小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第3話:戦士覚醒

第6章

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 時は少し遡って。
 サハスの村から程近い山中の一画、丈の高い草木に覆われた、天然の隠れ家とも言うべき場所で、山賊達は宴を開いていた。
 広場には大樹の枝が競り出し、例え上空からであっても、その存在を確認することは困難なように思われる。山賊達は一時的にここに拠点を構え、自分達に従わないサハス村へ、何度も揺さぶりを掛けてきたのだ。
 しかしこの数日、やたらと強い旅の一行が現れたお陰で、村人達への見せしめどころか、アガリの一つも得られない状況が続いていた。そんな中で、今日になってようやく、突出して可愛らしい少年の誘拐に成功したのである。
「田舎娘どもより、よっぽど価値があるぜ!」
 リーダー格の野卑やひ勝鬨かちどきに、配下の者達も大声で賛同した。灯りと煮炊き兼用の炎を取り囲み、まだ陽も落ちきらぬ前から、楽しげに酒を汲み交わしている。
 その周りに設置された天幕の一つの中で、ルカは小さく身じろぎをした。
 両手両足を細い縄で拘束され、転がされている。見張りの一人も付いていないのは、絶対に逃げられないと高を括られているからだろう。侮られていることが幸いした形だ。
『……なんで黙って拐われてやったんだよ』
 ケープのフードから転がり落ちたレフが、不満げな思念波を飛ばしてくる。ぬいぐるみ姿のまま、心なしか手足を踏ん張っているようで、とても可愛らしい。
「ごめん。でも、これで、山賊のアジトがわかっただろ?」
 声を潜め、しかし少々得意げに、ルカは返した。
 運び込まれる際に、周囲の状況はしっかりと確認している。天幕はどれも簡単に片付けられそうなものなので、彼らが法の目を掻い潜りながら、拠点を転々と移しているのは間違いない。
 ――前に、人身売買組織に拐われた時の僕とは違うんだぞ!
 もぞもぞと上半身を起こしながら、ルカは自身の成長を誇らしく感じていた。
 レフをぬいぐるみ体のままに留めたのはもちろん、おとなしく捕まったフリで、アジトの場所を突き止めるためだ。みんなには心配をかけてしまうけれど、売られる予定なら危害を加えられる心配もないし、何より今はレフが側にいてくれる。他力本願ではあるけれど、囮くらいにはなれるという訳だ。
 しっかりと自分の拐われキャラプリンセス属性を活かしたルカは、むくれる守護聖獣に向かって、にこりと微笑んで見せる。
「何があっても、レフが一緒なら安心だからね」
『……当然だろ』
 胸の前で両手を縛られたまま、何とか照れるレフのたてがみをポンポンと撫でてやると、嬉しげにゴロゴロと喉を鳴らす。「じゃあ人間体になってよ」というお願いで、レフはルカの意図を正確に理解したらしい。
 ぽんと乾いた音を立てて、浅黒い肌の野性的な美丈夫に変化へんげしたレフは、ほとんど引きちぎるようにして、ルカの拘束を解いた。
「これからどうすんだ?」
 強面こわもてのイケメンは、膝に座らせたルカを背後から抱き寄せるだけでは飽き足らず、愛おしげに頬を擦り寄せてくる。動物的な愛情表現なのだろうが、成人男性体で行うのは絵面的にもパンチがありすぎるし、何よりルカの心臓がもたない。
「……取り敢えず、恥ずかしいから離れて」
「ッ、何でだよ!」
 ユージーンやネイト辺りなら、恥ずかしがるルカの姿を喜びそうなものだが、レフはまたしても不満げな声を上げた。犬歯を剥き出しながらも顔だけは離してくれたのは、まぁ紳士的といえなくもないだろうか。
「――おい、うるさいぞ……ッ!」
「!」
 そこへ、山賊一味の一人が様子を窺いにやってきた。少しだけ騒ぎすぎて、話し声が漏れてしまったのだろう。
 小太りの愚鈍そうな男は、ルカを膝に載せ、背後から抱き締める成人男性レフの姿に仰天した。
「てっ、てめぇ!どこから!?」
 しまった、と思う間もなく、山賊達が一斉に天幕へなだれ込んで来る。咄嗟に立ち上がって身構える二人を前に、勝手な大騒動が始まった。
「コイツ、可愛い顔してやりやがる!」
「この短時間に男連れ込むなんて……」
「なんてガキだ!」
「ギャーー名誉毀損!!」
 とんでもない濡れ衣におののきながら、ルカは腰に提げたポーチに手を伸ばした。取り出した青い石を、地面に叩き付ける。――ベリンダに持たされた防犯具の一つ、発信器型の魔石だ。
 割れた石から赤い光線が迸るのを確認して、ルカはレフを振り仰いだ。
「よし!――逃げよう!!」
「任せろ!!」
 力強く答えるやいなや、レフは小柄なルカの身体をすくい上げる。
 何が起こったのかわからず混乱する山賊達の隙を突いて、ライダースに身を包んだ青年は、しなやかな足取りで天幕を抜け出した。

