小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第4話:ネイト

第7章

 淡い照明に照らし出された玄関ホールで、ネイトが深い溜め息を落とした。
 疲れているのか、もしや具合でも悪いのかと心配になったルカは、慌てて駆け寄る。
「ネイト、大丈夫? 酷いことされてない?」
「――大丈夫だよ」
 ルカに気遣って貰えることがよほど嬉しいのか、ネイトはルカだけに見せる、甘く優しい微笑みを浮かべた。ベリンダと子供達の手前、頭を撫でるに留まるが、これがユージーンとジェイクの心証をいたく害するのは言うまでもない。
「まったく、人騒がせな」
 ユージーンが整った顔を嫌味っぽく歪めれば、
「何を信じるのも自由だが、ルカにだけは迷惑を掛けるな」
 とジェイクが凄んで見せる。
 どちらもあからさまながら、声を落とし気味なのは、一応子供達に聞こえないよう、配慮はしているらしい。
 二人共――おそらくは黄金のベリンダも、ネイトの秘密の信仰について、勘付いてはいる。しかし全員、追及はしないというスタンスを貫く様子だ。
 ネイトは二人に向き直り、ふと目元を緩めた。
「――取り敢えず、礼は言わせて貰うよ」
「「当たり前だ!」」
 ユージーンとジェイクが声を揃えて答えるのを、ルカは瞳を瞬かせながら聞いていた。ネイトが自分以外に砕けた口調で話すのを、初めて聞いた気がする。
 ――これは、少し距離が近付いたかも!?
 平穏な生活への希望にルカは胸を弾ませたが、肝心のネイトはというと、まったく違うことを考えていた。
 確かに、たとえルカのためとはいえ、彼らが疎ましいはずの自分に力を貸してくれたことは、ありがたいと思っている。信仰の件に関しても、黙認の立場で居て貰えるなら、エインデルの使徒にとっては何より幸福なことだ。それを仇敵きゅうてきともいえる間柄で通してくれるとは、感動的ですらある。
 しかし同時に、それだけの強さでルカを想う人物達の存在は、ネイトに危機感を与えた。元々邪魔な奴らだとは思っていたが、これはいよいよ放ってはおけない。
 ネイトはルカに向き直った。私の光。導きの天使。不思議そうに見上げて来る様子が、愛しくてたまらない。
「――ルカ。私にお願いがあるのではないかな?」
「え?」
 ネイトの意図が掴めず、ルカは小首を傾げた。無事であってほしいと考えていただけで、彼に何かを叶えてほしいとまでは思っていない。
 するとネイトは、訳知り顔で肩を竦めた。
斥候隊せっこうたいのことだよ」
「!」
 驚いて、ルカは小さく息を呑んだ。魔王討伐隊の募集は大々的に交付されたが、その一次停止と斥候隊の結成に関しては、決定から日も浅く、大衆に広く知られている話ではない。これをネイトが知っているということは、王都からやって来たフランツ・ロッシュ辺りが、世間話の一環としてでも話して聞かせたのだろうか。
 ネイトには立場があり、庇護するべき者もいる。だからルカは、彼を「祖母の出した条件を満たす人員」として数えてはいなかったけれど、仲間は多い方が良いに決まっている。それが親しい人間であるなら、なお心強い。
 ――だが。
 ルカの煩悶はんもんを見抜いたように、ネイトが笑みを深めた。
「大丈夫だよ、君の行く所が私のあるべき場所。どこへでもお供させてもらうさ。――いいですね、黄金のベリンダ」
「ええ。歓迎するわ」
 直接ルカの保護者に承諾を得て、ネイトは満足げに頷いた。
 ルカの予想通り、斥候隊の結成と、これに黄金のベリンダが予言の子供を伴う予定だという話は、ロッシュがもたらしたものだ。一連のロッシュの行動の中で、唯一役に立ったのがこの情報だと言っていい。
 話を聞いた時から、ルカに付いていく気満々でいたネイトだったが、ユージーンとジェイクがギョッとしたように顔を歪めるのを見て、胸がすくような思いを噛み締めた。彼らの前で宣言したのは、牽制以外の何ものでもない。
 ほくそ笑むネイトのキャソックの袖を、ルカはチョイチョイと引っ張った。可愛らしい仕草に、ネイトが軽い目眩を感じているらしいのには気付かず、上目遣いでおずおずと尋ねる。
「いいの? ネイト」
 子供達は心細そうな表情でこちらを窺っているし、ネイトのキャリアにも影響はないのだろうか。
 しかし、ネイトは「心配要らないよ」と、ルカの手を反対のてのひらで優しく包んだ。子供達の面倒を見てくれる、優しい神父の代わりはいくらでもいる。だが、ルカのお供は、他の誰にも任せるべきでないものだ。
 恐らく教団本部は、司祭の一人が黄金のベリンダに付き従い、魔王討伐に参加することを、名誉と捉えるだろう。喜んでネイトを送り出し、適任の神父を新しく選出してくれるはずだ。――それに。
「パーティーには、治癒者ヒーラーが必要だろう?」
 妙に頼もしいウィンクが返されて、ルカはふと肩の力を抜いた。ジェイクが頭を抱える横で、ユージーンが信じられないとでも言いたげな表情で、フラフラと壁に寄り掛かっている。
 ――嬉しいけど、大丈夫かな。まあ、おばあちゃんもいるし……大丈夫か!
 思い直して、ルカはネイトを見上げた。
「うん。じゃあ、よろしくね!」
 花の咲きほころぶような微笑みに、ネイトの顔が甘く蕩ける。

 子供達がネイトに駆け寄ってきた。
 これを安心させるのは骨が折れるだろうが、ネイトの意思は固く、魔王討伐の大義名分の前には、子供達も納得しない訳にはいかないだろう。申し訳ないと思うのと同じくらいの強さで、ルカは自分に出来ることを精一杯頑張ろうと、改めて決意する。
 ルカが予定外にもう一人、頼もしい仲間を得たのを見届けたかのように、庭のにれの木からからすが一羽、漆黒の夜空へ向かって飛び立っていった。


第4話 END
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