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第1部・第4話:ネイト
第6章
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「――先生」
ユージーンは魔法の発動を解除し、青銅のエインデル像を両手で捧げ持った。
これを受け、ルカと共に光の中から現れたもう一人の人物――黄金のベリンダがこくりと頷く。神々しい光の渦は、彼女の転移魔法の産物だ。年齢という概念を覆す、若く美しく凛々しい立ち姿に、憲兵達はもちろん、追い詰められつつあるロッシュさえもが、気圧されたように立ち竦んでいる。
「間違いないわね」
愛弟子の示した物的証拠を一瞥して、ベリンダは小さく呟いた。白魚のような右手を像にかざし、表面を撫でるように滑らせる。
ルカはネイトの抱擁を抜け出し、祖母の流れるような動作を見守った。すぐさま肩に回されたネイトの腕は力強く、彼がすべてを諦めたりなどしていないことが伝わってくるようで、何だかホッとする。
その場の全員が見守る中、エインデル像から溢れ出た金色の光が、ベリンダの掌に纏わりついた。これを引き上げるようにして腕を上げると、虚空にロッシュの姿が映し出される――背景から、ネイトの私室にこのエインデル像を持ち込んだ際のものであるのは間違いない。
「教団本部でも同じことを確認してきたわ。何か反論はあって?」
凄味を存分に含んだ微笑を向けられ、何事か反論しようとしていたらしいロッシュが息を呑んだ。この世界において、黄金のベリンダの名には絶対の信頼がある。彼女の容姿を知らぬ者であっても、目の前で他者を連れての転移魔法に続き、広範囲に及ぶ鮮明な追跡魔法までを見せられては、本人でないと疑う気は起こるまい。それだけに、彼女の作り出した映像が紛い物であると訴えたとしても、ロッシュの言を信じる者など存在しないことは明白だったからだろう。
あれからルカはベリンダと共に、王都の教団本部へ出向き、押収物保管庫から青銅のエインデル像が1点紛失していることを確認した。普段は立ち入る者も少ないため、今日まで見過ごされてしまっていたらしい。ここでもやはり「黄金のベリンダ」の名は絶大で、担当官は即座にベリンダに調査を依頼した。通常であれば関係者以外の立ち入りは硬く禁じられた保管庫内に二人を招き入れ、追跡魔法で犯人を割り出して欲しいと言うのだ。――その結果、人目を盗んでエインデル像を持ち出すロッシュの姿が確認された。今から1週間ほど前の出来事だった。
――その青銅のエインデル像が、今、ユージーンの手元にある。
彼は、ルカとベリンダが教団の押収物保管庫を確認している間、一人教会へ向かい、ロッシュがネイトの私室に隠した「証拠品」を密かに持ち出してから、子供達の部屋に匿われていたのだ。
「これは、ベイリー神父の物ではありません。ロッシュさんがハーフェルに来る直前、教団本部から盗み出した物だ」
ユージーンが静かに断定した。幼馴染みの冷静さに背中を押されたような気になって、ルカも声を張り上げる。
「神父様を禁教徒に仕立てて、どうするつもりなんですか!」
抱き寄せられた司祭にそのまま縋り付くようにして、必死にロッシュを糾弾する様は、ルカ自身の愛らしさと相俟って、憲兵達の心を揺さぶった。本人が知れば不本意だと憤慨したかもしれないが、この場合、ネイトにとってはこれ以上ない追い風になったと言える。
ルカの存在に力を得たネイトが、狼狽えるロッシュに向かって、聞こえよがしに低く笑った。
「もし仮に、あなたの捏造が事実だったとしても、本部に指示を仰がず、いきなり憲兵に通報するというのも乱暴な話だ。大方、町の住民に対する私への心証を悪化させようという魂胆なのでしょうがね」
「ッ!」
図星を刺されたと言わんばかりの形相で、ロッシュがネイトを睨み付ける。この男は、自分がここ数日行ってきた、住民達への露骨な誘導尋問に、気付かれていないとでも思っていたのだろう。
