小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第5話:フィンレー

第5章

 コノール州の領主がグリテンバルド州ベントハイムの領主館りょうしゅやかたにやって来たのは、フィンレーが独自調査を終えて戻った日の翌日のことだった。
 相手はおそらく、現領主であるヘクター・ボールドウィンが帰郷する前に、何としても息子のフィンレーを丸め込んでしまおうと考えてのことだったのだろう。先触れもなく乗り込んでくるのは無礼に当たるが、対するフィンレーの側も、調査の結果を踏まえ、改めての通信会談を申し込むつもりでいたので、手間が省けたと言えないこともない。
 通信の時と違い、実際に相対したフィンレー・ボールドウィンの落ち着いた態度に、コノールの領主は驚いた風だった。通された豪奢な執務室の、応接用の椅子に着いた時点で、暴論を押し通せる流れにないことは理解できたのに違いない。表情には焦りの色が浮かんでいる。
 マスグレイヴの現場に着いたフィンレーはまず、しっかりと自分の目で現場をあらためた。被害に遭ったコノールの商団が街道に居座り続けることで、結果的に現場の保存に役立ってくれたのは幸いだったと言える。お陰で、彼らの主張が偽りであり、襲われたのは人間ではなく魔物、もしくはそれを従える技術を持つ存在――おそらくは魔王軍であることが確認できた。
 次にフィンレーは、被害者の商団が逗留とうりゅう中の宿屋を、非公式に訪問した。事件当夜は危険な夜営をしていたものが、損害賠償の権利を訴えながらその他に留まるという、日数の予測できない期間を宿で過ごすというのは、いかにも不自然だ。身分を明かし、尋ねたフィンレーに、宿屋の主人は「宿泊代はグリテンバルド州から支払われると言われたが、信用して良いのかわからなくて不安だ」と答えた。もちろんグリテンバルド側はそんな保障は約束していないので、これは詐欺に当たる。
 そして最後に、宿の主人を通して、一番単価の低い部屋に泊まっている末端の団員達を呼び出して貰ったフィンレーは、説得の末、彼らが日頃から幹部達に冷遇されていることと、魔物の襲撃を受けた翌朝、商団長から「魔物など見ておらず、襲ってきたのはグリテンバルドの商団だと口裏を合わせるよう厳命された」との証言を得たのである。
 憲兵けんぺいに出来なかったことをフィンレーが短時間で成功させられたのは、領主の息子が直接出向き、誠実に話を聞いてやることで、彼らの信頼を得られたというのが大きかったはずだ。
 騎士であり、魔物との戦闘経験も豊富なフィンレーに、馬車や貨物の破損具合が人間わざでは有り得ないことの指摘を受けたコノールの商団長達は、完全に色を失って口を噤んでしまった。その身柄を憲兵に預け、帰宅したフィンレーを待っていたのは、商団の目的地であったケネスウィック州のモレーンへ向かわせた部下達からの報告だった。彼らの調査から、商団はモレーンでの鉱石採掘事業の受注に失敗したことと、この仕事を見事射止めたのが、襲撃の汚名を着せられたベントハイムの商団であることも判明した。
 コノールの商団は、無理な計画から大損を喫し、宿代にも事欠く状況下で魔王軍に襲われ、成果を挙げて戻る他の商団に罪を着せることで、自分達に一切の損害が出ないよう画策したことが、明らかになったのである。
 調査の成果を理路整然と列挙していくフィンレーを、コノールの領主は半ば呆然と凝視していた。
「グリテンバルド州としては、以下の二点をコノールに要請します」
 ジッと相手を見据えたまま、フィンレーはゆっくりと指を下りながら、権利を主張した。
 一つ、該当商団の虚偽の申し立て、及びベントハイムの商団に対する賠償については、グリテンバルドの州法で裁くこと。
 一つ、魔王軍の襲撃についての補償は、規定通りコノール州から支払うこと。
 フィンレーは反論を許さなかった。
「――私は父の名代みょうだいです。私の発言は、ヘクター・ボールドウィンから出たものとお考えいただきたい」
「!」
 畳み掛けられた言葉に、コノールの領主はハッとしたように肩を震わせる。若輩者じゃくはいものと侮った青年の姿は、今やどこにも存在しない。
 相手の目の中に、明らかな恐怖の色を感じ取って、フィンレーは高らかに宣言した。
「貴州はグリテンバルドと、事を構える覚悟がおありか!?」

            ○     ●     ○

 ベリンダとユージーンの休憩を兼ねたお茶の時間を終えて、ルカは自室に戻った。取り敢えず予定もないため、夕食までの時間を、読書に当てようと考えたためである。
 幼い頃から夢を媒介に世界を行き来していたルカは、ベリンダの教育のお陰で、識字に関しては何の問題もない。ただし、あちらの世界でのように広く全般的な教育を受けたわけではないため、知識の習得にはまず、子供向けの専門書を眺めるのが常だった。
 これから斥候隊せっこうたいとして旅立つことを踏まえて、今日は地理の本でも読むことにしようか、などと考えながら本棚に向かったところで、部屋の違和感に気付く。
 ――あれ?
