小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第2話:美貌の悪魔

第1章

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 暗い色の布が幾重にも垂れ下がる、広く陰鬱な空間に、二つの影がわだかまっている。
 一段高い位置に据えられた黒曜石の玉座に向かって、左側にひざまずいた青年が、並んでかしこまる小柄な影をチラリと見遣った。
 黒い髪に金色の目、育ちの良さと同時に神経質そうな印象も与える少年は、先程から心ここにあらずといった様子だ。このところ、しきりと何かを思い悩むような表情を見せることも増えた。彼が何を気に病もうと知ったことではないが、集中を欠いた結果、自分やあるじに害が及ぶようなことがあってはならない。
 整ってはいるが、よくできたマスクのような冷たい顔立ちに見合った辛辣なことを考えていると、玉座の主――魔王がわずかに身じろぐ。
「――ヘルムート」
 威厳に満ちた声が大気を震わせ、青年――ヘルムートは、自然と礼を深くした。彼は周囲の有象無象うぞうむぞうどものように、闇雲に魔王を恐れたりなどしていない。しかし、本能が従属を促す。それは、「強者に仕える喜び」と言い換えることが出来るかもしれない。
「貴様の策を聞かせてみせよ」
 燭台に灯る、紫色の炎に照らし出された魔王は片肘を着き、面白くもなさそうに促した。黄金のベリンダと「予言の子供」――その動向については、適宜情報を入手している。彼の主もまた、自身を滅ぼす予言を頭から信じている訳ではなさそうだが、放っておくほど慢心してもいないのだ。
 ヘルムートは、無駄のない所作でサッと立ち上がった。「恐れながら」と前置きをして、主の要求通り、己の作戦を披露する。
「『予言の子供』如きの力は知れたもの。しかし、周囲には黄金のベリンダ始め、それなりの手練てだれが揃っているようです――ここは、一人ずつ切り崩していくのも手かと」
 芝居がかった口上に、少年が小さく舌打ちするのが聞こえてきた。子供の無礼な態度など気にも留めず、ヘルムートは悠然と玉座を見上げる。
 そうだ。主の力の完全復活を経て、使える手は無限に増えた。今回の標的はあくまでも斥候隊せっこうたいの中の一人になるはずだが、あわよくば「予言の子供」の命を直接奪える機会もあるかもしれない。そうなれば我が君にも、きっとお喜びいただけることだろう――。
 魔王は「ほう」と応えたのみで、それ以上の詳細な説明を求めることはしなかった。それだけ側近の能力を信頼しているのか、それとも、万一ヘルムートが失敗しても、大した痛手ではないと考えているのか。恐らくは後者だろうと、ヘルムートは冷静に分析する。
「――思うようにやってみせるがいい」
 笑い含みに呟いて、魔王の気配は唐突に途絶えた。空の玉座には、紫色の光が怪しくうごめくのみだ。
 命は下され、ヘルムートは出陣の許可を得た。己の力を示す絶好の機会の到来にニヤリと口許を歪め、一切の心残りもない様子でその場を後にする。
「………………」
 一人残された少年は、ゆっくりと立ち上がった。幾らか幼さの残る、吊り上がった大きな瞳は、苦悩の色に歪んでいる。
 やがて小さく頭を振って、彼もまた闇の彼方へ身を溶け込ませた。

