小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
73 / 121
第2部・第4話:無敵の聖獣

第5章

しおりを挟む
 誰とも顔を合わせたくない気分で、レフは人間体のまま、陽の翳り始めたポート・ヘレナの街へ出た。
 様々な物品の集まる港町は、商店や娯楽施設も豊富で、夕刻が近付いた程度では人波が途切れる様子もない。ライオンの聴覚には煩わしいばかりの喧騒も、今日に限ってはほとんど耳に入らなかった。
 観光客や、それを呼び込む店主達の賑やかな声が飛び交う中を、何となく海に向かって歩いていく。野性味に溢れたライダース姿の、不機嫌丸出しの大男がズカズカと歩く姿に、子供や男達は無言のまま目を反らし、道を開けた。
 レフが自分の意思でルカの元を離れたのは、初めてのことだ。
 とにもかくにも、レフはルカに、自分以外の他の動物が纏わり付くことが面白くない。自分はルカの物でしかないのに、ルカの周りには、人も獣もたくさん集まってくる。ルカを妙な目で見る人間はもちろんのこと、他の動物ヤツが自分と同じように、ルカに可愛がられるのは我慢がならない。
 ――特にアイツ、あのトカゲ野郎だ。
 先程ルカと遊んでいた宿の飼い犬・ドミニクではなく、街に入る前に遭遇した翼竜のひな・フェロールの姿を思い出して、レフはギリリと奥歯を噛み締めた。薄い唇の間から鋭い犬歯が覗き、孫を連れた品の良い老女が、避けるように慌てて道を譲る。
 以前、飛行型の魔物の集団に襲われた際に、ルカが魔石を使って窮地を脱したことがあった。どうやらアレは、あの翼竜の雛が寄越した物だったらしい。
 あの時、レフは村人のために駆け出したルカを、必死に追い掛けた。何とか主の元へ辿り着いた所で、数だけはやたらと多い敵に囲まれ、進退きわまった際にルカが放った起死回生の一手が、魔石での火炎攻撃だ。レフとしては、自分一人でルカを守りきれなかった、後悔の残る戦闘だった。その上更に、あの魔石自体が自分以外の獣――フェロールの授けた物であるとわかって、プライドを傷付けられたような気分になったのも無理はない。
 そういった諸々の感情を総称し、「独占欲」と呼ぶのだということを、人型を取るようになってから日の浅いレフは、まだ知らなかった。
「…………」
 苦虫を噛み潰したような顔で歩き続けて、レフは海に面した遊歩道に行き当たった。等間隔に設置されたベンチの一つにどかりと腰を下ろし、イライラと水面みなもめ付ける。
 空と海はどこまでも青く広く澄み渡り、どちらも境界線がわからなくなりそうなほど、穏やかに凪いでいた。
 無意識とはいえ、気持ちを落ち着けるために美しい景色を眺めるという手段を選んだのは、レフが人間という生き物に感化され始めている証拠だったのかもしれない。
 ニャー、と甘えるような鳴き声に、レフは足元を見下ろした。真っ白な猫が一匹、恐れる様子もなくじゃれついて来ている。同じ猫科である気安さがさせるのか、レフはそのメス猫を、わしゃわしゃと撫でてやった。すると、どこからともなく別の猫達が現れ、あっという間に周りを取り囲まれてしまう。
 本体がオスライオン(の、ぬいぐるみ)であるレフは、雌猫たちに大人気のようだ。
 そして、急かされるまま、あちらもこちらもと手を伸ばしているレフに興味を持ったのは、猫だけではなかった。近寄り難い野性的なイケメンを遠巻きに眺めていた、ワイルド系好きの街の女性達が、そろそろとレフの周りに集まり始める。
「――猫、好きなの?」
 強面こわもての男がたくさんの猫に囲まれる微笑ましい姿に勇気を得たのか、中の一人――レフにとってはどうでもいいことだが、強いて言うならルカ好みの華やかなタイプ――が、声を掛けてきた。
「あ? 違うだろ。コイツらの方が、俺のことが好きなんだよ」
 どう見ても懐かれているのは自分の方だと、レフとしては至極真っ当な応えを返したつもりだった。
 しかし、レフを普通の成人男性と信じている女性達にとっては、その言い草がひどく洒落た返しに聞こえたらしい。
「えー何それ可愛い~」
「すご~い!」
「どうしてそんなに猫に好かれるの!?」
 一斉に詰め寄られて、レフは思わず上体を引いた。足元では色んな毛並みの雌猫たちが、理想の雄レフとの間に割り込む人間の女達の横暴に、抗議の鳴き声を上げている。
 ――なんだ、この状況。
 呆れ半分に、レフが深い溜め息を付いた、その時。
「――レフ!」
 聞き違いようのない大事な人の声に、レフは振り返った。
 息を切らしたルカが、思い詰めたような表情で立ち尽くしている。