 サイドボードのあるべき場所に、レフの姿がない。慌ててベッドの反対側に回り込むと、可愛らしいオスライオンのぬいぐるみは、突っ伏すような前傾姿勢でコロンと床に転がっている。
 ――なんでまた?
 柔らかな身体を持ち上げ、目立った汚れがないことを確認しながら、ルカは首を傾げた。
 前にも同じようなことがあったが、ラインベルク王国はそもそも地震の少ない土地だ。幼い頃から器用だった姉によって、しっかり自立して座れるように作られたレフは、安定感も抜群のはずなのだが。
 不思議に思いながら、ほこりを払い、定位置に戻す。手触りのよいたてがみを撫でていると、不意に庭先で声が上がった。追跡魔法の強化訓練とか何とかで外に出ている祖母達に何かあったのだろうかと窓の外を見やると、文字通り「白馬に乗った王子様」が近付いてくる――見間違いようもない、フィンレーだ。
 急に訪ねてくるなんて、何かあったのだろうか。急いで階段を駆け下り、玄関を飛び出すと、フィンレーは祖母とにこやかに挨拶を交わしながら、愛馬オフィーリアをポーチの柱に繋いでいるところだった。ユージーンは遠巻きにこちらを窺っているようだが、会話に混ざろうとしている様子はない。
 駆け付けたルカの姿を見止めたフィンレーが「よう」と気さくな挨拶を寄越した。普段通りの親友の笑顔は、不測の事態が起こったようには見えない。が、突然の訪問だけに、不安が頭をもたげる。
「どっ、どうしたの? 何かあった?」
 ソワソワしながら尋ねたルカに、フィンレーは笑みを深めた。落ち着かない様子が小動物じみていて可愛かったためだが、敢えて言わずにいてくれるのは、同世代かつ同性の友人であるからこそだ。
 オフィーリアの鼻先を叩いてやりながら、フィンレーが答える。
「例の交渉がうまくいったんで、早くお前に伝えたくてさ」
「――ホント!? 」
 例の、とは、コノールの商団の件だろう。親友の成功と、心労からの解放を知って、ルカは瞳を輝かせた。早馬でも4時間前後の距離を、わざわざ報告に来てくれたのだ。申し訳ないとは思いつつも、やっぱり嬉しい。
 ベリンダの「ちゃんとお茶をお出ししてね」という忠告に「わかった」と頷いてから、ルカはひとまずフィンレーを屋内に招き入れた。祖母が弟子への講義を優先させるのは、今回もまた、ルカ達二人きりで話をさせてくれるための配慮だろう。
 くつろいだ様子でリビングのソファに身を埋めたフィンレーのために、ルカはベリンダ特製のハーブティーを淹れる。その間フィンレーは、事件の顛末を語って聞かせてくれた。
 コノール州の領主は、フィンレーの要求を全面的に受け入れ、正式に謝罪したのだそうだ。偽証で事件を混乱させた該当の商団については、グリテンバルドの州法で裁かれるのと同時に、コノールでも厳罰に処されるという。恐らくは、資格剥奪の上解散ということになるだろうか。そして、これに関してはフィンレーの方から、捜査に協力的だった末端の団員達に配慮してやってくれるよう、追加で頼み込んだらしい。場合によっては、自分を頼ってくれても構わない、とも。
 フィンレーらしいフォローに、ルカの頬は自然と緩んだ。一個の商団の構成員達を、コノール州のみで一手に引き受けるとなると、さすがに負担が大きい。事の善悪は別としても、彼らの失職の大きな原因は、フィンレーの調査に協力してくれたことにある。フィンレーは彼らに、コノールでの再就職が難しければ、グリテンバルドに然るべきポジションを用意すると保証したのだ。
 「そっか」と小さく息を吐いて、ルカはティーカップをフィンレーの前に差し出した。
