小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第3話:戦士覚醒

第1章

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 山の中の一本道を、牛にかれた荷車がゆっくりと登っていく。
 荷台のほとんどが食料品で埋まっているのは、酒宴か祭事の準備のためだろうか。近隣の街に、不足品の買い出しに出掛けた帰り道のようにも見える。
 荷物と一緒に荷台の後方で揺られているのは、年配の女性と、ふんわりとした髪を編み込んで一つに纏めた若い娘だった。酒瓶の入ったケースを両脇から支えている二人の表情は、緊張に強張っている。任務のレベルに不釣り合いな気の張り様だが、それはこのの編制そのものも同様だった。
 馭者ぎょしゃ一人、荷台の女性二人に加えて、その周囲をぐるりと取り巻くのは、20代から30代前半の屈強な男性ばかりが七名。いずれも農具や棍棒等、武器になりそうなものを手にしている。ちょっと隣町まで買い出しに、というには、明らかに過剰な装備だ。
 軽口ひとつ叩くことなく、全員が気を張り詰めている理由は、やがて知れた。峠を越え、荷車が緩やかな坂道を下り始めた刹那、背後から襲撃を受けたのだ。それぞれに武器を手にした男ばかりの集団が、下卑げびた嬌声を上げながら一行に襲い掛かる。男達は必死に応戦し、馭者は牛に鞭打ったが、牛車はそもそも速度に優れた乗り物ではない。数に勝る襲撃者達は、わらわらと荷車に追い縋り、馭者を引き摺り降ろしてしまった。
 荷台の女性達が、我と仲間の不運を嘆き、硬く身を寄せ合った、その時。
 ――ドン、と雷のようなものが地面に落ちて、その場に居合わせた全員が、ハッとしたように動きを止めた。そこへ声もなく斬り込んできたのは、長剣を手にした細身の剣士と、巨大な戦斧せんぷを構えた逞しい戦士の二人。彼らは手慣れた様子で、次々と襲撃者達の武器を的確に弾き飛ばしていく。
 更に後方から、魔法の支援が加わった。魔導書を手にした青年が何事か詠唱するのと同時に、襲撃者達の幾人かが耐えかねたように武器を投げ出す。そのてのひらが赤く腫れあがっているところを見ると、火炎魔法を掛けられたのだろう。
 更にその背後では、聖職者のキャソックを身に纏った青年が、右の掌を中空にかざしていた。そこからこぼれる薄緑色のオーラは、絶えず彼の仲間達に降り注ぎ、恐れを知らぬ奮闘ぶりの後押しをしていることは明らかだ。
 形勢不利と見た襲撃者達――特に末端の者の中には、取り落とした武器を拾おうともせず、じりじりと後退する者まで現れ始めた。
 彼らの戦意を完全に喪失させたのは、キャソック姿の神父に守られていた、小柄な少年だった。
 一歩進み出た少年は、両手を揃えて何かを掲げるような所作を見せる。と同時に、その掌の中から黄金の獅子が躍り出て、地も震えんばかりの咆哮を上げた。
 鋭い牙と爪を持つ、大型の肉食獣――話のみに聞くライオンの姿を目の当たりに、襲撃者達はとうとう、蜘蛛の子を散らすように逃亡を始める。
 しかし、中の一人が最後に、悪人ならではの気概を見せた。奪えなかった荷物の代わりにとでも言うつもりか、呆然と事態の成り行きを見守っていた荷台の上の娘に手を伸ばしたのである。
 娘が悲鳴を上げ、年配の女性は離れていく温もりに色をなくす。
 腕を引かれ、宙に投げ出された娘の反対側の手を掴んだのは、戦斧を振るう戦士だった。娘の身体に負荷が掛からないよう、それ以上手を引くようなことはせず、反動を利用して腕の中に抱え込む。武器と娘、両手が塞がった状態で、自分に向かって倒れ込んできた男の横腹に、強烈な蹴りをお見舞いした。
 地面に投げ出された男は、両脇を仲間達に抱えられながら、無様に逃げ去っていく。
 「怪我はないか」と、戦士が娘の顔を覗き込んだ。
 怯えていた娘は、強い力で自分を引き寄せた、逞しい青年の精悍な顔立ちを見上げて、「はい」と頬を染める。
 そこへ、突如として黄金の光が湧き上がった。戦士達には、驚く様子もない。
 やがて光は、美しい女性の像を結んで消えた。オレンジ色の豊かで明るい髪に、同色の瞳。大きな帽子と纏ったローブは濃いネイビーであるにも関わらず、まるで女神のような神々しい姿に、娘も含めた荷車の一行は思わず息を呑む。
 美しい女性はそっと細い首を巡らし、華奢な少年を見止めて、愛おしげに微笑んだ。
 弾かれたように少年――ルカは、祖母の胸に飛び込む。
「――おばあちゃん!」
 若い女性に最も似つかわしくない呼び掛けに、荷車の一行が揃って目を剥いたのは言うまでもない――


