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05. 自惚れと癇癪
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「これは! 違うんです! あの、そういう意味じゃなく」
思わず手紙を隠そうと手を伸ばすが、すり抜けてしまいできない。どうやら触ることはできるけど、掴むなど動かす事はできないみたいだ。
「いいんだ、サラ。僕はこの手紙に書かれているように、最低な事をしたと思ってる。実はあの時僕は本気でサラと婚約破棄しようとは思っていなかった。もともとソフィア王女は弟のアレクシスとの縁談でこちらに来てたんだけど、2人の会話を聞いたら焦ってしまってね」
エドワード様が恥ずかしそうに、あの日の事を話し始めた。
「2人はお互いの国がどう協力すればうまくやっていけるかなど、国の未来を考えていた。でも当時の僕達が話すことと言ったら、魔術のことばかりだっただろう? それでショックを受けたんだ」
「それならあの時エドワード様がおっしゃった事は、なにも間違っていないではないですか」
ソフィア様は第2王子のアレクシス様と結婚するにしても、王位を継ぐエドワード様の結婚相手はもっと真剣に国の事を考えている女性がならなくてはいけない。エドワード様が謝ることなんてひとつもない。
それなのにエドワード様は首を振って私の言葉を否定する。
「いやそれは違う。あの頃僕も魔術のことばかりしていて、勉強をさぼっていたんだ。完璧な八つ当たりで君だけが悪い様に言ってしまった」
エドワード様は嘘をついている。私だって妃教育を受けていて、ある程度エドワード様の進み具合を聞いていたから知っている。エドワード様は子供の頃から教育を受けていたぶん、ほぼ終わっていたはずだ。
それでもソフィア様やアレクシス殿下のやりとりを見て、焦ったのは事実なんだろう。師匠が私と婚約してからエドワード様がよく学びに来るようになったとも言ってたから、魔術ばかりになっていたのは本当かもしれない。
それでも今のエドワード様の状況を思うと、あの日エドワード様がした事の釣り合いが取れていない。
「本当にすまない。ソフィア王女と比べるような言い方をして、わざと君を傷つけた」
頭を下げるエドワード様にビックリして慌てて顔を上げさせようとするけど、私の手はすり抜けるばかりで役に立たない。
「やめてください! 謝らないでください!」
「じゃあ許してくれる?」
「許すも何もありません。あの時追いかけて屋敷まで来てくださった時には、ソフィア様とのこと応援する気持ちになってましたし」
「え? 応援はしないでほしいけど」
私が2人の結婚を応援しようとしていた事を知ると、エドワード様はみるみる悲しそうな顔になっていく。
「だってお庭でお茶をしているお2人は、美しい絵画の様でお似合いでしたから」
「あれは作った僕だから。本来の素の僕は君と一緒に師匠のところで魔術を学んでいる時だよ」
拗ねているのか少し口を尖らせている姿は、お父様と同じくらいの年齢なのに可愛いと思ってしまう。
「それに先にお茶をしていたのは、打ち合わせをしていたからなんだ」
「打ち合わせ?」
「その、君に婚約破棄とライバル登場をちらつかせて妃教育に力を入れてもらうために、演技の打ち合わせをしていたんだよ」
「そういえばあの後、どうするつもりだったのですか?」
「あの後は僕と婚約破棄をしたくなかったら、毎日妃教育を受けることと成果が出るまでは魔術禁止ということにするつもりだった」
それは辛いし頑張りそうな条件だわ。つくづく最後まで我慢して聞いていたらと思うと悔しいけど、私の性格ならやっぱりあの場から逃げていただろうな。
「自惚れていて恥ずかしいよ」
「え?」
「僕と結婚したかったら魔術もせずに頑張れだなんて、自惚れもいいところだよ。サラが怒って逃げるのも無理ない」
「ち、ちが」
そんな事はないと否定しようとしたその時、コンコンと扉がノックされ「エドワード様、お食事です」と声が聞こえてきた。
