小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第5話:勇者と囚われの乙女

第7章

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 蛇神じゃしんメルヒオールは、自分がこの世に誕生した瞬間のことを、よく覚えている。
 突如として意識が芽生え、世界の成り立ちや秩序についての知識は、すべて備わっていた。完全なる蛇体から半人はんじん体への変化へんげも可能であったし、そのどちらも本性であり、また仮の姿でもある。
 神としてメルヒオールに与えられた使命は、土地に根付いた生きとし生けるものを導き、育てること。これに従い、彼は万物を愛しみ、間違いを犯せば容赦なく罰した。
 いつしか生まれた人類は文明を築き、メルヒオールを守護神と崇め、加護を願う。彼らの栄枯盛衰を見守りながら、長い時間が過ぎていった。
 安穏な日々に退屈を感じ、ある時メルヒオールは分身を創ろうと思い立った。神である自分には容易いことであったし、メスの姿を取らせたのは、自分とは違った存在への興味に過ぎない。
 しかし、この「娘」は、大層可愛かった。メルヒオールを父と呼び、どこへ行くにも付いて回る。基本的には利口だったが、稀に子供らしい我儘を言ってみせるところも好ましかった。メルヒオールは娘の養育を通して、万物を正しき道へ導くこととは、また違った喜びを感じるようになっていく。
 ――その、騒がしくも幸せな日々が突如として終わりを迎えたのは、今から150年ほど前のこと。
 山のいただきの住処が、一部の人間達の襲撃を受けたのだ。

 その日メルヒオールは娘を残し、水を伝って、周辺地域の調査に赴いていた。枯渇したオアシスを見付け、その加護でもって水源を満たす。
 いくらか成長した娘は、父の役目を尊重し、一緒に連れて行けと駄々をこねることも少なくなっていた。我が子の成長が嬉しくもあり、また寂しくもある――この時のメルヒオールは、あらゆる生物の「父親」と何ら変わることのない、幸福な感情に満たされていた。
 だが、住処に戻ったメルヒオールは、娘を置いて行った自身の判断を、激しく後悔することになる。
 娘の姿は、無残なものだった。
 蛇神の子とはいえ、メルヒオールほどの力はない。武器を持った人間達に何度も切り刻まれた身体からは、美しい鱗があちこち剥がれ落ちている。出血もひどく、神の力を以てしても、もはやどうにもしてやれないのは明白だった。
 半狂乱で駆け寄ったメルヒオールに、虫の息で娘の語ったところによると、どうやら麓のオアシスの住人達の仕業であるらしい。半人半蛇体の娘を「化け物」と呼んだ彼らは、「伝説の宝剣を寄越せ」と息巻いた。いつかの時代の王が供物として差し出した物のことのようだ。時が経つ間に話に尾ひれがつき、蛇神メルヒオールの存在も、彼らにとって身近なものではなくなっていた。「大蛇が伝説の宝剣を守っている」――これを鵜呑みにした者達が、宝物を奪わんと、愚かにも神の娘を襲ったのだ。
 宝剣とやらが何なのか、知る由もない娘はしかし、当然ながらこれを固辞した。聡明な彼女は、父の所持する何をも、誰にも譲り渡す気はなかったからだ。
 「もっとお傍に居たかった」。これが、娘の遺した最期の言葉だった。