 ラインベルク王国、ウィットフォード州、サハス。
 高地栽培の農作物で細々と生計を立てている、山あいの小さな村だ。とはいえ、決して貧しい訳ではなく、食料自給率は優に70パーセントを越えており、不足分を近隣の自治体との取引で賄っている、それなりに豊かな土地である。
 地方の小さな町村に至るまで、最低限度の生活が保障されているのは、国王アデルバート2世の治世の賜物――という話は、今は置いておくとして。
「まさか、黄金のベリンダ様と、斥候隊せっこうたいの皆様に助けていただけるなんて!」
「何とお礼を申し上げたらいいのか……!」
 襲撃を受ける前とは打って変わって、荷車の一団は、皆一様に饒舌になっていた。極度の緊張状態から解放されただけでなく、黄金のベリンダ率いる魔王斥候隊に命を救われたとあって、全員が感動に打ち震えている。
 彼らはサハス村から、近日開催される村祭りのための買い出しに出掛けた一団だという。主に、村では作れないアルコール等嗜好品の補充を終えて戻るところだったらしい。「お礼をさせて欲しいので、ぜひ村へお越しください」という流れは、まあいつものことだ。
「彼らはいったい何者ですの?」
 荷車の左側を、ルカと共に並んで歩きながら、ベリンダが聞いた。「宜しかったら村祭りにもぜひ参加していってください」などと、束の間明るく輝いていた村人達の表情が、一斉に曇る。
 ルカの視線を受けて、荷台に着いた年配の女性が、困ったように首を横に振った。
「――山賊なんです」
「山賊!?」
 これはまたした名称が出てきたものだ。現代日本で育ったルカが思わず声を上げてしまったのも、仕方のないことだろう。
 村人達が口々に語ったところによると、元々彼らはそれぞれ、近隣の町で悪事を働いて回る、小悪党のようなものだったらしい。これがいつの間にか徒党を組んで、小さな集団になった。リーダーはそれなりに知恵が回るらしく、魔王復活の影響で魔物の出現が増えたことを逆手に取って、近隣の町村に対し、「街道を行く時、守ってやるから見返りを寄越せ」と、法外な報酬を要求し始めた。断れば住民が襲われたり、最悪の場合は子供や女性を攫って売り飛ばしたりすることもあるのだという。
 サハス村はまさに、住民一致でこの横暴を突っぱねた村の一つなのだそうだ。土地の憲兵けんぺいも人数に限りがあり、すべての町や村を絶えず警戒することも出来ずに、いたちごっこを繰り返している状況らしい。
「だからこそ、買い出しには不釣り合いな人数で、武器も所持していたんですが、皆様に会わなければどうなっていたか……」
「……ッ……」
 酒類の入ったケースを間に挟み、ご婦人とは反対側に座った娘が、小さく肩を竦ませた。一歩間違えば、彼女自身も攫われるところだったのだから無理もない。
 ここで珍しい反応を見せたのは、荷車の後方に着いたジェイクだった。ルカの視線を追い、娘の青ざめた表情に気付いて、労わるように声を掛ける。
「――大丈夫か?」
「……はい。ありがとうございます……」
 途端に娘の頬は薔薇色に染まった。居合わせた全員が、ジェイクへの好意を察するほど、それは顕著な変化だった。
 サハス村の一同が娘の恋心を微笑ましく見守る一方で、斥候隊メンバーには、「またか」といった、微妙なムードが漂っている。多様な能力を有し、色々なタイプの二枚目イケメンの揃った魔王軍斥候隊は、どこへ行っても女性達の熱い支持を受けた。特に、繰り返す日常にんだタイプの女性は、「旅の美青年との恋」というシチュエーションに酔う傾向が強いようで、一目惚れからの猛烈なアプローチに発展するケースは少なくない。
 ――そう、もちろんルカだって、先程早々に、黄金のベリンダと「予言の子供」に荷台の席を譲ろうとしてくれた目の前のおば様に対して、「女性の席を奪うなんて真似はしません!」と言い切って、涙も流さんばかりに喜ばせたばかりだ――もっともこれは、戦闘時にほとんど役に立っていない自分が率先して楽をすることに抵抗があったため、おば様に恥をかかせずに断る方向を模索した末の、苦肉の策、というヤツだったのだが。
 「今回はジェイクか」と身も蓋もないことを考えながら前方に向き直ると、隣を歩くベリンダと目が合った。無言のまま小さく肩を竦められて、ルカは同意を示すように、何度も頷いて見せる。
 サハス村は元々、斥候隊の進行ルートに組み込まれてはいたのだ。とはいえ、あくまで通過点の一つであり、立ち寄る予定を組んでいた訳ではない。
 しかし、昨日滞在した町で、一行はある地域に伝わる「魔物と伝説の武器」についての噂を耳にした。強力な武器は人類にとっての財産だが、これにまつわる不穏な背景を知ってしまったからには、捨て置く訳にもいかない。そちらの調査を優先すべきではないかとの話になって、急遽ベリンダが単独で、更なる聞き込みと偵察に向かった。その間ルカ達は峠の店で休憩をさせて貰っていたのだが――サハス村の買い出し隊が山賊に襲われたのは、ベリンダ不在の、まさにこの時のことだったのだ。
 こうなってしまえば、捨て置けないのはサハス村も同じ。山賊の横行おうこうが魔物の増加に起因するなら、この芽を断つのも斥候隊の使命だ。問題の地域に向かうには大きく迂回することになるが、それもまた旅に付き物のハプニングだろう。あちらには差し当たっての緊急性が認められないこともある。
 「仕方ないね」と、祖母とアイコンタクトを交わして、ルカは何となく荷台を振り返った。村祭りの日まで斥候隊をこの地に留められないかと、あれやこれやと盛り上がる村人達の中で、荷台の娘は近くを歩くジェイクにチラチラと視線を送っている。
「――!」
 ルカの視線に気付いたジェイクが優しく微笑んだ。精悍な顔に浮かぶ柔和な笑みは、そのギャップと相俟あいまって、故郷の女性達を数多あまた虜にしてきたものだ。
 ジェイクの視線を辿った娘と、ルカの目がばちりと合う。娘は恥ずかしそうに小さく頭を下げ、ルカも微苦笑混じりに会釈を返した。
 ――山賊以外の揉め事が起こらなければいいけど。
 村人達が先を争うようにして主張する祭りの話に心動かされながらも、ルカはぼんやりとそんなことを考えていた。
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