「ああ、もうそんな時間か」
そう言ってエドワード様が壁の小さな扉を開け、食事を取ってくる。トレーの中身を見たエドワード様はなんだか嬉しそう。お腹空いていたのかしら?ちょっと可愛い。
「サラ! 君の好きな苺があるよ!」
満面の笑みで教えてくれるエドワード様は、どうやら私の大好物を見たから喜んだみたい。食べれないと思うのだけど、私が喜ぶと思って嬉しそうにする姿に胸の奥が熱くなる。
「もう! エドワード様ったら。私は食べられないですよ?」
そう言ってクスクスと笑うと、エドワード様は「そうだった」とガッカリしている。それでも私が笑っているせいか、すぐに照れて笑っている。可愛い。
そっとトレーを覗くとエドワード様が手にしている食事は、貴族が食べるのと同じレベルだった。質素な物を食べさせられているわけじゃなくて安心する。
たっぷりの鹿肉のシチューに焼きたてパン、サラダも新鮮で美味しそう。小さなお魚にはソースが円を描くようにかかっていて丁寧に作られていた。
「デザートも豪華で良いですね! 今日は私を呼び出すのに魔力もいっぱい使ったのですから、たくさん食べてくださいね」
「ふふ、そうだね。今日の食事はすごく楽しい」
デザートのお皿を見ると生クリームがとろりとかかったスポンジに、いろんな種類のフルーツがトッピングされていた。なるほど、ここに苺も入っていたから喜んだのね。こんな小さな欠片の苺を見つけて喜ぶエドワード様に、何もしてあげられないのがつらい。気づくとどんどん暗い方向に考えてしまう。ダメダメ! 悲しんでいるより笑顔でいる方がいい! 気を取り直してもう一つのお皿を見ると、クッキーなどの焼き菓子が入っていた。
「あ! クッキー!」
「ん? どうしたの?」
クッキーを見て思わず声を上げる。ソフィア様との事が誤解だったなら、あの時のクッキー食べてほしかったな。
「実はあの日仲直りのために、クッキーを焼いていたんです。あまり美味しくできなかったけど、謝りたくて作ったので食べてほしかったです」
「ああ! あれは僕が魔術で保存して、10年かけて食べたよ! 美味しかった!」
てっきりエドワード様もクッキーの事は知らずに家のものが処理したと思っていたので、予想外の言葉が返ってきて驚く。
「え!ちょっとそれは……」
「あ、引かないでほしい」
戸惑う私に焦ったエドワード様は、手にしていたパンを置いて説明する。
「あの時サラの家の人から聞いたんだ。僕に食べさせるためにクッキーを焼いたって。本当にごめん。あんな状況じゃ出すこともできなかったよね」
「いいんです。その、あの時エドワード様達のテーブルにすごく綺麗なケーキがいっぱいで、恥ずかしくなって」
「あれは仲直りした後に2人で食べるように用意したものだったんだ。奥ではまだまだケーキが用意してあって」
そうだったんだ。今思い出してみれば、あそこにあったケーキは私の好物の苺を使ったものばかりだった気がする。
「今から考えたらあんな事言って、仲直りできると思っていたのが不思議なくらいだけど。15歳の僕は自惚れ屋で恥ずかしいよ」
淋しそうに言うエドワード様を見て、さっきの誤解をとかなきゃとブンブンと頭をふって否定する。
「私も子供でした! いつも癇癪起こしてエドワード様にご機嫌取ってもらって、それで甘えていたんです。妃教育だって真剣にやってなかった」
本当に子供だった。もちろん年齢もあるだろうけど、王妃になろうとする者があれではダメだ。それなのに私は泣いて帰って、あんな馬鹿な事して……でも正直な気持ちは伝えなきゃ! せっかくまた会えたのに、誤解されたままなんて嫌だ。
「それに! 私はエドと結婚できるなら、魔術だって我慢して妃教育を頑張ってた!」
エドの事が好きだったと伝えたかったけど、これが私のせいいっぱいだ。しょうがないよ。だって私15歳で止まってるんだもん。きっと生きていたら、顔は苺のように真っ赤だったことだろう。
ドキドキしてエドの顔を見ると、ポカンとしてこちらを見ている。何か言ってくれないかなと思っていると、予想外の言葉が返ってきた。