「ルカ!」

 世にも愛らしい、ただ一人の主人の姿を見止めた瞬間、レフはそれまで悶々としていたことも忘れて、満面の笑みを浮かべた。尻尾があれば、ピンと垂直に立ち上がったに違いない。
 しかし、ルカの方はというと、妙に硬い表情のまま、ギクシャクと近付いて来る。ハーレム状態に気後れしているためだが、単純に「ルカが迎えに来てくれたこと」を喜ぶレフには、気付けるはずもなかった。
「え、嘘! 可愛い~」
「弟さんとか? 似てないけど」
「美少年だわ~」
 「超」の付く可愛らしい少年の登場に、周囲の女性達がざわめく。目の前のワイルド系イケメン(レフ)との関係にも、興味津々のようだ。
 そんなことは心底どうでもいいが、ルカの様子がおかしいことこそ、大問題だ。
 ――オレはルカが来てくれて嬉しいのに、ルカはオレを見付けて、嬉しくないんだろうか。
「……ルカ?」
 戸惑いながら声を掛けると、ルカは意を決したように、レフの手を取った。
「――帰るよ!」
「お、おう……」
 レフをその場から引き離すようにグイグイと引っ張るルカの力は、さほど強くはない。もしかしたら、これでもそれなりの力を込めているのかもしれないが、野生のライオン以上の身体能力を持つレフにとっては、簡単に振り払えてしまえる程度のものでしかなかった。
 それでもレフは、そんな無体など考え付くこともなく、諾々とルカに従う。
 残された女性達の「えー、行っちゃうのー?」といった残念がる声や、雌猫達のニャーニャーという鳴き声――同じネコ科のレフには何となく言わんとすることは理解できたが、だいたい人間の女性達と同じようなことを言っているようだ――が背後から追い掛けてきた。けれど、普段愛想の良いルカが振り返ることはなかったし、レフも黙ってルカのしたいようにされてやる。
 ルカが立ち止まったのは、角を一つ曲がり、女性達の視界から二人の姿が完全に切り離されてからのことだった。
「――ごめんね」
 突然の謝罪が理解できず、レフは「ん?」と眉をひそめた。ルカは前を向いたまま、ポツリと呟く。
「僕、レフの気持ちが、わかったような気がする」
 レフはずっと、ルカから他の動物のにおいや気配を感じることを嫌っていた。ルカはそれをずっと、動物の縄張り意識のようなものだと思っていたのだ。――だが。
「レフは傍に居てくれるのが当たり前って思ってたけど……知らない女の人にレフが囲まれてるのを見て、なんかすごく嫌だなって……」
「! ――ルカ!」
 ルカが少しだけ頬を赤らめていることに気付いて、レフは衝動的に、華奢な身体を抱き締めていた。子供じみた独占欲が恥ずかしいのか、拗ねたようにたどたどしく言い募る様が、とても愛らしい。
 けれどそれは確かに、二人が同じ感情を抱えていたことの証だった。
 ――オレと同じ気持ちだ! ルカ好みの人間の女がいっぱい居たのに、オレと同じことを考えてくれた!
 嬉しさのあまり、レフは抱き締める腕に力を込めた。
「忘れるなよ、ルカ! オレはなんだからな!」
 レフにはルカしか居ない。だが、ルカには人間としての交友関係がある。そのために、レフは何度も寂しい想いをしてきた。――でも。
 ――ルカがオレと同じ気持ちになってくれたということは、ルカもオレと同じだけ、オレのことを好きでいてくれてるってことだ!
 それは子供のような単純な理屈だったが、あながち間違ってもいないのだろう。
 歓喜に突き動かされるまま、レフはルカの身体を抱え上げた。いわゆる「抱っこ」の形だ。ルカは小さく「わ!」と悲鳴を上げたが、レフは構わず、自分よりも高い位置にあるルカの愛らしい顔をニコニコと見上げる。
 周囲が気になり始めたルカが、焦った様子でレフの肩を叩いた。
「……ねぇレフ。喜んでくれてるのは良いんだけど、下ろしてよ」
 しかしレフは、「嫌だね!」と得意げな笑顔で一蹴する。
「気分が良いから、このまま帰るぜ!」
 そのまま宿への道を戻り始めたレフに、ルカは、せめて人目から逃れられるようにと俯いた。こうなったレフは、おそらく止められない。今はレフのしたいようにさせてやるのが、無自覚に彼を傷付けてきた自分に出来る、一番効果的な償いなのだろう。
 ご機嫌な守護聖獣の満面の笑顔を上目遣いに確認して、ルカは小さく苦笑を漏らした。
 そして、これからは不用意に、犬や猫に触らないようにしよう。どうしても構いたくなった時は、レフの居る時に、彼の許可を得てからにしようと決意したのである。

 小柄な美少年を抱えて凱旋する、野性味に溢れた成人男性の姿を、道行く人々はおおむね微笑ましげに眺めてくれていたようだ。最初こそ驚く者はあっても、それこそ「年の離れた弟を可愛がる兄」のようにでも見えたのかもしれない。
 宿に帰り着いた瞬間、ベリンダ以外の全員から白い目で見られたことなど、レフにとってはこれ以上ないくらいの些細な出来事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

【完結】双子の兄が主人公で、困る

  *  ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……! 本編、両親にごあいさつ編、完結しました! おまけのお話を、時々更新しています。 本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...