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第2部・第8話:女神の使徒
第2章
翌日、町長から半ば強引に許可を得た魔王軍斥候隊は、白ヒイラギの自生地の捜索を開始した。
承諾を引き出すにあたって、権力を大いに活用したことは言うまでもないが、カロッサ側としても、「かつて存在した伝承の地を探す」という名目に、表立って反対することも出来なかったのだろう。
「何かあってもいけないから、ここからは二手に別れましょう」
明らかな作り笑顔の町長と秘書に送り出されてから、ベリンダは隊員達を振り返った。
行政区分上は「町」とされているカロッサだが、寂れて久しい地域であるため、適宜魔法を駆使すれば、2チームで充分町中を見て回れる。「何か」というのは、斥候隊に対する町民全体の態度を加味してのことだ。
もちろん、隊員達に異論はないが――こうなると、通常始まるのは「ルカと同じ組み分けを狙っての攻防戦」である。
しかし。
「――僕、ネイトと一緒に行く」
ルカの一言で、ベリンダ以外の仲間達に激震が走った。ルカとしては、昨日から少々ネイトの様子が気に掛かっていたためだったが、当のネイトは喜色満面である。結局、能力の配分を考えて、ルカ(&レフ)・ネイト・ユージーンと、ベリンダ・ジェイク・フィンレーの二組で、それぞれ町の東西を探索することとなった。
西側エリアを担当するルカ達は、ひとまずは北西の方角へ向かって歩き始める。過疎化の著しい町とはいえ、昼日中の中心部には、それなりの人出があった。そんな中で、等しく向けられる冷たい視線を気に留めずにいるというのは、なかなかに骨の折れる作業である。
ユージーンとネイトは、当然のようにルカの両脇を固めた。これまでのところ、住民達は剣呑な眼差しで様子を窺うだけで、直接何かを仕掛けて来るようなことはないのだが、それもいつまで保つかわからない。それほど、町に漂う緊張感は尋常ではなかった。万が一を考えての、いわば陣形のようなものである。
フードの中では、ぬいぐるみ体のレフが不満げに、時折唸り声を上げている。
中心部を抜け、住宅の点在するエリアへ入ると、目に見えて廃屋が目立つようになった。屋根が落ち、或いは壁ごと崩れ落ちて屋内が露出している有り様には、単純に住む人をなくし、古びて朽ちたとは言い難い、暴力的な破壊の跡が見て取れる。これらが恐らく、27年前の魔物の大量襲来の際に被害を受けた家々の成れの果てなのだろう。片付けようにも、3割程度に人口の減ったカロッサでは、その日を生きていくだけで精一杯で、とてもそこまで手が回らなかったのに違いない。
敷石や外壁に残る黒い沁みは、被害者達の血痕だろうか――そんなことを考えながら、ルカ達は言葉少なに探索を続ける。
民家も一層まばらになり、人里を取り囲む樹木の影が近付き始めた町の外れで、3人は誰からともなく、ふと足を止めた。この辺りは特に被害が大きかったらしく、無事な家屋は一つもない。
そんな中でただ一軒、瓦礫が綺麗に片付けられ、最低限の補修が成されている家があった。扉の外された玄関の奥には、祭壇のようなものが飾られており、薄暗い中を、ロウソクの灯りがゆらゆらと揺れている。
「……これは……」
掠れた声で呟いたのはネイトだった。安置されているのは、正エドゥアルト教の主神である、全能神エドゥアルトの彫像である。それ自体は美術品店であればどこでも入手可能なものだが、このエドゥアルトは雷を象ったロザリオを首から提げていた。軽やかな巻き髪の踊る聡明そうな額には、黄色い塗料で目のようなものが描かれている。
それはまるで、彼の姉・エインデルの姿を重ね合わせたような姿だった。天上と地上の支配権を掛けてエドゥアルトに戦いを挑み、からくも敗れ去った――ラインベルク王国を始め、多くの国々で信仰することを禁じられた、冥府の女神だ。
――なぜこんなものが、こんな所に。
