小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
30 / 121
第1部・第5話:フィンレー

第6章

 それから数日が経った、ある日の午後。
 ルカは、祖母のベリンダに連れられ、公式に領主館りょうしゅやかたを訪れた。魔王討伐隊の保留に伴い、一度領地に戻ってきたヘクター・ボールドウィン卿への、挨拶を兼ねたご機嫌伺いのようなものである。
 礼儀として門前へ転移したのち、敷地内を案内されながら、ルカは花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。男所帯の領主館に季節の花々が絶えないのは、フィンレーの母親のためなのだと、いつか祖母に聞いたことがある。亡き妻を想い、庭園の彩りを絶やさずにいるとは、ヘクター卿もなかなかにロマンティストなところがあるのかもしれない。
「――ルカ!」
 弾んだ声に名を呼ばれて、ルカは顔を上げた。館の方から、軍服風の衣装に身を包んだフィンレーが駆けて来る。先触れを受けて、わざわざ迎えに出て来てくれたようだ。
 手を挙げて応えようとしたルカだったが、羽織ったケープごと、そのままフィンレーに抱き締められ、思わず瞳を瞬かせる。
「! ちょ、ナニナニ、どうした!?」
 赤くなったり青くなったりしながらどもりまくるルカに、普段こういったスキンシップとは縁のないフィンレーは、照れた様子で身体を離しながら「悪い」とはにかんだ。イケメンは不用意に人と接触するべきではないのだ、まったく心臓に悪い。
 驚愕に高鳴った心臓を押さえるルカに向かって、フィンレーは満面の笑みを浮かべて見せる。
斥候隊せっこうたいのこと、父上に許可して貰えたんだ」
「――そっか。良かった」
 親友が、まるで子供のようにはしゃいでいる理由がわかって、ルカもまたホッとしたように微笑んだ。
 このところのフィンレーを苦しめていたのは、父に討伐隊への参加を許されないのは、己の力不足が原因ではないかという懸念だ。それが、斥候隊加入の承認を得たことで、実力を認められていない訳ではなかったことが、間接的にも証明された。喜ぶなというのが無理な話だろう。彼を知る者からすれば、杞憂きゆうであることは一目瞭然でも、疑心暗鬼は難敵だ。
 不安や疑念を払拭ふっしょくしたフィンレーは、かしこまった様子でベリンダに向き直る。
「ベリンダ先生、改めて宜しくお願いします。お役に立てるよう努めます」
「嬉しいわ。頑張りましょうね」
 礼儀正しく頭を下げられ、ベリンダはルカとフィンレーの二人に向かって、優しく微笑んだ。
 呑気な声が掛けられたのは、話がうまくまとまり、メイドを下がらせたフィンレーが、改めて自らルカ達を邸内へ案内しようとしたところだった。
「――あれ、坊ちゃん。また婚約の話から逃げてるんですか?」
 花壇の脇から気安い口調で話し掛けてきたのは、庭師の棟梁とうりょうの息子で、見習いとして働いている男性だ。気さくなフィンレーとは仲も良く、ルカも何度か話をしたことがある。優しくて気の良いお兄さん、といった人物だが、マイペースなところが玉にきずだろうか。
 年頃で家柄も見栄えも良いフィンレーには、縁談が引きも切らないとは聞いていたが、本人が逃げ回っていたとは初耳だ。
 驚くルカに視線を移した庭師見習いは、「あー」と何かを理解した様子で頷く。
「そういえば、坊ちゃんの初恋はルカちゃんでしたもんね~、面食いだと色々と難しいよな~」
「なっ、オイ! 何言ってんだ!」
 ギョッと目を剥き、頬を染めたフィンレーが、貴公子らしからぬ制止を挙げる。しかし、この庭師見習いもまた幼い頃のフィンレーをよく知る人物らしく、「またまた~」と意味深に肩を揺らした。
「『花の妖精かと思った』とか、ロマンチックなこと言ってたじゃないですか~」
「ばらすなよ!」
 盛大に狼狽えるフィンレーの横で、ルカは「そうだったのか」と冷や汗をかいていた。最初は女の子だと思っていた、と言われたことはあるが(そして悲しいことに、それはフィンレーに限った話ではないのだが)、妖精さんはさすがに言い過ぎだろう。しかし、口では否定を繰り返す親友の動揺ぶりこそが、庭師見習いの話が真実であることを如実に訴えてしまっている。
 助けを求めるようにチラリと仰ぎ見たベリンダはというと、楽しそうにウフフと笑っていた。聡明な大魔法使いには、幼い公子の淡い想いなどお見通しだったのだろう。「そうなの、うちのルカは本当に可愛いから」とでも考えていそうなのは、それこそルカにもお見通しだ。
「違うって! だってお前、女の子みたいに可愛かったからさ! じゃなくて……!」
 爆弾発言を繰り返す庭師見習いをむりやり仕事に戻らせ、フィンレーは必死な様子で弁解しながら、ルカとベリンダを邸内に招き入れた。グイグイと扉の中に押し込められるまで、実は抱き締められた時から今までずっと、フィンレーに手を取られたままだったことに気付いたルカは、「こういうところだよなぁ」と小さく天を仰ぐ。可哀想に、きっとフィンレーはこれをネタに、また揶揄われることになる。
