小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
59 / 121
第2部・第2話:美貌の悪魔

第5章

しおりを挟む
 夜半。
「――!」
 ふと目を覚ましたルカは、室内の様子に違和感を覚えて、ギクリと身体を強張らせた。
 夜風を受けて、白いカーテンがふわりと揺れる。ベッドに入る前、きちんと施錠は確認したはずなのに、窓が開いているのだ。
 ベッドの足元には、ライオン体のレフの、重みと体温を感じる。しかし、異変に敏感なはずの彼が、なぜか目覚める様子もない。
 昨夜の騒動を受けて、宿では戸締まりを一層厳重にしたと聞いていたのに、これは。
 ――魔法!?
「……!」
 咄嗟に祖母を呼ぼうとして、ルカは声が出せないことに気付いた。それだけでなく、わずかな身じろぎさえも敵わない。ベリンダに渡されたお守りの数々も、こうなっては意味がなかった。
 ギシ、と木造の床が軋む音が近付いてくる。
 そこでようやくルカは、目覚めた瞬間の違和感の最大の原因が、自分とレフ以外存在しないはずの室内に、別な者の気配を感じたためであることを悟った。
 ――誰だ。
「……ッ……」
 月明かりの照らす中、恐慌状態に陥ったルカの目に映ったのは、人の腕のようなもの。
 しかし、確認できたのはそこまでだった。
 視界を紫色の光線が走るのと同時に、ルカは、まるで催眠術にでも掛けられたかのように、ことりと意識を失う。
 小柄な身体を担ぎ上げるのに、もはや魔力など必要ではなかった。


 一方、その頃。
 ルカの部屋をひっそりと(しかし正式に)訪う者があった。
 周囲の部屋に聞こえないよう、絶妙な加減で扉を叩いたのはユージーンだ。
 斥候せっこうの旅にあって、全員が一人部屋を取れる機会はそう多くない。優しい(もしくは幼馴染みに甘い)ルカのこと、「庭を女性がうろついていそうで不安なんだ」とでも言えば、あわよくば一緒に居てくれたりするかもしれない(ただし、もれなくレフは付いてくる)。
 世にも稀な華やかな容貌で、そんな些細な企み抜け駆けを胸にノックを繰り返すが、中から返事はなかった。もう寝てしまったのだろうか――いやレフならノックの音で目覚めるはずだ――だとしたら、訪ねてきたのが自分だと察して、敢えてルカを起こさずに済ませようとしているのかもしれない――と、様々な葛藤が瞬時に脳裏を駆け巡る。
「――!」
 室内の違和感に気付いたのは、見倣いとはいえ魔法使いとしての鋭敏さのためか、単純に聴力の問題か、それとも、この世の誰より愛しいルカに関してのみ発揮される特殊能力だったのだろうか。
 ――明らかに、部屋の中から虫の声が聞こえる。
 灯りの消えたルカの部屋の、窓が開け放たれていることを察したユージーンは、先程よりも大きく扉を叩いた。
「ルカ!?  ごめん、入るよ……!」
 形だけの許可を口にしながら触れたドアノブは、ユージーンの想像通り、何の抵抗もなくカチャリと回った。
 嫌な予感に胸を掻き乱されながら踏み込んだ室内に、やはりルカの姿はない。開け放たれた窓からは冷たい風が吹き込んで、カーテンを揺らしている。
 何より、あるじの消えたベッドの上、ライオン体のレフがこんこんと眠り続けていることが、非常事態の発生を物語っていた。
 ――魔力を持つ者に、ルカがさらわれた。自分や、尊敬する師の目すら掻い潜って。
「――ッ!!」
 恐ろしい現実に打ちのめされながら、ユージーンは凶事の報告をすべく、ベリンダの部屋に向かった。