                  ●

 陽は山の向こうに沈み、暗闇が迫ってくる頃。
 山中を少し下った辺りで、斥候隊せっこうたいは合流を果たした。
 ルカを抱えた状態で、蹴りだけで追ってくる山賊と戦っていたレフは、ベリンダの張る結界の中に滑り込むなり、雄々しい咆哮を上げながらライオン体に変化した。ルカを最も安全な場所へ預けて、本格的に戦闘へ加わる。
「おばあちゃん!!」
「ルカ! 無事なのね!?」
 レフから孫の身柄を託されたベリンダは、ホッとした様子で息を吐いた。勝算があったとはいえ、勝手な行動で心配を掛けてしまったルカは、「うん」と頷き、安心させるように祖母に寄り添う。
「ごめんね。僕は大丈夫だから」
 こくりと頷いてから、ベリンダは大規模な拘束魔法を展開した。飛行型の魔物の一団ですら、同時に動きを封じることが可能な彼女に掛かっては、田舎の子悪党風情に抗う術はない。
 30人前後から成る山賊は、魔王斥候隊の前に、一網打尽の憂き目を見たのである。

 村の男達が武装して駆け付ける頃には、騒動は粗方片付いていた。
 村長の指示により、隣町の憲兵けんぺい詰所つめしょに向けて、早馬が跳ばされる。遅くとも夜が更ける前には、縛られたままベリンダの魔法で熟睡する無法者達全員を、司法の手に引き渡すことが出来るだろう。
 見張りの者数名を残して、村人達が引き上げ始めた頃、改めてベリンダがルカを振り返った。
「あなたのお陰で山賊の拠点は掴めたけど……出来ればこんなことはやめてね」
 華やかな美貌に浮かんだ微苦笑には、頭ごなしにルカの判断を否定する色はない。
「うん。ごめんね、おばあちゃん。……みんなも」
 祖母なりの最大限の譲歩を感じ取って、ルカは素直に謝罪した。斥候隊への加入そのものを認められなかった頃に比べれば、祖母は随分と寛容になってくれたものだ。
 仲間達も皆一様に頷いており、代表する形でユージーンが「無事で良かったよ」と優しく微笑む。もっともこちらは、人を拐って売り飛ばそうとするような輩が、人並み外れて可愛いルカを放っておく訳がないということを、全員が今更ながらに痛感していたためでもあり、この先ルカはこれまで以上に、大事に過保護に扱われることになるのだが……それはまた別の話だ。
 そんな中で、一人声を荒げた者がある――みすみすルカを一人で出歩かせたことに、責任を感じているジェイクだ。
「ルカ、お前、どうして一人で……!」
 真剣な顔で詰め寄られて、ルカはビクリと肩を震わせた。先程彼を怒らせてしまったことを思い出したからだが、この剣幕は、どうもその延長というわけでもなさそうだ。何よりルカの知るジェイクは、そんな狭量きょうりょうな人物ではない。
「えっと、それ……」
「?」
 恐る恐るルカの指し示した先を見て、ジェイクは瞳を瞬かせた。この様子では、利き手の革手袋が傷んでいることには、まったく気付いていなかったようだ。ほつれた部分は今しがたの戦闘で更に口を大きく開け、小指の根元付近が露になっている。
 驚くジェイクに向かって、ルカはしどろもどろになりながらも、何とか言葉を繋いだ。
「直せるかどうかとか、無理なら新しいのが買えるかなとか、確認しておこうと思って……」
 ジェイクを怒らせてしまった直後に、当事者でない自分がしゃしゃり出ることではないかとも考えたのだが、と、ルカは弁解半分に説明した。早めに手を打っておいた方が彼のためではないかと判断したのは事実なのだから。