事態が事態だけに、3人はサッと視線を交わし合って、民家に近付いた。エインデル信仰が露見すると、ラインベルクでは厳罰に処されると決まっている。もしもの時にはロザリオを外し、額の第三の目も消すなり、上から白く塗り直すことも可能ではあるが、そうであれば尚のこと、禁教の疑いが強い。
――ネイトが持ってるのと同じだ。
敷居を跨ぐのと同時に、ルカは小さく息をついた。ネイトがこれと同じ、雷を象ったロザリオを、肌身離さず身に着けているのを、ルカは知っている。
そこへ、大きな声が割って入った。
「こりゃ! みだりに近付くんじゃない!!」
振り返ると、腰の曲がった白髪の老爺が一人、こちらへずんずんと近付いて来ている。長く伸びた眉と口髭に覆われた顔には、怒色を満面に浮かべていた。
いきなりのことに驚くルカ達に向かって、老爺は杖を振り上げて言い募る。
「あんたら王宮のもんが犯罪者じゃと言うても、その人はこの町の恩人なんじゃ!」
「――ああ、僕達は王宮の人間では……」
「――犯罪者? 恩人?」
老人の剣幕は、ユージーンの否定もルカの疑問も受け付けないほど激しい。その言い分は、この場所にエインデル信仰の証拠が飾られていることへの弁解などではなく、この家にかつて住んでいた誰かが、不当な仕打ちを受けたことへの怒りのようだ。
ぶんぶんと振り回される杖を避けながら、ルカとユージーンは思わず目を白黒させた。肩口でレフが「ヤベェな」とぼやいたほどだから、その荒々しさは只事ではない。
その一方で、ネイトは一人、落ち着いた様子で口を開いた。
「この町に魔物の襲撃があったのは27年前のことだと聞きましたが――その時、神学を学ぶために町を離れていた青年がいませんでしたか?」
質問の形を取りながらも、妙に確信ありげな態度だ。薄く笑みを刷いたままのネイトに、老人は驚いた様子で両の目を見開く。ややあって、振り上げた杖を下ろし、神妙な面持ちでこくりと頷いた。
「……おったぞ。あの人の家族は、魔物にやられて親戚まで全員死んでしもうたが……立派な神父になって戻って来よった……」
ではこの老人は、魔物の襲撃という奇禍を乗り越えた、数少ない生存者の一人だったのだろう。
ネイトがスッと笑みを消した。現れた厭世的な求道者の顔に、老爺ばかりかユージーンまでも、ハッと息を呑む様子が伝わってくる。
「――エルンスト・ハイドフェルトは、私の師です」
「!!」
ネイトの宣言に、老爺は極限まで両目を見開いた。何度か喘いでから、その場に崩れ落ちる。
窺うように向けられたユージーンの視線に、ルカは小さく頷いて見せた。
ハイドフェルト神父は、ネイトが父とも慕った人物であり、同時にエインデル信仰の師でもある。
「……おお、では……!」
ネイトを仰ぎ見る老爺の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。地に膝を着き、痩せた肩を擦ってやるネイトの姿は、慈悲深い聖職者そのものだ。
彼の態度がおかしかったのは、魔物に襲われた年代から、このカロッサが師の出身地であることに気付いていたからなのだろう。
この様子では、おそらくこの老爺も、エインデル派の禁教徒だ。彼は、神学を修めたハイドフェルト神父が、この町へ帰って来たと言った。その際、(本来は)死者にも加護を与えてくれる慈悲深い冥府の女神への信仰を、生き残りの人々に広めた可能性はある。もしかしたら、この町全体に蔓延する、よそ者を問答無用で排除しようとする雰囲気は、彼らが揃ってエインデルを信仰しているためなのかもしれない。だから町外れとはいえ、こんなにも堂々と、ハイドフェルト神父の旧家にエインデルの祭壇を安置していられるのだろう。
「……」
複雑な表情で俯いたルカの肩を、ユージーンがそっと抱いた。見上げると、ユージーンはネイトと老爺から視線を外すことなく、事態をじっと見守っている。
その真剣な眼差しから、ユージーンもまた自分と同じ懸念を抱いていることに、ルカは気付いた。
ネイトは、禁教徒として断罪され、国外追放になった聖職者を「師」と呼んだ。そのネイトに老爺が膝を着いたことから、彼がエインデル派の人間であることは明白である。