             ○   ●   ○

 目覚めた時、ルカは固いソファの上に寝かされていた。
 手足は自由に動かせるので、拘束はされていないらしい。起き上がろうとすると、ひどく頭がふらついた。
 辺りには工具のような物が散乱しており、何かの作業場といった雰囲気だ。薄暗く、物の判別もつき難いところから、襲われてからさほどの時間は経っていないように思われる。
「――!」
 恐る恐る身体を起こしたルカは、驚愕に両目を見開いた。暗闇の中に、白木しらき彫りの獣の像が、ぼんやりと浮かび上がっている。驚いたのは、それが自ら発光しているためではない。エドゥアルト教で神の使いと崇められる白豹はくひょうの像に、嫌悪を催すほどの悪氣あっきが凝り固まっていたためである。
 ――森にあった、悪氣の渦と同じものだ。
 魔法適正のないルカには「視る」ことこそ出来ないが、嫌な気配として存在を「感じる」ことは出来る。
 この木像は、精霊が悪氣の渦を吐き出した木材を利用して、掘り起こされた物なのに違いない。
「!!」
 白豹像の手前に、ほとんど暗闇と同化するようにして佇む人物の存在にようやく気付いて、ルカは悲鳴を飲み込んだ。普段は研ぎ澄まされたような剣呑けんのんな眼差しを持つゲオルグ老人が、生気の感じられない目付きで、こちらを見下ろしている。
 では、ここは彼の家なのだ――その瞬間、ルカは大まかな経緯を理解できた気がした。
 今日出会った町の青年は、ゲオルグ老人を木工職人だと言っていたではないか。きっとこの白豹の木像は、彼が森から伐り出した木材で彫ったものなのだ。いくら魔除けのナナカマドで町を囲って精霊を寄せ付けないようにしても、悪氣の渦を帯びた木片を住民自らが町内に持ち込んだのでは、おまじない程度の結界に、効果があろうはずもない。
 イェルヘイヴンの町中に蔓延する嫌な氣の正体は、この木像だったのだ。最も間近に居たゲオルグ老人が悪影響を受けているのも、当然の話だろう。
 ――とはいえ、いくらゲオルグが優れた職人であっても、精霊をイェルヘイヴン周辺に集中して呼び寄せ、悪氣に染めるような能力は持ち合わせていないはず……。
「――お前を、あの悪魔の側に置いてはおけない」
「!」
 唐突にゲオルグ老人が口を開いて、ルカは思考を停止すると同時に、反射的にビクリと肩を震わせた。他者を悪魔などと罵るにも関わらず、何の感情も浮かんでいない両の瞳が、ひどく不気味だ。
 老人は恐らく、悪氣の渦に意識を囚われている状態なのだろう。娘を連れ去った男とユージーンを、完全に混同してしまっている。
「……僕はあなたの娘じゃないし、ユージーンは立派な魔法使いだよ」
 何とか反論を絞り出しながらも、ルカは思わずソファの上を後ずさった。白木彫りの木像だけではない、ゲオルグ老人が左の手首に嵌めた銀の腕輪からも、妙な氣が発されているのを感じ取ったからだ。
「あの悪魔は、関わる者すべてを不幸にする」
 繰り出される呪詛は一方的で、ルカと会話をする意思はないようだ。まるで、老人の後悔と哀しみを利用する何者かが言わせているような、奇妙な感覚がある。
 息を潜めて見守るルカに向かって、ゲオルグ老人が一歩近付いた。口許だけをニヤリと歪めて言い放つ。
「お前を、あの美しい悪魔の手から救い出してやろう……!」
「!!」
 木像から、全身を白い体毛に覆われた豹が、ぶわりと分離した。レフのように、ぬいぐるみが成獣に変わるのではなく、木像から実体が抜け出たようにも見える。
 鋭い爪が木造の床を擦る音に、ルカは今度こそ、恐怖で身を竦ませた。それは、「魂の感じる根元的な恐怖」と言っていい。近付いてはならないもの、触れてはならぬものであると、本能が激しく訴えている。――しかし、逃げ場はない。
 ルカの怯える様子など意に介した風もなく、白豹は優雅に首を動かした。
『石を、心臓に』
 それは、しもべに対する命令だ。老人とは思えない素早い動作で、ゲオルグがルカの肩を捉える。操られるまま、ルカの胸元に、紫色の石の嵌め込まれた腕輪を押し当てた。
 大きな力の込められた腕輪は、「エドゥアルトの聖遺物」としてゲオルグに与えられた物だ。この腕輪があらゆる鍵を破壊し、気配に敏い聖獣に覚めない眠りをもたらした。
 ――すべては、神の思し召し。
「……ッ……!!」
 紫色の石から、強烈な光が溢れ出た。それはそのままルカの胸に吸い込まれ、心身を衰弱させていく。
 強烈な悪寒と不快感に襲われて、ルカは昏倒こんとうした。
 魔王の、死の呪いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

【完結】双子の兄が主人公で、困る

  *  ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……! 本編、両親にごあいさつ編、完結しました! おまけのお話を、時々更新しています。 本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...