「ほとんど面識もなかったあなたが、突然私を査察に来るなど――疑うなという方が無理な話だ。私の方でも、あなたの行状について、色々と調べさせていただきましたよ」
勝ち誇ったようなネイトの微笑を見上げながら、ルカは小さく目を見開いた。
身に覚えのない査察を受けるにあたって、ネイトはまず査察官本人に疑惑を抱いたらしい。神学校時代の恩師や同級生等、使えるだけのコネを使って調べた結果、フランツ・ロッシュの司祭としての好ましからざる人物像は、すぐに浮き彫りになった。曰く、「人当たりは悪くはないが、能力は並みで、その割に権力欲が強い」。「土地の有力者に取り入るのがうまく、結託して甘い汁を吸おうとする傾向が見られる」等々。中にははっきりと、「彼は若くして成功した君を妬んでいるに違いない。気を付けるように」と言って寄越した者もいる。
おそらく、ロッシュは元々、田舎町ハーフェルの司祭の座を狙っていた。王都の本部から離れていればいただけ、地方で好き勝手に出来るからだ。しかし、任を受けたのは、まだ年若いネイトだった。追い落とすならばコイツしかいないと逆恨みを募らせるうちに、ネイトの過去――ハイドフェルト神父との経緯を知り、これを利用することを考え付いたのだろう。
これらの情報と推測を踏まえて、ネイトは教団本部へロッシュの調査依頼を上げるために、報告をまとめていた。自分の素行調査の許可は、どんな理由によってなされたものか。最悪の場合、調査命令書自体が偽造の可能性もあり得ると。
ここ数日、ネイトがやたらと手紙のやり取りをしている風だったのは、このためだったのだ。
やられるばかりでなく、きちんと打てる手を打っていたネイトの有能さに感じ入ると同時に、ルカはロッシュが哀れにも思えてきた。もちろん、同情の余地などない。本当に愚かな人間は、自分の愚かさにも気付けないものなのだろうが、それにしても、ネイトとはあまりに格が違う。
ネイトの指示を受けて、一番若そうな憲兵が簡易ベッドの下から、ブリーフケースを取り出した。ざっと目を通し、それがネイトの言う通り、ロッシュの悪評が綴られた同僚達からの書簡であることを確認した憲兵隊長が、大きく頷く。
ネイトの部屋に偽物の証拠品を持ち込んだ際、もう少し注意深く捜索をしていれば書類を見付けられたかもしれないのに、ロッシュは相手を陥れることばかり考えて、自分が追い詰められていることに気付けなかったのだ。
善人の仮面を取り去ったネイトが、唇の端を吊り上げた。
「――私が、黙って陥れられるばかりの若造だとでも?」
そうでないからこそ、お前のような無能な年寄りを差し置いて、教区一つを任せられるのではないか、と。ネイトはそこまで口にはしなかったが、嘲笑に含まれた毒が、言外にそう語っている。
「クッ」
形勢不利と見たロッシュが、逃走を図った。愚行に愚行を重ねる男に驚いたのか、百戦錬磨のはずの憲兵達の動きが一瞬遅れる。勇敢にも手を伸ばしたケイシーを突き飛ばして、ロッシュはそのまま廊下を疾走していくかに思われた。
しかし、その時住居棟へ乗り込んできた人物のラリアットが鎖骨辺りにクリーンヒットし、ロッシュはもんどりうって倒れ込んだのである。
「――ジェイク!?」
思わぬ人物の登場に、ルカは廊下に走り出たところで動きを止めた。拘束魔法を放とうとしていたらしいベリンダとユージーンも、手元にそれぞれ力を溜めたまま、驚愕の表情を浮かべて固まっている。
「どうして……」
呆然とした様子で、ネイトが呟いた。幼馴染みであるルカ達にとっても、詳細を知らせていないジェイクがやってきたのは予想外だったし、ユージーンと同様、ルカを挟んで敵対しているといっても過言ではないネイトにとっては、理解不能に違いない。
――ジェイクのヤツ、またそんなヒーローみたいなカッコイイ登場してくれちゃって!
