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02. 愚かな選択

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「はあ……魔術ができて良かった」
「お、お嬢様!?」


 全速力で走った事と転移で魔力を多く使ったせいで、ぜえぜえと息を荒くしてベッドに倒れ込む。お気に入りのベッドカバーを見て無事に転移が成功した事を確認すると、ホッと一息ついた。成功して良かった。


 そんな疲れ果てている私を見て、クローゼットを整理していたメイドのマリーが急いで駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか? お嬢様!」
「大丈夫よ! それより私が良いと言うまで、誰も部屋に入れないで! 悪いけどあなたもよ!」
「は、はい!」


 マリーは大慌てで部屋から出ていき、私はエドワード様が転移で追ってこないよう、急いで部屋に結界を張る。


「こ、これで、ひっく、思う存分、泣けるわ」


 部屋中に響き渡る声で号泣していると、今度は抑え込んでいた怒りが出てくる。本当に私って自分勝手。エドが言った事は間違ってないのに。頭ではそう思っていても、湧いて出てくる怒りは止められない。


「何よ! あんな完璧な王女様がいるなら、初めから私と婚約しなきゃいいじゃない! それにエドが私を選んだのに!」


 クッションを掴みボスボスとベッドに叩きつけていると、無意識に持って帰ってきたバスケットが目に入る。色とりどりの美しいケーキと不格好な手作りクッキー、上品なドレスと普段着ドレス。悲しいほどに惨めな自分を思い出すと、また涙が出てくる。


「わざわざ王女様の前で言わなくてもいいじゃないの……」


 ポロリと最後の一粒がこぼれ落ちた。
 それでもなんとか暗い気持ちを振り払うように、勢いをつけてベッドから降りる。


「よし! 決めたわ! エドに魔術トラップを仕掛けましょう!」


 どうせ明日には王家から婚約破棄の連絡が来て、親同士で手続きをするはずだわ。そうしたら伯爵令嬢の私なんて、王子のエドと2人で話す機会はもう無いと思う。


 それならいっそ最後に魔術トラップが入った恨みつらみを書いた手紙を、お父様から渡してもらいましょう! 今までの感謝の手紙とでも言えば、さすがに受け取ってくれるでしょうし。


「だって隣国の美しい王女との結婚なんて、ものすごく祝福されるわ! 私なんて明日から社交界の噂のまとなのに! エドだけずるい!」


 婚約解消後の社交界での居心地の悪さを考えると、すでに憂鬱で思わず頭を抱えてしまう。そんな明日からの自分を考えると、ちょっとくらい驚かしたって良いのでは? という気がしてくる。


「そうと決めたら、早く取り掛からなきゃね!」


 早速引き出しから一番上質なレターセットを取り出し、エドへの恨み言を書き始める。いつもなら倍以上はかかるのに、今回はあっという間に手紙を書き終えてしまった。


「人って恨み言はこんなに早く書けるものなのね」


 封筒に入れ最後に「エドワード様へ」と書き、封をする。最後の手紙だと思うと胸がチクリと痛むけど、ブンブンと頭を振って気持ちを入れ替え魔法陣に取り掛かることにした。


「ふふ。大事なのはここからよ! エド、見てらっしゃい!」


 勢い良く魔術道具が入っている引き出しを開け羊皮紙とインクとペン、そしてさまざまな大きさの中から1番大きな魔石を手にする。


「まずは魔法陣を書かなきゃね」


 今回は1番大きな魔石を使うので魔法陣との相性を良くするために、指を傷つけインクに自分の血を混ぜた。そして羊皮紙を広げ、切れ目ができない様にゆっくりと魔法陣を書き始める。


「えっと、まずは魔石に込めた最大火力の私の魔力を利用して、魔獣の幻を召喚、最後は証拠隠滅で幻を消すっと」


 これで合ってるかな? と自分が書いた魔法陣を手に取り見直すが、驚くほど自信がない。召喚術は少し書き方が違うだけで失敗するし、そもそも幻を出すのは召喚魔法なのかしら?