「わかった、わかったから――」
 常にない動揺を見せる、普段はめちゃくちゃカッコイイ親友が憐れに思えて来て、ルカは必死で宥めに掛かった。自然に手を離せたのは、お互いにとって良いことだったかもしれない。
 そこへ更に、豪快な声が割って入る。
「――ベリンダ、戻ったぞ!」
 正面の大階段を、エントランスに向かって降りてきた大柄な人物こそが、フィンレーの父、ヘクター・ボールドウィン卿だ。濃いブラウンの髪を無造作に伸ばし、浅黒い肌に口髭を蓄えた、ルカ的には『イカしたオジサン』――全体的に母親似のフィンレーとの共通点は、紫色の瞳くらいのものだろうか。
 優雅な礼を取るベリンダの後ろで、ルカもまたぺこりと頭を下げる。小柄なルカの存在に今気付いたと言わんばかりに、ヘクター卿は笑みを深めた。
「オイオイオイ、ルカ! お前また可愛くなってんじゃねーか! 俺の養子になるか?」
 「救国の大剣士」と讃えられる貴族でありながら、軽口の挨拶は変わらない。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら、ルカは思わず「やめてくださいよー」と声を立てて笑った。彼のこういった身分を問わない大らかな気質が、息子のフィンレーに引き継がれていることが、とても嬉しい。
 しかし、ほんわかと胸を温めていたのは、ルカだけだったようだ。
「バッ、何言ってんですか父上!」
 初めて聞いた訳でもないはずの父親の冗談に、フィンレーが過剰な反応を見せたのは、「ルカが初恋の相手である」という黒歴史をばらされた影響だろうか。
「あらぁ聞き捨てなりませんわねぇ」
 ベリンダが美しい笑顔を引き攣らせたのは、縁起でもないことを言うなとの、純粋な怒りのために違いない。
 ――ヤバい。収拾がつかない。
「ちょっと、みんな落ち着いてよ……」
 自分よりも上手うわてな人物達が、よくわからないことで盛り上がるのを止めることも出来ず、ルカは声を上擦らせた。辺りを見回しても、執事もメイド達も困ったように微笑むだけだ。
 ――なんでこんなことになった!?
 オロオロと視線を彷徨さまよわせたルカは、左手側の廊下の扉から、誰かが顔を覗かせているのに気付いた。フィンレーの祖父であるクリストファー卿が、ルカを手招きしている。
 天の助けとばかりに、ルカはその場を離れた。エキサイトしている3人は、気付く様子もない。
 招き入れられたのは、応接室の一つだった。テーブルにはお茶とお菓子が、しっかりとセットされている。
「あの子らの気が済むまで、ここでお菓子でも食べていなさい」
 すまないね、と困ったように詫びるクリストファー卿の表情に、ルカはハッとした。ダンディな笑顔は、家族への愛情に満ち溢れている。
 確かに、フィンレーは父の名代みょうだいとしての重圧や、斥候隊加入への懸念から解放されたばかり。ヘクター卿に至っては、数か月ぶりの故郷ふるさとだ。多少なりとも、羽目を外したくなることもあるだろう。
 ――おばあちゃんが二人に付き合ってあげてるのも、そのせいかな。
 さすがに違うか、と思い直して、ルカは「はい」と大きく頷いた。
 クリストファー卿と向かい合って座り、室内に控えていたメイドが香り高い紅茶を注いでくれるのを見守る。
 あれこれと世話を焼いてくれるクリストファー卿と、束の間の二人きりのお茶会を楽しみながら、ルカは親友の暖かな家庭を思い、自分まで幸せな気持ちになっていくような気がして、ふわりと微笑んだ。


第5話 END
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢
ファンタジー
 何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。  そう言われて、異世界に転生することになった。  でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。  どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。  だからわたしは旅に出た。  これは一人の幼女と小さな幻獣の、  世界なんて救わないつもりの放浪記。 〜〜〜  ご訪問ありがとうございます。    可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。    ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします! 23/01/08 表紙画像を変更しました

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。