ルカが一人、少年としてのテンションを密かにブチ上げている間に、ジェイクはロッシュの首根っこを掴み、ズルズルと引き摺りながら連行してきた。精悍な顔立ちには、少々気まずそうな色が浮かんでいる。
「憲兵が教会に向かうのを見た、町のみんなに頼まれたんだよ。コイツがおかしな動きをしてたから心配だ、様子を見て来てくれって」
あくまで自分の意思ではなく、町の人々に頼み込まれたから来たのであって、仲の悪いネイトのためにしたことではないと言いたいのだろう。それにしたって、さすがは町の用心棒、「みんなのジェイク」だ。
「そんな……どうして……」
か細い声でロッシュが呻いた。読みの甘さに加えての往生際の悪さに、一同がムッとする。
ジェイクは凄まじい腕力で以て、ロッシュの身体を憲兵隊の前に放り投げた。ぐえ、と無様な声を上げて床に転がったところへ、ピシャリと言い放つ。
「実績もなく、突然現れたアンタより、住民が神父様を信頼するのは当たり前だろ」
ネイトのことは嫌っていても、彼が決して悪人でないことは知っている。正義漢のジェイクらしい発言が、とても心地良い。
「――引き立てるのはこの男で宜しいのですね、ベリンダ殿」
憲兵隊長が恐縮した様子でベリンダに尋ねた。自分達を先導した男こそが、すべてを画策していたというのだから、困惑するのも無理はない。
ベリンダは安心させるように、ニコリと微笑んだ。
「ええ。すぐに教団からも被害届が出されるはずですわ。どうぞ逮捕なさって。窃盗と文書偽造、住居侵入に異端偽証罪でしてよ」
「何て奴だ」
指を立てながら一つずつロッシュの罪状を数え上げるベリンダに、憲兵隊長は呆れたように吐き捨てた。ネイトと子供達に対して丁重な謝罪が成され、改めて簡単な現場検証が行われる。
ネイトの予想通り、ロッシュが彼の部屋に侵入出来たのは、合鍵を盗み出したためだった。今は使われていない孤児院の院長室の壁に、すべての鍵はきれいに揃った状態で掛けられていたのだが、ネイトの私室の物とその周辺だけ、明らかに埃の被り方が薄い。最近になって、誰かが鍵を持ち出したことは明白だった。手が足りずに、年に一度の大掃除しか出来ていなかったことが幸いした形だ。その後、ベリンダが鍵そのものに、ユージーンが部屋の扉に追跡魔法を施した結果、どちらからも、侵入し、盗み出すロッシュの姿が確認されたのである。
この分では、先程ベリンダが断言した通り、ナサニエル・ベイリーに対する教団本部からの査察命令書に関しても、遠からず偽造であることが確定するに違いない。
憲兵に引き立てられていくロッシュを送り出し、ようやくルカ達が人心地付く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
ユージーンは魔法の発動を解除し、青銅のエインデル像を両手で捧げ持った。
これを受け、ルカと共に光の中から現れたもう一人の人物――黄金のベリンダがこくりと頷く。神々しい光の渦は、彼女の転移魔法の産物だ。年齢という概念を覆す、若く美しく凛々しい立ち姿に、憲兵達はもちろん、追い詰められつつあるロッシュさえもが、気圧されたように立ち竦んでいる。
「間違いないわね」
愛弟子の示した物的証拠を一瞥して、ベリンダは小さく呟いた。白魚のような右手を像にかざし、表面を撫でるように滑らせる。
ルカはネイトの抱擁を抜け出し、祖母の流れるような動作を見守った。すぐさま肩に回されたネイトの腕は力強く、彼がすべてを諦めたりなどしていないことが伝わってくるようで、何だかホッとする。
その場の全員が見守る中、エインデル像から溢れ出た金色の光が、ベリンダの掌に纏わりついた。これを引き上げるようにして腕を上げると、虚空にロッシュの姿が映し出される――背景から、ネイトの私室にこのエインデル像を持ち込んだ際のものであるのは間違いない。
「教団本部でも同じことを確認してきたわ。何か反論はあって?」
凄味を存分に含んだ微笑を向けられ、何事か反論しようとしていたらしいロッシュが息を呑んだ。この世界において、黄金のベリンダの名には絶対の信頼がある。彼女の容姿を知らぬ者であっても、目の前で他者を連れての転移魔法に続き、広範囲に及ぶ鮮明な追跡魔法までを見せられては、本人でないと疑う気は起こるまい。それだけに、彼女の作り出した映像が紛い物であると訴えたとしても、ロッシュの言を信じる者など存在しないことは明白だったからだろう。