「それにこれじゃあ魔法陣と魔石は残っちゃう。もしエドが大きな声で叫んだら、護衛騎士が駆けつけて幻を見てしまうだろうし。しかも私の仕業だとわかったら、王家への反逆罪になってお父様捕まっちゃう!?」


 少しだけ名残惜しく魔法陣を見つめた後、バンと音を立てて机の上に羊皮紙を置いた。


 やめたやめた! こんな事をしてもオルレアン家がお取り潰しになるだけじゃない! 怒りに身を任せて行動していたけど、手紙や魔法陣を書いたらだいぶスッキリしてきたわ。


 それに悲しいけどあの2人、お似合いだもんね……


 バカバカしい。片付けようと思ったその時、バタバタとせわしなく走る音が聞こえ私の部屋のドアがノックされた。


「サラ様! エドワード様がこちらにいらしております!」
「えっ!?」
「サラ開けてくれ!」
「ええ!! もうそこにいらっしゃるのですか!?」


 ど、どうしよう! エドワード様だって魔術がわかるのですから、魔方陣と魔石を隠さなきゃ! ああ! その前に手紙も!


 慌てた私は魔法陣の上にポンと魔石を置き、まとめてくるくると包むと引き出しに突っ込んだ。その瞬間ゾワリと、背筋に寒気が走る。


「え……?」


 ガクリと足の力が抜け、体から魔力がどんどん吸い取られているのを感じる。


「さっきの、魔法陣……」


 どうしよう。魔法陣に魔石をのせたままだから、私の魔力が吸い取られているんだ。インクに血を混ぜなきゃ良かった。さっき血がついた手で魔石を触ったから、石が血を吸い込んで私の魔力を吸う呼び水になっているのかも。


 なんとか魔石を取り出さなきゃ思っても、力がどんどん抜けていく。バタンと大きな音をたて、私の体は前のめりに倒れた。その音でドアの前のエドワード様が大きな声で叫び始める。


「サラ! サラ! どうしたんだ!? 大きな音がしたし、魔力を使っているのか?」


 ほとんど私の魔力を吸い取られたことで声が出せず、助けを求めることもできない。


「サラ! 結界を解いてくれ! サラ!!」


 カタカタと魔法陣を入れた引き出しが揺れている。


「エ、ド……逃げて……」


 馬鹿な私でも引き出しの中にいるものが幻じゃないことが感じ取れた。もう間に合わないだろう。


 キンと結界が破れる音と、扉を開ける音が同時に聞こえた。


「サラ!」


 私の世界は真っ暗になった。




 あ~やっちゃった~
 私って馬鹿! 本当に大馬鹿!


 たぶん私はあのまま召喚した魔獣に、1口で飲み込まれちゃったのでしょうね。しかもあの時結界を破ってドアが開いた気がするから、メイドのマリーやエドには気持ち悪いもの見せちゃっただろうな。


 エドを幻の魔獣でびっくり箱のように驚かすつもりだったけど、ものすごいもの見せちゃった。むしろびっくりしたのは、他ならぬ私なんて自業自得ね!


 それよりあの魔獣は私を食べただけで、ちゃんと消えたのかしら? もしエドワード様やマリーまで傷ついていたら……

 
どうしよう。2人どころか屋敷に居た人たちがみんな死んでたら。大変な事をしでかしたのに、みんなに謝ることができない。


 私が子供で愛想を尽かされたのに泣いて逃げ出して、挙句の果てに魔術で失敗して目の前で死んじゃうとか。エドワード様が言ったとおりダメすぎるわ。


 私の周りは辺り一面真っ暗だけど、不思議と怖くなかった。真夜中に毛布の中に顔まですっぽり隠れてるような気持ちで、うとうとしてくる。


 みんな、ごめんなさい。エドワード様。
 嫌われちゃったけど、私は好きだったよ。
 王女様と幸せになってね。
 本当は、これが伝えたかったの。


 私はゆっくりと瞼を閉じた。





 パチリと目を開けるとさっきまでの真っ暗闇ではなく、明るい室内にいた。


 ん? ここは、どこかしら? さっきまで真っ暗だったのに、ものすごく明るい。感覚的には1晩よく眠ったというところだけど、実際はどのくらい時間が経ったのかしら?


「う…うっうう」


 な、なに? この声! 怖い! どこから聞こえてくるの?
 慌てて辺りを見回すと、私の足元で誰かがうずくまっている。


「きゃっ! 誰?」
「サラ! ようやく僕のもとに戻ってきてくれたんだね!」


 私の足元で40歳くらいの金髪の男性が、キラキラとした喜びの目をして私を見上げていた。
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