小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第2話:美貌の悪魔

第2章

「ようこそお越しくださいました!!」
 愛想の悪い老爺ろうやの向かった先と思われるイェルヘイヴンの町で、魔王斥候隊せっこうたいは大歓迎を受けた。
 「魔王復活の影響について調査しているため、数日町に滞在させてほしい」というベリンダの申し出は、速やかに町長ほか町の名士達に伝わり、粛々と宿が整えられる。繁忙期を少し先取りした、季節外れの客人が歓迎されるのは当然としても、「黄金のベリンダ一行が滞在した」という触れ込みが良い宣伝になるとあって、ここでも町を上げての大歓待となった。
「どんどん召し上がってくださいね!」
 宿泊予定の宿で、近隣の湖で獲れる新鮮な魚を使った名物料理を振る舞われながら、ルカは少々面食らった。
 街道で出会った老爺の、拒絶もあらわな態度のこともある。それに加えて、ベリンダ曰く、周囲を取り囲むようにぐるりと魔除けのナナカマドを植えたイェルヘイヴンの町には、妙に澱んだ空気が漂っているらしい。人々の明るい様子から、特に不自由や不快を感じているようには見えないが、魔法適正のないルカにもわからないのだから、これは仕方のないことなのかもしれない。
 陰鬱な気配などまるで感じられない町の中で、特に浮き足だったのが、若い女性達だった。田舎町とはいえ、観光業で雇用も充実しているイェルヘイヴンには、若年層の人口も多い。そして女性というのは、群れるととてつもない力を発揮する性質を持っているものだ。見目麗しい斥候隊員を遠巻きに見詰めて、やれ自分は誰推しだ、いや自分は、と、はしゃいでいる。
 残念ながらルカに関して聞こえてくるのは、相変わらず年配の女性か小さな女の子の支持ばかりだった――それはそれでありがたいのだけれど!――が、中でもひときわ多くの女性を虜にしたのは、やはりというか何というか、際立った美形のユージーンだった。
 町長や町の名士達がこぞって家族を紹介してくる際、娘や姪といった適齢期の女性達が、皆一様にうっとりとユージーンを見詰める様には、さすがの彼も苦笑していたくらいだ。
 ――まぁ、活気があるのは良いことだ、と言えなくもない。


 午後。
 国王アデルバート2世から、イェルヘイヴン滞在の許可を得た斥候隊一行は、再び森に向かった。
 町に入ったのが南東側から続く街道であるため、反対側の北西部の辺りを探索してみることにしたのだが、結果は予測通り。
「やっぱり、多すぎるね」
 岩影に新たな「良くない」の滞りを感じて、ルカは祖母を振り返った。
 町外れから森に分け入り、ザッと見渡しただけでも、ベリンダ達魔法適正の高い者には、複数の悪氣あっきうずが確認できたらしい。そこからは自然と、ベリンダとルカ、ユージーンとジェイク、ネイトとフィンレーという、魔法力の有無による三組に別れて、発見次第の浄化を繰り返している。
 ルカの問いに頷いてから、黄金のベリンダは手早く印を結んで浄化を施した。少しだけ気持ちが軽くなる気がするのは、やはり少なからず悪氣の影響を受けていたためなのだろう。
 可愛い孫から当面の脅威を遠ざけたベリンダが、改めてルカに向き直る。
「この町には、これだけの悪意ものを引き寄せるがあるはずよ」
 魔王の復活が自然界の精霊に悪影響を与えているといっても、その条件はどこも同じ。北の魔境に隣接するでもないこの町の周辺にだけ、悪氣の渦の発生が集中しているのはおかしい。
「町の中にはなかったんだよね?」
 ルカの発言は問いというよりも、確認に近かった。「ええ」とベリンダが首肯しゅこうするのと殆ど同時に、手近な渦を浄化し終えた全員が集まってくる。この分だとイェルヘイヴン周辺の悪氣の渦は、相当数にのぼるはずだ。
 町を取り囲むように植えられたナナカマドの効力か、悪氣を帯びた精霊は町中に入れないらしく、吐き出した渦そのものは見当たらなかった。しかし、現実問題としてイェルヘイヴンの中には、ある種異様な空気が蔓延していると、魔法適正の高い3人は声を揃えて主張している。
 となれば、悪い氣を引き寄せるような何かが、町中に存在しているとしか考えられない。
 自分には感じ取れない「異様な空気」に、ルカが小さな恐怖を感じた、その時。
「!!」
 武人であるフィンレーとベリンダ、次いでユージーンまでもが、ハッとしたように視線を彷徨わせた。
 きょとんと首を傾げるルカと、同じく状況を飲み込めずにいるジェイク、ネイトの二人に向かって、ベリンダが声をひそめて警告する。
「振り返っては駄目よ」
「――誰かがこちらを監視してる」
「!」
 ユージーンの発言に、ルカは目を見開いた。反射的に振り返りたくなる衝動を何とか堪え、唇を引き結ぶ。
 3人の表情から、斥候隊の邪魔にならないように隠れて見守っている、などといった、無邪気な偵察ではないようだ。――いったい誰が?
『さっきの胡散臭ぇジイさんだぜ』
「!?」
 ルカの背中から聞こえてきた思念波に、一同は揃ってギョッとした。ぬいぐるみ体とはいえ、ライオンの鼻は誤魔化せなかったらしい。
 レフのお陰で監視者の正体は割れたが、その意図は依然として不明だ。最初から斥候隊に対して友好的ではなかったが、老爺ろうやはいったい何を探っているのだろう。
 現地の人間と揉めるのは本意ではない。一行に緊張が走り、ルカも息をひそめて事態の推移を見守っていた。
 が、結局老爺は何のアクションを起こすこともなく、足音を殺すようにしながら立ち去ったのだった――。

             ○   ●   ○

 イェルヘイヴンの南西の町外れ、集落から距離を置くように建てられた一軒家で、その老爺ろうやは一体の木像と向き合っていた。
 苦労をそのまま刻み付けたかのような、苦み走った顔立ちに、鋭い眼光。髪にもひげにも白いものが多く混じり、やや猫背気味であるものの、周囲を圧する貫禄のようなものに満ち溢れている。
 老爺は、外見に見合わぬ機敏な動作で、その場に膝を着いた。相対する木像は、白木しらきから掘り起こされた、恐らくは実寸大はあろうかという獣――ひょうの姿をしている。
 白い豹は、エドゥアルト神の騎獣きじゅうであり、信仰の対象でもあった。古来より「良い報せをもたらすもの」として、広く崇められている。その木像の、今にも動き出しそうな躍動感は、作り手の優れた腕前を充分に伝えて来るかのようだ。
「――エドゥアルトの御使みつかいよ」
 胸の前で両手を組んだ老爺が、低い声で呼び掛ける。
 応えるかのように、木像からじわじわと氣の塊のようなものが吹き出し始めた。聖なる称号、究極の美名に反して、小屋の中を満たしていくのは禍々しい空気だ。
 しかし、老爺には驚いた様子もなく、その光景をジッと眺めている。
「あなたの教え通り、悪魔がここへやってきた……」
 どこか虚ろな表情で老爺が呟いた瞬間、武骨な左腕に嵌めた腕輪に付いた、紫色の石がキラリと光った。
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