あれからルカはベリンダと共に、王都の教団本部へ出向き、押収物保管庫から青銅のエインデル像が1点紛失していることを確認した。普段は立ち入る者も少ないため、今日まで見過ごされてしまっていたらしい。ここでもやはり「黄金のベリンダ」の名は絶大で、担当官は即座にベリンダに調査を依頼した。通常であれば関係者以外の立ち入りは硬く禁じられた保管庫内に二人を招き入れ、追跡魔法で犯人を割り出して欲しいと言うのだ。――その結果、人目を盗んでエインデル像を持ち出すロッシュの姿が確認された。今から1週間ほど前の出来事だった。
――その青銅のエインデル像が、今、ユージーンの手元にある。
彼は、ルカとベリンダが教団の押収物保管庫を確認している間、一人教会へ向かい、ロッシュがネイトの私室に隠した「証拠品」を密かに持ち出してから、子供達の部屋に匿われていたのだ。
「これは、ベイリー神父の物ではありません。ロッシュさんがハーフェルに来る直前、教団本部から盗み出した物だ」
ユージーンが静かに断定した。幼馴染みの冷静さに背中を押されたような気になって、ルカも声を張り上げる。
「神父様を禁教徒に仕立てて、どうするつもりなんですか!」
抱き寄せられた司祭にそのまま縋り付くようにして、必死にロッシュを糾弾する様は、ルカ自身の愛らしさと相俟って、憲兵達の心を揺さぶった。本人が知れば不本意だと憤慨したかもしれないが、この場合、ネイトにとってはこれ以上ない追い風になったと言える。
ルカの存在に力を得たネイトが、狼狽えるロッシュに向かって、聞こえよがしに低く笑った。
「もし仮に、あなたの捏造が事実だったとしても、本部に指示を仰がず、いきなり憲兵に通報するというのも乱暴な話だ。大方、町の住民に対する私への心証を悪化させようという魂胆なのでしょうがね」
「ッ!」
図星を刺されたと言わんばかりの形相で、ロッシュがネイトを睨み付ける。この男は、自分がここ数日行ってきた、住民達への露骨な誘導尋問に、気付かれていないとでも思っていたのだろう。
「ほとんど面識もなかったあなたが、突然私を査察に来るなど――疑うなという方が無理な話だ。私の方でも、あなたの行状について、色々と調べさせていただきましたよ」
勝ち誇ったようなネイトの微笑を見上げながら、ルカは小さく目を見開いた。
身に覚えのない査察を受けるにあたって、ネイトはまず査察官本人に疑惑を抱いたらしい。神学校時代の恩師や同級生等、使えるだけのコネを使って調べた結果、フランツ・ロッシュの司祭としての好ましからざる人物像は、すぐに浮き彫りになった。曰く、「人当たりは悪くはないが、能力は並みで、その割に権力欲が強い」。「土地の有力者に取り入るのがうまく、結託して甘い汁を吸おうとする傾向が見られる」等々。中にははっきりと、「彼は若くして成功した君を妬んでいるに違いない。気を付けるように」と言って寄越した者もいる。
おそらく、ロッシュは元々、田舎町ハーフェルの司祭の座を狙っていた。王都の本部から離れていればいただけ、地方で好き勝手に出来るからだ。しかし、任を受けたのは、まだ年若いネイトだった。追い落とすならばコイツしかいないと逆恨みを募らせるうちに、ネイトの過去――ハイドフェルト神父との経緯を知り、これを利用することを考え付いたのだろう。
これらの情報と推測を踏まえて、ネイトは教団本部へロッシュの調査依頼を上げるために、報告をまとめていた。自分の素行調査の許可は、どんな理由によってなされたものか。最悪の場合、調査命令書自体が偽造の可能性もあり得ると。
ここ数日、ネイトがやたらと手紙のやり取りをしている風だったのは、このためだったのだ。
やられるばかりでなく、きちんと打てる手を打っていたネイトの有能さに感じ入ると同時に、ルカはロッシュが哀れにも思えてきた。もちろん、同情の余地などない。本当に愚かな人間は、自分の愚かさにも気付けないものなのだろうが、それにしても、ネイトとはあまりに格が違う。
ネイトの指示を受けて、一番若そうな憲兵が簡易ベッドの下から、ブリーフケースを取り出した。ざっと目を通し、それがネイトの言う通り、ロッシュの悪評が綴られた同僚達からの書簡であることを確認した憲兵隊長が、大きく頷く。
ネイトの部屋に偽物の証拠品を持ち込んだ際、もう少し注意深く捜索をしていれば書類を見付けられたかもしれないのに、ロッシュは相手を陥れることばかり考えて、自分が追い詰められていることに気付けなかったのだ。
善人の仮面を取り去ったネイトが、唇の端を吊り上げた。