しかし、それは同時に、ネイトもまた、エインデルの使徒であることを告白したも同然なのだ……。
承諾を引き出すにあたって、権力を大いに活用したことは言うまでもないが、カロッサ側としても、「かつて存在した伝承の地を探す」という名目に、表立って反対することも出来なかったのだろう。
「何かあってもいけないから、ここからは二手に別れましょう」
明らかな作り笑顔の町長と秘書に送り出されてから、ベリンダは隊員達を振り返った。
行政区分上は「町」とされているカロッサだが、寂れて久しい地域であるため、適宜魔法を駆使すれば、2チームで充分町中を見て回れる。「何か」というのは、斥候隊に対する町民全体の態度を加味してのことだ。
もちろん、隊員達に異論はないが――こうなると、通常始まるのは「ルカと同じ組み分けを狙っての攻防戦」である。
しかし。
「――僕、ネイトと一緒に行く」
ルカの一言で、ベリンダ以外の仲間達に激震が走った。ルカとしては、昨日から少々ネイトの様子が気に掛かっていたためだったが、当のネイトは喜色満面である。結局、能力の配分を考えて、ルカ(&レフ)・ネイト・ユージーンと、ベリンダ・ジェイク・フィンレーの二組で、それぞれ町の東西を探索することとなった。
西側エリアを担当するルカ達は、ひとまずは北西の方角へ向かって歩き始める。過疎化の著しい町とはいえ、昼日中の中心部には、それなりの人出があった。そんな中で、等しく向けられる冷たい視線を気に留めずにいるというのは、なかなかに骨の折れる作業である。
ユージーンとネイトは、当然のようにルカの両脇を固めた。これまでのところ、住民達は剣呑な眼差しで様子を窺うだけで、直接何かを仕掛けて来るようなことはないのだが、それもいつまで保つかわからない。それほど、町に漂う緊張感は尋常ではなかった。万が一を考えての、いわば陣形のようなものである。
フードの中では、ぬいぐるみ体のレフが不満げに、時折唸り声を上げている。
中心部を抜け、住宅の点在するエリアへ入ると、目に見えて廃屋が目立つようになった。屋根が落ち、或いは壁ごと崩れ落ちて屋内が露出している有り様には、単純に住む人をなくし、古びて朽ちたとは言い難い、暴力的な破壊の跡が見て取れる。これらが恐らく、27年前の魔物の大量襲来の際に被害を受けた家々の成れの果てなのだろう。片付けようにも、3割程度に人口の減ったカロッサでは、その日を生きていくだけで精一杯で、とてもそこまで手が回らなかったのに違いない。
敷石や外壁に残る黒い沁みは、被害者達の血痕だろうか――そんなことを考えながら、ルカ達は言葉少なに探索を続ける。
民家も一層まばらになり、人里を取り囲む樹木の影が近付き始めた町の外れで、3人は誰からともなく、ふと足を止めた。この辺りは特に被害が大きかったらしく、無事な家屋は一つもない。
そんな中でただ一軒、瓦礫が綺麗に片付けられ、最低限の補修が成されている家があった。扉の外された玄関の奥には、祭壇のようなものが飾られており、薄暗い中を、ロウソクの灯りがゆらゆらと揺れている。
「……これは……」
掠れた声で呟いたのはネイトだった。安置されているのは、正エドゥアルト教の主神である、全能神エドゥアルトの彫像である。それ自体は美術品店であればどこでも入手可能なものだが、このエドゥアルトは雷を象ったロザリオを首から提げていた。軽やかな巻き髪の踊る聡明そうな額には、黄色い塗料で目のようなものが描かれている。
それはまるで、彼の姉・エインデルの姿を重ね合わせたような姿だった。天上と地上の支配権を掛けてエドゥアルトに戦いを挑み、からくも敗れ去った――ラインベルク王国を始め、多くの国々で信仰することを禁じられた、冥府の女神だ。
――なぜこんなものが、こんな所に。
事態が事態だけに、3人はサッと視線を交わし合って、民家に近付いた。エインデル信仰が露見すると、ラインベルクでは厳罰に処されると決まっている。もしもの時にはロザリオを外し、額の第三の目も消すなり、上から白く塗り直すことも可能ではあるが、そうであれば尚のこと、禁教の疑いが強い。