「忙しいのにわざわざごめんな。でもホントに良かったよ」
 どうなったか気になってたからさー、と苦笑いしながら向かいに腰掛けると、カップを持ち上げたフィンレーが、瞳を伏せたまま微笑む。
「――お前に会いに来るのに、『わざわざ』なんてないさ」
「!」
 自分が思う以上に、もっとずっと深く、フィンレーから大切に想われていることを知らないルカは、親友の妙に意味深な発言に、頬を赤く染めた。しかし、カップに口を付けたフィンレーが涼しい顔で、「うまいな」とお茶の味を褒めてくれたので、「エヘヘ」とか何とか笑って、必死でその場を取り繕う。
 ――やっぱイケメン怖いわー。
 同性の友達相手に赤面してる場合じゃない、とルカが気を取り直す間に、フィンレーはカップをソーサーに戻した。「ルカ」と名を呼ばれ、真正面から向き合った二つ年上の親友は、とても真摯な眼差しをしている。
「改めて、俺から頼むよ――斥候隊に参加させて欲しい」
 何度か瞬きを繰り返してから、ルカは「うん」と頷いた。迷いのないフィンレーの言葉に、ジワジワと喜びが込み上げてくる。
「うん。一緒に頑張ろうな!」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、ルカは右の拳を突き出した。当然のように左拳が押し当てられるのが、彼との絆の深さを象徴しているようで嬉しい。
 すっかり自信を取り戻した様子のフィンレーだったが、改まった態度を気恥ずかしく感じ始めたのか、照れた様子でカップを再び口に運ぶ。
 ルカもまた、空だった自分のカップにお茶を注いだ。一応祖母達とお茶は済ませていたので、形だけ用意していたものだが、これでもちょっと緊張していたのかもしれない。
 一口喉を潤してから、ほう、と息をつく。
「あー、でも良かった~。おばあちゃんの条件もしっかりクリアしてるし、あとは旅立つだけだよー」
「――条件?」
 肩の力を抜いたルカに、フィンレーが目を丸くする。
 そういえば、彼にはルカ自身の斥候隊加入に対しての祖母の交換条件について、話してはいなかった。『闘う力のないルカを守ってくれる人を3人連れてくること』という課題の存在を説明すると、フィンレーはギョッとしたように紫色の目を見張る。
「なんでそれを先に言わないんだよ! 俺が断ったらどうするつもりだったんだ」
 その剣幕に驚きつつも、ルカはすべての問題が片付いた安心感から、ポスンと背もたれに身を預けた。「いやー」と続ける口元が緩むのを抑えきれない。
「フィンに守ってもらうっていうのもなんか変な感じするし……自分から参加したいって言ってくれるんじゃないかと思ってたからさ」
 ルカが浮かれているのは、祖母の条件を提示した上でのお願いでなくても、フィンレーが自分の意思で参加を決めてくれたことだ。これに対して、「3人……3人?」と混乱したように呟いていたフィンレーも、ルカがフィンレーを信じて、自分の進退よりもフィンレーの意思を尊重してくれたことへの喜びがまさって来たらしく、ほだされたように「俺だってお前のことくらい守れるさ」と、しっかり筋肉の付いた胸を反らす。
 ルカの想定する「3人」がいったい誰なのか、という問題は、強い信頼関係で結ばれた二人の前に、ちりと消えた。
 ルカと過ごすことでしっかりと休養を取り、ベリンダに愛馬共々回復魔法を掛けて貰ったフィンレーは、「父上が戻り次第、すぐに話を付ける」と固く約束して、館へと帰っていったのである。
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