「――私が、黙って陥れられるばかりの若造だとでも?」
そうでないからこそ、お前のような無能な年寄りを差し置いて、教区一つを任せられるのではないか、と。ネイトはそこまで口にはしなかったが、嘲笑に含まれた毒が、言外にそう語っている。
「クッ」
形勢不利と見たロッシュが、逃走を図った。愚行に愚行を重ねる男に驚いたのか、百戦錬磨のはずの憲兵達の動きが一瞬遅れる。勇敢にも手を伸ばしたケイシーを突き飛ばして、ロッシュはそのまま廊下を疾走していくかに思われた。
しかし、その時住居棟へ乗り込んできた人物のラリアットが鎖骨辺りにクリーンヒットし、ロッシュはもんどりうって倒れ込んだのである。
「――ジェイク!?」
思わぬ人物の登場に、ルカは廊下に走り出たところで動きを止めた。拘束魔法を放とうとしていたらしいベリンダとユージーンも、手元にそれぞれ力を溜めたまま、驚愕の表情を浮かべて固まっている。
「どうして……」
呆然とした様子で、ネイトが呟いた。幼馴染みであるルカ達にとっても、詳細を知らせていないジェイクがやってきたのは予想外だったし、ユージーンと同様、ルカを挟んで敵対しているといっても過言ではないネイトにとっては、理解不能に違いない。
――ジェイクのヤツ、またそんなヒーローみたいなカッコイイ登場してくれちゃって!
ルカが一人、少年としてのテンションを密かにブチ上げている間に、ジェイクはロッシュの首根っこを掴み、ズルズルと引き摺りながら連行してきた。精悍な顔立ちには、少々気まずそうな色が浮かんでいる。
「憲兵が教会に向かうのを見た、町のみんなに頼まれたんだよ。コイツがおかしな動きをしてたから心配だ、様子を見て来てくれって」
あくまで自分の意思ではなく、町の人々に頼み込まれたから来たのであって、仲の悪いネイトのためにしたことではないと言いたいのだろう。それにしたって、さすがは町の用心棒、「みんなのジェイク」だ。
「そんな……どうして……」
か細い声でロッシュが呻いた。読みの甘さに加えての往生際の悪さに、一同がムッとする。
ジェイクは凄まじい腕力で以て、ロッシュの身体を憲兵隊の前に放り投げた。ぐえ、と無様な声を上げて床に転がったところへ、ピシャリと言い放つ。
「実績もなく、突然現れたアンタより、住民が神父様を信頼するのは当たり前だろ」
ネイトのことは嫌っていても、彼が決して悪人でないことは知っている。正義漢のジェイクらしい発言が、とても心地良い。
「――引き立てるのはこの男で宜しいのですね、ベリンダ殿」
憲兵隊長が恐縮した様子でベリンダに尋ねた。自分達を先導した男こそが、すべてを画策していたというのだから、困惑するのも無理はない。
ベリンダは安心させるように、ニコリと微笑んだ。
「ええ。すぐに教団からも被害届が出されるはずですわ。どうぞ逮捕なさって。窃盗と文書偽造、住居侵入に異端偽証罪でしてよ」
「何て奴だ」
指を立てながら一つずつロッシュの罪状を数え上げるベリンダに、憲兵隊長は呆れたように吐き捨てた。ネイトと子供達に対して丁重な謝罪が成され、改めて簡単な現場検証が行われる。
ネイトの予想通り、ロッシュが彼の部屋に侵入出来たのは、合鍵を盗み出したためだった。今は使われていない孤児院の院長室の壁に、すべての鍵はきれいに揃った状態で掛けられていたのだが、ネイトの私室の物とその周辺だけ、明らかに埃の被り方が薄い。最近になって、誰かが鍵を持ち出したことは明白だった。手が足りずに、年に一度の大掃除しか出来ていなかったことが幸いした形だ。その後、ベリンダが鍵そのものに、ユージーンが部屋の扉に追跡魔法を施した結果、どちらからも、侵入し、盗み出すロッシュの姿が確認されたのである。
この分では、先程ベリンダが断言した通り、ナサニエル・ベイリーに対する教団本部からの査察命令書に関しても、遠からず偽造であることが確定するに違いない。
憲兵に引き立てられていくロッシュを送り出し、ようやくルカ達が人心地付く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
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恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
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