小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第4話:無敵の聖獣

第1章

 ――その異変に気付いたのは、特別気配に敏い訳でもないルカだった。
 海辺の街ポート・ヘレナを見下ろす小高い丘は、街へ向かう旅人達の最後の休憩地に選ばれがちな、眺めの良い場所である。開けた視界の先には青い海が広がり、波や砂浜に抱きかかえられるようにして、白壁の家々が軒を連ねている。青と白との美しいコントラストは、それまでの疲労を癒すのと同時に、これから訪れる街への期待を、否が応でも高めてくれるという訳だ。
 気持ちの良い風の吹き抜ける丘の上で、魔王軍斥候隊せっこうたいもまた、しばしの休息に入った。
「大丈夫かい、ルカ?」
 わざわざルカの手を取って、大樹の木陰に導いてくれながら、ユージーンが瞳を覗き込んでくる。
 魔王復活に伴う各地の異変を見極めつつ、という任務の都合上、彼らは自らの足を使って歩いて行くより他に手段はない。16年間を現代日本で過ごしたルカにとっては、当初こそ厳しいものがあったが、今やそんな生活にも慣れてしまった。それはこんな風にして、仲間達が常に、旅慣れないルカを気遣ってくれるお陰でもある。
「疲れているなら、私に寄り掛かってくれて良いんだからね」
 すかさずルカの隣を確保したネイトが、反対側から肩を引き寄せてきた。咄嗟にユージーンがルカの腕を掴んだために、キャソックの胸元に顔をうずめるようなことにはならなかったが、頭上では男達の熾烈な睨み合いが繰り広げられている。
 取り敢えずは中立を保つために、ルカは二人に向かって微笑んだ。
「大丈夫だよ、二人ともありがとう」
 フードの中から、ルカの肩口までよじ登って来た、オスライオンのぬいぐるみ姿のレフが、「ケッ」と小馬鹿にしたように吐き捨てる。ある意味で『ルカ過激派』のユージーンとネイトは、当然ながら四六時中ルカに付き従うレフとも、反りが合うとは言い難い。ルカが悲しむから表立って喧嘩をするようなことはないが、ルカが居なければ決して行動を共にしようなどとは、夢にも思わない者達だ。
「ポート・ヘレナまで、あともう少しよ」
 今日の荷物係であるフィンレーから冷えた水を受け取りながら、祖母のベリンダが女神のように微笑んだ。頑張りましょうね、と首を傾ける様は、今日も年齢をまったく感じさせない若々しさを保っている。
「すぐに宿が見付かるといいんだが」
 愛用の戦斧せんぷを地面に突き、凭れ掛かるようにして呟いたのはジェイクだ。考え込む様子からは、一刻も早くルカを休ませたいとの固い意思が見え隠れしている。
 最も高水準の教育を受けてきたフィンレーが、ジェイクの杞憂を吹き飛ばすように、爽やかに笑った。
「ポート・ヘレナは大きな港町だし、宿が見付からないってことはないと思うぞ。――ほら、ルカ」
 言いながら、ルカの手にも、よく冷えた水を手渡してくる。飲み水は各自でも携帯しているが、保冷機能を持った黄金のベリンダ謹製の水筒は少々嵩張るため、一日ごとの当番制で運搬係を決めていた。当然ながら、「ルカ以外の男達で」という注釈付きだ。
 色んな意味を込めて、ルカが親友の差し出すカップをありがたく受け取ろうとした、その時。
「?」
 フィンレーの後方、遥か頭上高くの青空に、一点の黒いシミのようなものが広がった。疑問に思う間もなく、それは一気に分裂を繰り返し、瞬く間に西の空の一画を暗い色に染め上げていく。
 シミの正体が、赤褐色せきかっしょくの肌をした鳥――強いて言うなら、の図鑑で見たプテラノドンのような、巨大な羽を持つ生物の一団だと気付いた瞬間、ルカは声を張り上げていた。
「――魔物だ!!」
「!」
 振り向きざまに、ベリンダがロッドを振り上げて、宙に半円を描く。その動きに呼応するように、周辺一帯に障壁のようなものが張り巡らされた。