             ○   ●   ○

 クラウドヴィッツ州北東部からメンシュタット州にかけての一帯は、湖水地方として国内外にその名を知られている。
 多様な植生しょくせい湖沼こしょうの織り成す風光明媚な景観は多くの人々を引き寄せ、観光業で特に潤う地域だ。
 ハイシーズンともなれば、保養を目的とした貴族や富裕層で賑わう周辺の森も、今はまだ閑散としている。
「――ここもだわ」
 イェルヘイヴンの町に向かう街道から少し逸れた位置にある大木に向かって、偉大なる魔法使い・黄金のベリンダは、美しい眉間を寄せた。多く見積もっても20代後半にしか見えない祖母のただ事でない様子に、ルカは無意識のうちにてのひらを握り締める。
 本来ならこの町は、魔王斥候隊の進行ルートにはない。夕方までの間に北隣の街に到着する予定を急遽変更したのは、ベリンダが「良くない」のようなものを感じたためだ。
 道を変えて程なく、一行は異変に遭遇した。周辺の森のあちこちに、大小様々な悪氣あっきうずが凝り固まっているのだ。
 ルカのような魔法的凡人には「何となく嫌な気配がする」としか感じられないが、ベリンダのような特異な人々には、黒い霧が渦を巻いているように見えるらしい。直接触れても害はないが、放っておけば各種の「良くないもの」を引き寄せる性質があるため、見付け次第浄化するのが得策であるという。
 ――目的地をイェルヘイヴンに定めてから、これでもう8個目だろうか。どう考えても異常な数だ。
「なんかちょっと、ヤバい感じだね?」
 不安げに見守るルカを安心させるように微笑んでから、ベリンダは何事か詠唱し、悪氣の渦を絡めとる。優美な掌から白とも金ともつかない光が溢れ出たかと思うと、忌まわしい氣の塊は宙に溶けるように霧散した。
「おかしいですね」
 断言したのは、旅の最中さなかにあってもきっちりとキャソックを着こなした、正エドゥアルト教会の司祭、ネイトだ。
 彼は先程からベリンダと交代で、悪氣の浄化を請け負っている。本来なら大魔法使いの補佐は、弟子であるユージーンの役割だ。しかし、ベリンダの歴代の弟子の中でも最優秀とうたわれるユージーンが、唯一苦手としているのが浄化魔法だった。バランスよく様々な魔法を身に付けているとはいっても、どちらかといえば攻撃魔法に特化した彼は、「強制的にはらいのける」ことは出来ても、「清めて無に還す」ことがあまり得意ではないらしい。
 もちろん、師はこれを良い機会として、愛弟子に浄化を促し、ユージーンもまた真摯に課題に取り組んではいるのだが――単純に、ユージーンが一つ浄化を完了する間に別の渦が見付かり、結果的にベリンダと、治癒等の補助系魔法に特化したネイトが対応する、という状況になっている。
 魔法に適正のないルカと、ジェイク、フィンレーの3人(+ぬいぐるみ体で、ルカのフードの定位置に収まったレフ)は、見守ることしか出来ない。
「やはり、魔王の復活と関係があるんでしょうか」
 考え込む様子で、ネイトがベリンダに意見を求める。
 振り返ったベリンダは、「そうね」と物憂げに息をついた。
「精霊が、魔王復活の悪影響を受けて、それを吐き出したもののように見えるわ」
 その見解に、ルカは以前――この世界に転生するよりも前――に、祖母から聞いた話を思い出した。なんでも、「精霊自体は目には見えないけれど、自然界に普通に存在しているもので、本来は人間にとって良いものでも悪いものでもあり得ない」らしい。
 であれば、精霊達は「悪いもの」に変化するのを防ぐために、身体に蓄積した悪氣を放出しなければならない、ということになる。
 しかし、それがこれほどまでに、この場所に集中している原因はなんだろう?
 首を傾げたところで、ルカは、ユージーンが珍しく、悔しそうに口許を歪めているのに気付いた。黄金のベリンダの弟子として、完全にネイトにお株を奪われてしまった形だからだろうか。
 ネイト自身もそれに気付いたようで、瞬時に真面目な表情を消し去り、ニッコリと人の悪い笑みを浮かべる。
「よろしかったら、浄化の指導をして差し上げましょうか?」
 ルカを挟んで、特に仲の悪い自分に教えを乞うなど、ユージーンにとっては一番の屈辱に違いない。それをわかっているからこその嫌味に、ユージーンが渾身の力を込めて「結構です!」と吐き捨てる。
「――!」
 その時、ベリンダがハッと顔を上げた。次いで剣士として修練を積んだフィンレーが、背後を振り返る。
 茂みを割って、姿を現したのは一人の老爺ろうやだった。森から伐り出したらしい木材を背負っているところを見ると、地元のきこりだろうか。年輪のように刻まれた顔の皺の割にはとしており、粗末ながらも身なりは整っている。
「…………」
 老爺は眼光鋭く一行を睥睨へいげいしながら、ゆっくりと街道へ戻った。見慣れない旅人達をいぶかしむにしては、表情に敵意が感じられる。
 その視線が、特にユージーンを睨み付けているように見えたのは、果たしてルカの考えすぎだったのだろうか?
『――感じ悪ィな』
 無言のまま老爺が街道の先に消えたところで、レフが思念派を吐き出した。ルカも、知らぬうちに詰めていた息をついて、宥めるようにレフのたてがみを撫でる。
 太陽の光に反射して、老爺が左腕に嵌めた腕輪らしきものがキラリと光るのを、ルカは見た。紫の石の埋め込まれたその装飾品が、頑固な職人といった風情の老人とは不釣り合いな気がして、妙に落ち着かない気分にさせられる。
「……」
 ライオンのぬいぐるみ姿のレフが、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
 ルカは胸騒ぎを抑え込むように、小さく笑った。
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