「――俺のせいか」
 小さな呟きに、ルカは反射的に顔を上げる。しかし、そんなつもりでは、との否定は言葉に出来なかった。
 武骨な腕に、しっかりと抱き締められてしまったからだ。
「わ!」
 滅多にないジェイクからの大胆なスキンシップに、ルカは動揺した。身長差的に、彼の胸板に顔を埋める形になってしまい、その逞しさに羨望と同時に羞恥が募る。
 けれどジェイクは、ルカがパニックを起こす前に、抱擁を解いた。突然の行為は、ルカの単独行動の理由が自分のためであった事実を知り、感極まった末のことだったようだ。
 代わりに子供のように抱き上げられ、コツンと額を合わせて、瞳の奥を覗き込まれる。
「俺が悪かった。お前を守るって言ったのは、俺なのにな」
「ジェイク……」
 労るような謝罪に安堵して、ルカは小さく息をついた。いつもの優しい、ジェイクの顔だ。
 束の間とはいえ、つまらない行き違いを解消すべく、ジェイクは「でも」と言葉を次いだ。
「――でも、だからこそ、お前にだけはそれを否定して欲しくない。俺は俺の意思で、お前の側に居るって決めたんだからな」
 真摯な声音に、ルカはこくりと頷いた。ジェイクのためを想っての不用意な言葉が、どれだけ彼の心と尊厳を傷付けたのか、ハッキリと理解できたからだ。
「うん……ごめんね」
 無意識のまま、ルカはジェイクの襟元を、ギュッと握り締めた。
 ルカの柔らかい髪を、ジェイクは愛おしげに撫でている。
「………………」
 その様子を、幾つかの目が見守っていた。
 ベリンダは笑顔で。
 斥候隊の仲間達は、それぞれが複雑そうな表情で。
 そして、遅れて駆け付けたらしい、村長の姪・ニコラは、わずかに目を見開いている。
 恋する村娘は、旅の戦士のことが心配で、暮れなずむ山道を男達と共に駆けてきたのだろう。
 彼女の存在に気付いたネイトが、静かに近寄った。長身を屈め、余人よじんに聞かれぬよう、声を落として囁く。
「ああ見えて少々厄介な相手なので、貴女が引き受けてくれればとも思ったんですが……難しいようですね」
「……!」
 神父の言葉に、ニコラは弾かれたように顔を上げた。そこに慈愛と憐憫れんびんの表情を見止めて、驚いたように立ち尽くす。
 迷える乙女に言い置いて、ネイトはおもむろにルカの元へと足を運んだ。甘い空気をぶち壊すように、背後から華奢な身体に手を回し、ジェイクから引き剥がしにかかる。
「――そろそろ離れなさい」
 笑顔のまま恐ろしい声で命じるネイトには構わず、ジェイクはルカを離すことはない。
「ッ、もうそのくらいで良いだろう!」
「てめぇ、いい加減にしろよ!」
 行き過ぎたスキンシップに我慢がならなくなったらしいユージーンと、再度人間体を取ったレフが、ネイトに加勢した。レフはどうやら、肉球で出来ないことを、人間体で補完することを覚えた模様だ。
 4人の間で翻弄されるルカを見かねて、フィンレーが抗議の声を上げる。
「おい、やめろ! ルカが潰れるだろ!」
 大人げない攻防は結局、ベリンダがルカ以外の全員に拘束魔法を掛けるまで続いた。
「……」
 一連のやり取りを見守り続けたニコラは、何かを決意した様子できびすを返し、山を降りる最後の一団に加わったのだった。
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