦ロールが痛いっ…振り回さないで下さいよ」

のし掛かる様にグイグイ押されるのを、文句を言いながら押し返すと、頬を押さえたソーマに苦情を返された。

「最早、凶器だな…」

「何ですっ…ふぇっ?!」

静かにと扇を押し付けながら、私を後ろに追いやる2人は、日に日に遠慮がなくなってきている。
懐かしさと、ぞんざいな扱いに苛立ちながら2人の背中にのし掛かると、ひしゃげた蛙の様な声を出して場所を空けてきた。

場所を取り合い、譲り合いと悶着しながら待つ事一刻半…

何処を探して走り回っていたのか、肩で息をするエイデンが登場した時には、遅いと文句を言いに出そうになったわ。

「……やっとっ…見つけた…」

「…エイデン…様?どうして此処に…じ、授業は?」

「私の所為で、不快な思いをされた事を謝りたくて…探していました」

「……エイデン様の所為ではございません。私が短慮だったのです。交渉が成立して嬉しくて、仕掛け遊びに挑戦しようなんて…婚約者様がいらっしゃる事を存じ上げなかったからとはいえ、軽率でした…申し訳ありません」

「先ず、私に婚約者はおりません。それから、交渉に同行してくれた事には感謝していますし、仕掛け遊びも、童心に返って楽しめました…罰ゲームの激辛ジュースは…勘弁でしたが…」

「…フハッ…そうですね…今なら火を吹けると仰っていましたしね?」

「そう言うクロエ嬢も、泣きながら中辛キャンディを舐めてましたよね?」

「思い出しちゃうから言わないでっ…舌が真っ赤になってヒリヒリして…昨日も1日、上手く話せなくて…大変だったんです」

「ハハッ…私も、食事の味が分からなかったです」

何なのよ、この会話は…

「辛い話ばかりじゃないのよっ!甘い話をしなさいよっ!!」

「「「「ヨランダ(嬢)(様)?!」」」」

…やってしまったわ…







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