 メルヒオールの慟哭は、草木を枯らし、大地を震わせ、水場を干上がらせた。
 娘の匂いを頼りにビルダヴァの街へ向かい、首謀者一族から末の娘を攫って来たのは、人間の欲望と堕落に対する懲罰であると共に、愛しい我が子を奪われた復讐のためでもある。これを人間達がどう捉えたのか、メルヒオールは知らない。
 しかし、怒りに任せて連れ去った少女を害する気までは、彼にはなかった。愚かな親の元に生まれたとはいえ、彼女には何の罪もない。蛇神を恐れ泣き喚く娘を持て余し、騒々しい毎日を送り――そうする間に、元々順応力の高かったらしい少女は、メルヒオールの存在に慣れた。蛇神の半人体の美しさや、意思の疎通が可能であること、その上で、彼の誘拐の原因が、自分の家族に娘を殺害されたことにあるという事実を知って、メルヒオールを疎む気持ちにはなれなかったのだろう。
 そうして彼らは、保護者と被保護者――かりそめの父娘おやことなった。娘を失った悲しみを忘れさせてくれる存在が、メルヒオールにも必要だったのだ。
 しかし、無情にも別れの時はやってくる。
 次元の狭間の性質がそうさせたのか、外見上の成長を止めたまま20年近くが経った頃、娘は徐々に身体が衰弱していき、それから半年ともたずに亡くなった。「こんなことならお嫁さんにしてもらえばよかった」という涙混じりの最後の強がりを、今でも覚えている。
 再び娘を失ったメルヒオールは悲嘆に暮れた。またしても大地が揺れ、旱魃かんばつが起こる。神が荒ぶることはそのまま、自然界に様々な災厄をもたらすことを意味するのだ。
 そしてある新月の夜、メルヒオールは住処の内に置き去りにされた、人間の娘を発見した。怯える少女は、自分は大蛇の生贄なのだと言う。
 人間達は、大地の鳴動や天候不順に、大蛇が再び機嫌を損ねたと考え、生贄という形でのだ。
 ――愚かな。
 メルヒオールは、娘を街へ帰してやろうとした。けれど娘は涙ながらに、「帰る場所はない」と訴える。聞けば貧困を理由に、ほとんど売られるようにして生贄となったため、自分が戻っても家族に迷惑が掛かるだけなのだ、と。
 二度も我が子を失う苦しみを味わったメルヒオールは、渋々生贄の娘を養育した。喪失の痛みを味わうのは懲り懲りだったからだ。とはいえ、生活を共にしていれば、互いに情も湧いて来る。17歳のまま時を止めた娘はやがて、メルヒオールの妻になることを望んだ。先の少女の今際いまわの言葉を思い出したメルヒオールはこれを受け入れ、しばらくは穏やかな日々が続く。
 だが、神と人間との隔たりは大きかった。次の20年が過ぎる頃、娘はやはり、衰弱の末に命を落とした。そしてメルヒオールは、次元の狭間における人間の寿命が、20年程度で尽きてしまうことを悟ったのである。
 にも関わらず、メルヒオールに嘆く暇はなかった。喪失を憂う合間にも、人間達は次の贄を寄越してきたのだ。この娘も、やはり生家の貧困が理由で選出されたという。
 自分達で騒動を起こしておきながら、罰を逃れるための勝手な解釈で、立場の弱い者を強制的に生贄に差し出す――人間の卑劣さに、ついにメルヒオールは、ビルダヴァ周辺へ恩恵を与えることをやめた。
 しかし、これをどう捉えたものか、ビルダヴァの民達は途絶えることなく、20年周期で必ず娘を一人差し出してくる――娘を失ったメルヒオールが悲しみに暮れ、大地のことわりがより一層乱れる頃合いを見計らうかのように。
 そしてメルヒオールは諦観にも似た気持ちで、送られてくる娘達の養育を自らに課した。彼は贄の娘達の父であり、ある時は夫でもあった。
 強制的に訪れる別れ、贄の少女の寿命が尽きるたびに、我が子を亡くした時のことを鮮明に思い出し、悲しみと共に天地は鳴動する。
 直近の贄の娘は明るく、メルヒオールにも早くから懐いていたが、次元の狭間との相性が悪かったものか、わずか8年で帰らぬ人となった――