「サラ、僕、君とキスがしたい」
思わず手紙を隠そうと手を伸ばすが、すり抜けてしまいできない。どうやら触ることはできるけど、掴むなど動かす事はできないみたいだ。
「いいんだ、サラ。僕はこの手紙に書かれているように、最低な事をしたと思ってる。実はあの時僕は本気でサラと婚約破棄しようとは思っていなかった。もともとソフィア王女は弟のアレクシスとの縁談でこちらに来てたんだけど、2人の会話を聞いたら焦ってしまってね」
エドワード様が恥ずかしそうに、あの日の事を話し始めた。
「2人はお互いの国がどう協力すればうまくやっていけるかなど、国の未来を考えていた。でも当時の僕達が話すことと言ったら、魔術のことばかりだっただろう? それでショックを受けたんだ」
「それならあの時エドワード様がおっしゃった事は、なにも間違っていないではないですか」
ソフィア様は第2王子のアレクシス様と結婚するにしても、王位を継ぐエドワード様の結婚相手はもっと真剣に国の事を考えている女性がならなくてはいけない。エドワード様が謝ることなんてひとつもない。
それなのにエドワード様は首を振って私の言葉を否定する。
「いやそれは違う。あの頃僕も魔術のことばかりしていて、勉強をさぼっていたんだ。完璧な八つ当たりで君だけが悪い様に言ってしまった」
エドワード様は嘘をついている。私だって妃教育を受けていて、ある程度エドワード様の進み具合を聞いていたから知っている。エドワード様は子供の頃から教育を受けていたぶん、ほぼ終わっていたはずだ。
それでもソフィア様やアレクシス殿下のやりとりを見て、焦ったのは事実なんだろう。師匠が私と婚約してからエドワード様がよく学びに来るようになったとも言ってたから、魔術ばかりになっていたのは本当かもしれない。
それでも今のエドワード様の状況を思うと、あの日エドワード様がした事の釣り合いが取れていない。
「本当にすまない。ソフィア王女と比べるような言い方をして、わざと君を傷つけた」
頭を下げるエドワード様にビックリして慌てて顔を上げさせようとするけど、私の手はすり抜けるばかりで役に立たない。
「やめてください! 謝らないでください!」
「じゃあ許してくれる?」
「許すも何もありません。あの時追いかけて屋敷まで来てくださった時には、ソフィア様とのこと応援する気持ちになってましたし」
「え? 応援はしないでほしいけど」
私が2人の結婚を応援しようとしていた事を知ると、エドワード様はみるみる悲しそうな顔になっていく。
「だってお庭でお茶をしているお2人は、美しい絵画の様でお似合いでしたから」
「あれは作った僕だから。本来の素の僕は君と一緒に師匠のところで魔術を学んでいる時だよ」
拗ねているのか少し口を尖らせている姿は、お父様と同じくらいの年齢なのに可愛いと思ってしまう。
「それに先にお茶をしていたのは、打ち合わせをしていたからなんだ」
「打ち合わせ?」
「その、君に婚約破棄とライバル登場をちらつかせて妃教育に力を入れてもらうために、演技の打ち合わせをしていたんだよ」
「そういえばあの後、どうするつもりだったのですか?」
「あの後は僕と婚約破棄をしたくなかったら、毎日妃教育を受けることと成果が出るまでは魔術禁止ということにするつもりだった」
それは辛いし頑張りそうな条件だわ。つくづく最後まで我慢して聞いていたらと思うと悔しいけど、私の性格ならやっぱりあの場から逃げていただろうな。
「自惚れていて恥ずかしいよ」
「え?」
「僕と結婚したかったら魔術もせずに頑張れだなんて、自惚れもいいところだよ。サラが怒って逃げるのも無理ない」
「ち、ちが」
そんな事はないと否定しようとしたその時、コンコンと扉がノックされ「エドワード様、お食事です」と声が聞こえてきた。
「ああ、もうそんな時間か」
そう言ってエドワード様が壁の小さな扉を開け、食事を取ってくる。トレーの中身を見たエドワード様はなんだか嬉しそう。お腹空いていたのかしら?ちょっと可愛い。