――ネイトが持ってるのと同じだ。
敷居を跨ぐのと同時に、ルカは小さく息をついた。ネイトがこれと同じ、雷を象ったロザリオを、肌身離さず身に着けているのを、ルカは知っている。
そこへ、大きな声が割って入った。
「こりゃ! みだりに近付くんじゃない!!」
振り返ると、腰の曲がった白髪の老爺が一人、こちらへずんずんと近付いて来ている。長く伸びた眉と口髭に覆われた顔には、怒色を満面に浮かべていた。
いきなりのことに驚くルカ達に向かって、老爺は杖を振り上げて言い募る。
「あんたら王宮のもんが犯罪者じゃと言うても、その人はこの町の恩人なんじゃ!」
「――ああ、僕達は王宮の人間では……」
「――犯罪者? 恩人?」
老人の剣幕は、ユージーンの否定もルカの疑問も受け付けないほど激しい。その言い分は、この場所にエインデル信仰の証拠が飾られていることへの弁解などではなく、この家にかつて住んでいた誰かが、不当な仕打ちを受けたことへの怒りのようだ。
ぶんぶんと振り回される杖を避けながら、ルカとユージーンは思わず目を白黒させた。肩口でレフが「ヤベェな」とぼやいたほどだから、その荒々しさは只事ではない。
その一方で、ネイトは一人、落ち着いた様子で口を開いた。
「この町に魔物の襲撃があったのは27年前のことだと聞きましたが――その時、神学を学ぶために町を離れていた青年がいませんでしたか?」
質問の形を取りながらも、妙に確信ありげな態度だ。薄く笑みを刷いたままのネイトに、老人は驚いた様子で両の目を見開く。ややあって、振り上げた杖を下ろし、神妙な面持ちでこくりと頷いた。
「……おったぞ。あの人の家族は、魔物にやられて親戚まで全員死んでしもうたが……立派な神父になって戻って来よった……」
ではこの老人は、魔物の襲撃という奇禍を乗り越えた、数少ない生存者の一人だったのだろう。
ネイトがスッと笑みを消した。現れた厭世的な求道者の顔に、老爺ばかりかユージーンまでも、ハッと息を呑む様子が伝わってくる。
「――エルンスト・ハイドフェルトは、私の師です」
「!!」
ネイトの宣言に、老爺は極限まで両目を見開いた。何度か喘いでから、その場に崩れ落ちる。
窺うように向けられたユージーンの視線に、ルカは小さく頷いて見せた。
ハイドフェルト神父は、ネイトが父とも慕った人物であり、同時にエインデル信仰の師でもある。
「……おお、では……!」
ネイトを仰ぎ見る老爺の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。地に膝を着き、痩せた肩を擦ってやるネイトの姿は、慈悲深い聖職者そのものだ。
彼の態度がおかしかったのは、魔物に襲われた年代から、このカロッサが師の出身地であることに気付いていたからなのだろう。
この様子では、おそらくこの老爺も、エインデル派の禁教徒だ。彼は、神学を修めたハイドフェルト神父が、この町へ帰って来たと言った。その際、(本来は)死者にも加護を与えてくれる慈悲深い冥府の女神への信仰を、生き残りの人々に広めた可能性はある。もしかしたら、この町全体に蔓延する、よそ者を問答無用で排除しようとする雰囲気は、彼らが揃ってエインデルを信仰しているためなのかもしれない。だから町外れとはいえ、こんなにも堂々と、ハイドフェルト神父の旧家にエインデルの祭壇を安置していられるのだろう。
「……」
複雑な表情で俯いたルカの肩を、ユージーンがそっと抱いた。見上げると、ユージーンはネイトと老爺から視線を外すことなく、事態をじっと見守っている。
その真剣な眼差しから、ユージーンもまた自分と同じ懸念を抱いていることに、ルカは気付いた。
ネイトは、禁教徒として断罪され、国外追放になった聖職者を「師」と呼んだ。そのネイトに老爺が膝を着いたことから、彼がエインデル派の人間であることは明白である。
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