 ほとんど同時に、飛行する魔物達の嘴から火球が放たれる。燃え盛る火の玉は恐ろしい速度で飛来し、障壁に吸収された。ベリンダの魔法があと一瞬でも遅かったら、大惨事になっていたに違いない。
 総毛立つルカをよそに、仲間達は即座に戦闘態勢を整えた。ルカの背から飛び降りたレフは、そのまま成獣体に変化し、勇ましい唸り声を上げる。その間にも、補助魔法を得意とするネイトが、全員の防御力を増加させた。レフと共に、近接戦が主体のジェイクとフィンレーは、前線で敵の個体数を減らすことに専念し、後方ではユージーンが、複数体対象の氷結魔法を繰り出す。
 そうしておいて、ベリンダの魔法で一掃するのが、斥候隊の普段の戦術だ。――しかし、今回に限っては、あまりに敵の数が多い。
 ――大丈夫だろうか。
 戦う力を持たないルカが、無意識に腰に差した短刀の束を握り締めた、次の瞬間。
 不意に午後の陽射しが翳った――と、そう見えたのは、新たに現れた巨大な生物が、大きく羽ばたいたためである。
「!?」
 驚愕に目を見開いたのは、人間と中型の魔物達の両方だった。
 全身を緑色の美しい鱗に覆われた、それぞれに体躯の違う翼竜が三体、小さき者達の戦いを睥睨へいげいしている。
「……え……?」
 ルカは大きな瞳をと瞬かせた。
 魔法の存在する世界といっても、ドラゴンは早々人の目に触れるような生き物ではない。
 しかし、ルカは以前にも、翼竜に遭遇したことがある。
 ――あれは、まさか。
 見上げるルカの方へ向かって、体長3メートル弱の、一番小さな翼竜が近付いてきた。
『――耳を塞いで!』
 やや甲高い、はっきりとした思念波に驚きつつも、反射的に両手で耳を押さえる。状況が掴めずにいた仲間達も、一番大型の翼竜が大きく口を開くのを見て、全員が慌ててルカにならった。レフは前足で頭部を抱え込むようにして、地面に伏せる。
『――――――――!!』
 大気を震わせて、巨大な翼竜が咆哮を上げた。名状しがたい音声は、耳を塞いでいても直接脳と心臓を揺さぶられるかのようだ。押しつぶされるようにその場に膝を着いたルカは、硬く目を閉じて、恐るべき超音波をやり過ごす。
 ようやく大気の鳴動が収まり始めた頃、今度はドンという衝撃音が降って来て、ルカはビクリと肩を震わせた。吊られるように頭上を仰ぐと、ベリンダの張った結界壁に、赤褐色の魔物が一体、べしゃりと張り付いている。何事かと思う間もなく、魔物達は次々に落下してきた。気を失ってでもいるのか、鉤爪の生えた四肢のみがピクピクと蠢く様は、目を背けたくなるほどグロテスクだ。
『――止めを』
 一番大きな翼竜が思念波で訴えてきた。たった今、圧倒的な力を見せ付けてきた相手とは思えぬ、落ち着いたに驚かされる。と同時に、その思念波には明らかに聞き覚えがあって、ルカは余計に混乱した。
 ルカ同様、彼らに見覚えのあるユージーンですら困惑している様子なのだから、ジェイク達初見しょけんのメンバーの動揺たるや、想像に難くない。
 そんな中、黄金のベリンダは結界を張ったまま、ロッドを前方に翳した。短い呪文を詠唱するやいなや、金色の光が一気に膨れ上がる。辺り一帯を包み込んだ次の瞬間、霧散して消えた。
 後に残ったのは、呆然と佇む斥候隊一行と、中空に留まる風属性の三体のドラゴン、そして、おびただしい数の赤錆びた色の魔石だけ。
 翼竜の指示通り、抵抗する力を失った魔物の一団を一掃したベリンダは、こつりと音を立てて、ロッドを地面に突き立てる。
「――どうしてこんな所に?」
 冷たい微笑には、返答次第ではただでは置かないという決意が漲っているようだ。
 ――ああ、間違いない。
 ルカは思わず息を呑んだ。あの時は鳥の雛と勘違いしてしまったけれど、見間違えようはずもない。
 ――三体の翼竜は、以前ルカがそれと知らずに治療を施したひなと、その両親だった。
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