「サラ! 君の好きな苺があるよ!」
満面の笑みで教えてくれるエドワード様は、どうやら私の大好物を見たから喜んだみたい。食べれないと思うのだけど、私が喜ぶと思って嬉しそうにする姿に胸の奥が熱くなる。
「もう! エドワード様ったら。私は食べられないですよ?」
そう言ってクスクスと笑うと、エドワード様は「そうだった」とガッカリしている。それでも私が笑っているせいか、すぐに照れて笑っている。可愛い。
そっとトレーを覗くとエドワード様が手にしている食事は、貴族が食べるのと同じレベルだった。質素な物を食べさせられているわけじゃなくて安心する。
たっぷりの鹿肉のシチューに焼きたてパン、サラダも新鮮で美味しそう。小さなお魚にはソースが円を描くようにかかっていて丁寧に作られていた。
「デザートも豪華で良いですね! 今日は私を呼び出すのに魔力もいっぱい使ったのですから、たくさん食べてくださいね」
「ふふ、そうだね。今日の食事はすごく楽しい」
デザートのお皿を見ると生クリームがとろりとかかったスポンジに、いろんな種類のフルーツがトッピングされていた。なるほど、ここに苺も入っていたから喜んだのね。こんな小さな欠片の苺を見つけて喜ぶエドワード様に、何もしてあげられないのがつらい。気づくとどんどん暗い方向に考えてしまう。ダメダメ! 悲しんでいるより笑顔でいる方がいい! 気を取り直してもう一つのお皿を見ると、クッキーなどの焼き菓子が入っていた。
「あ! クッキー!」
「ん? どうしたの?」
クッキーを見て思わず声を上げる。ソフィア様との事が誤解だったなら、あの時のクッキー食べてほしかったな。
「実はあの日仲直りのために、クッキーを焼いていたんです。あまり美味しくできなかったけど、謝りたくて作ったので食べてほしかったです」
「ああ! あれは僕が魔術で保存して、10年かけて食べたよ! 美味しかった!」
てっきりエドワード様もクッキーの事は知らずに家のものが処理したと思っていたので、予想外の言葉が返ってきて驚く。
「え!ちょっとそれは……」
「あ、引かないでほしい」
戸惑う私に焦ったエドワード様は、手にしていたパンを置いて説明する。
「あの時サラの家の人から聞いたんだ。僕に食べさせるためにクッキーを焼いたって。本当にごめん。あんな状況じゃ出すこともできなかったよね」
「いいんです。その、あの時エドワード様達のテーブルにすごく綺麗なケーキがいっぱいで、恥ずかしくなって」
「あれは仲直りした後に2人で食べるように用意したものだったんだ。奥ではまだまだケーキが用意してあって」
そうだったんだ。今思い出してみれば、あそこにあったケーキは私の好物の苺を使ったものばかりだった気がする。
「今から考えたらあんな事言って、仲直りできると思っていたのが不思議なくらいだけど。15歳の僕は自惚れ屋で恥ずかしいよ」
淋しそうに言うエドワード様を見て、さっきの誤解をとかなきゃとブンブンと頭をふって否定する。
「私も子供でした! いつも癇癪起こしてエドワード様にご機嫌取ってもらって、それで甘えていたんです。妃教育だって真剣にやってなかった」
本当に子供だった。もちろん年齢もあるだろうけど、王妃になろうとする者があれではダメだ。それなのに私は泣いて帰って、あんな馬鹿な事して……でも正直な気持ちは伝えなきゃ! せっかくまた会えたのに、誤解されたままなんて嫌だ。
「それに! 私はエドと結婚できるなら、魔術だって我慢して妃教育を頑張ってた!」
エドの事が好きだったと伝えたかったけど、これが私のせいいっぱいだ。しょうがないよ。だって私15歳で止まってるんだもん。きっと生きていたら、顔は苺のように真っ赤だったことだろう。
ドキドキしてエドの顔を見ると、ポカンとしてこちらを見ている。何か言ってくれないかなと思っていると、予想外の言葉が返ってきた。
「サラ、僕、君とキスがしたい」
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