「――ひどい!」
 人間にとって都合の良いように捻じ曲げられた口伝くでんに、ルカは憤りの声を上げた。
 メルヒオールの話を鵜呑みにするというのではない。だが、そもそも街の代表の言い分は、辻褄が合っていなかったり、あやふやな点も多かった。それに比べてメルヒオールの話は、全部に筋が通っている。何よりも、時折彼の見せる暗い表情には、生贄の娘達の死を心から悼んでいる様子が窺えた。
 言い伝えでは、「街の代表の娘が自ら名乗り出て、大蛇にその身を捧げた」とされている。それが実際には、「娘を殺害されたメルヒオールが、その匂いを辿って首謀者一族の娘を攫って来た」のであれば、すべての元凶は、今の代表の先祖ということになる。
 目論み通りたおして宝剣を奪うことの適わなかった当時の代表達は、打ち続く報復に困り果て、すべてを大蛇のせいにして、「身内から進んで犠牲を差し出した」と偽った。娘が攫われて行方不明であることの言い訳にもなる。
 こうして人々の英雄に成り上がった代表一族は、蛇神を大蛇と貶め、共通の仮想敵を作ることで、代々この街を支配してきたのだろう。生贄の役目を貧困家庭に押し付けているのも、道理かもしれない。
 ルカの発した木霊こだまが洞窟に消え去っても、メルヒオールは制止したように、美しい表情を崩さなかった。
 フィンレーが苦痛を堪えるように、小さく頭を振る。
 レスタド山頂に棲む存在が、ビルダヴァの街に起こる災害に関与しているのは事実だった。しかしそれは、民の先祖が犯した罪の報いだ。蛇神は確かに、本来大地に与えるはずだった恩恵を放棄した。けれど、地震や旱魃は、神を長年に渡って嘆き苦しめてきた民が、自ら招き寄せたものである。
「――念のため確認させてほしい。貴方は、魔王とは何の関わりもないんだな?」
 話に聞き入っていたフィンレーが、口を開いた。毅然とした表情からは、彼もまたメルヒオールの言葉を微塵も疑っていないことが窺える。
 メルヒオールは美しい顔を、わずかに自嘲の形に歪めた。しかし、「私は北の者とは何の関わりもない」と言い切る口調は、あくまで静謐せいひつだ。
「あれの復活の影響で、街の水源が枯渇し始めた。しかし私は放置した――それだけだ。あの街の民にとって、身の回りに起こる災厄は、すべて私のせいなのだろう」
 もはや導くべき民に何も期待していないようなメルヒオールの言葉に、ルカはそっと唇を噛む。
 水源が枯れ始めたことで、ビルダヴァの人々はメルヒオールが生贄を欲しているのだと考えた。先の娘を送ってから、8年しか経っていないにも関わらず。代表の一族は恐らく、先祖の悪事を隠すために、代々そんな風にして、民心を扇動してきたのかもしれない。
 カリスタの一家の悲しみも、すべては代表一族の罪から起こったものだ。
「悪いのは代表達の方だって、みんなに報せよう!」
 意気込むルカだったが、メルヒオールは「そなたらに何が出来る?」と、にべもない。それだけ彼の、人間という種族に対する不信感は大きいのだろう。無理もない話だ。
 ルカの提案を引き受けるように、フィンレーが改まった様子で言葉を継いだ。
「勝手についてきてしまった身で申し訳ないが、蛇神よ。俺達をあちらへ帰してはくれないか。事の真偽は正されなければならない」
 強い口調には、フィンレーの正義が溢れんばかりに詰め込まれている。生まれた時から支配階級にあって、民衆を導く責任を自覚している者の言葉は重い。
 メルヒオールが、わずかに視線を彷徨わせる。フィンレーの説得に、心を動かされたのかもしれない。
 畳み掛ける訳でもなく、ここでフィンレーは、少しだけ表情を緩めた。
「そう……出来れば、俺の親友も解放してほしい。大事な奴なんだ。ルカが居なければ悲しむ者も多い――俺も生きていて張り合いがない」
 それは決して、計算などではなかったのだろう。その証拠に、フィンレーの薄く陽に焼けた頬は、ほんのりと赤く染まっている。
「フィン……」
 ややたどたどしい告白に、ルカは胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。思えばフィンレーは、武器を失うのと引き換えに、こんな次元の狭間までルカを追い掛けて来てくれたのだ。たとえ伝説の武器を手に入れようと、それを使って父の名声を越えようと、そこにルカが居なければ意味はないと、そう思ってくれているのかもしれない……。
 嬉しさと申し訳なさで、ルカは思わずフィンレーの手を取った。
 照れた様子で微笑み合う親友達の姿を、メルヒオールは感慨深げに見詰めている。
 やがてその美しい口許に、意味ありげな笑みが浮かんだ。
「私は、一時ひとときの慰めになるなら、男児でも構わないのだが」
「え!?」と声を揃えて目を剥いた二人の様子に、蛇神は楽しげにくつくつと笑っている。どうやら揶揄われているらしい(?)。
「そなたは、長剣使いだったな」
 存分に笑ってから、メルヒオールはおもむろにフィンレーに問い掛けた。頷いた直後、フィンレーの頭上に、繊細な彫刻の施された一振りの剣が現れる。
 慌てて両手で受け止めた黄金の長剣を見て、フィンレーは「うわ」と悲鳴を上げた。黄金の鞘には蛇体の竜が彫り込まれ、両目と、鉤爪かぎづめで掴んだ玉には、赤と黄色の宝石が嵌め込まれている。束の部分には大きな蒼い石――どう見ても、相当な値打ちものだ。
 物問いたげな二つの視線を受けて、蛇神は鷹揚に頷いた。
「持っていけ。――『伝説の宝剣』かどうかは知らぬがな」
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